第十八話 尋問
「お、俺の名はウリヤーン。
何でも、聞いてくれ、へっへ……」
俺の手の中で、赤いグネグネと化した魔族(の精神)が自己紹介をした。
魔族にも固有名があるようだ。
「急に腰が低くなったわね」
マルグレットが、やや疑いの目つきで赤グネを見つめる。
「あ、当たり前だろ! 生きたまま蒸発させられるとか、
とんだ拷問だ! てめえらニンゲンじゃねえ!
そんな目にあうくらいなら、ゲロったほうがはるかにマシだ!」
ひとしきりグネグネしながら叫ぶ魔族――ウリヤーン。
「だが、情報を提供したら、元の姿に戻してくれるんだろうな?
そうでなければ、割りが合わねえぞ。
喋るだけ喋って、始末されるなんてな」
それはそうだな……だが魔族を元に戻して、大丈夫だろうか。
マルグレットを振り向くと、
「あなたの言葉に偽りがなければ、戻してあげます。
でも、嘘をつけば、その限りではありません」
と、俺の手の中の魔族に対し、そう告げた。
ここで横に居たベリトが少し進み出て、マルグレットを見上げた。
マルグレットはベリトに手のひらを向けると、ベリトはまた俺の横に引っ込む。
ベリト、何か言いたかったんじゃないのか?
しかしマルグレットは俺に「その時は頼みます」と言うのみだった。
こいつを元に戻すというのか……まあ、A級聖騎士の言葉には従おう。
「いいだろう。じゃあ、まず何を聞きたい?」
落ち着きを取り戻した、赤グネ・ウリヤーン。
マルグレットは腕を組んで少し考え、
「あなたたち……魔族の目的。
何のために人間を乗っ取り、首都に侵入したのか。
そして、各地で頻発する異常脅威度モンスターと、関わりはあるのか。
この村でクリストフェルたちを乗っ取って、何をしようとしていたのか」
と、赤グネに厳しい視線を送りながら言った。
「まあ、順当なところだな。
モンスターの件から答えようか。関わりは、”ある”」
マルグレットから聞かされた、この国のあちこちで起こっている事件。
普通の数倍からなる脅威度のモンスターが現れ、A級冒険者パーティが
二組、全滅寸前まで追いつめられたらしい。
首都近くのダンジョンでも、その事件は起きたという。
俺の試験のときじゃなくて良かった。
そしてこの村でも、トロルを見事に討伐したA級は全員無力化されてしまっていた。
全ての事件の裏には、魔族なるものが関係していた……
「いったい、どういうことなの!?」
ウリヤーンの答えに、マルグレットが赤グネに顔を近づける。
「まあ待て。全部、一つの目的に繋がる話なんだからよ」
俺の手の中でうねりながら魔族が答えた。
「その目的って!?」
「これは遊戯なのさ。”冒険者狩り”と言う名のな」
遊戯!?
冒険者たちが、モンスターを狩るのは人々の平穏を守るためだ。
だが魔族は、冒険者を狩る事を『遊び』……と称するのか。
「あなたたちは、面白おかしく冒険者たちを狩って回っているというの!?」
マルグレットの声に憤りが感じられた。
ベリトも無言ながら、ウリヤーンを見つめる目には怒りが秘められている。
「楽しいぜ? 俺たち魔族の中で、誰が一番冒険者を多く狩り取れるか、勝負してるからな。
おまえらが異常脅威度とか言っている件は、リュドの仕業だな」
新しい名前が出てきた。
例の事件にはやはり魔族がかかわっていたようだ。
「遠くから強めのモンスターを引っ張ってきて、首都の周囲に潜ませるのさ。
そして不意打ち……ってわけだ。
なんか、強いやつの影響で弱いのまで変異した種が出てるらしい。
まだるっこしいやり方と思ったが、なかなか上手く行ってるみたいだなあ?」
ウリヤーンの声に愉快な響きがまざった。
キッとマルグレットが睨みつけると、「こええこええ」と軽口を叩いた。
「ディナラは人間を集めて乗っ取り、首都に入り込んで直接暗殺しようと企んだようだが、
あんたに阻止されたんだよな……ディナラは俺と違って複数の人間を一度に操れたが、
その分バレやすくなったみてえだ。ざまあねえ」
赤グネが触手をひらひら振って見せる。
その体にだんだん順応してないか、魔族。
「しかしこのままだと、リュドの一人勝ちになっちまうなあ。
くそ、面白くねえ!」
リュド。ディナラ……
そのうちの一人はマルグレットが仕留めたようだが。
「その遊戯に参加しているのは、お前を含めて三人だけか?」
俺も手元のグネグネに訊ねてみた。
「ああ。俺たち三人の遊戯さ。
俺はこの村に潜んで、『待つ』作戦だった。
冒険者パーティが音信不通になれば、それを探しに来る冒険者が来るだろうと。
目論見は当たったが、まさか意味の分からねえスキル持ちが来るとはな……」
そう言ったウリヤーンは、ガックリしたように力なく体をグネらせた。
「【スライムスキル】だ。すごいだろう、スライムのスキルというものは」
俺が自慢げにそう言うと、
「スライムのスキルだあ!?
あんな最弱の、最底辺のモンスターがそんなスキルを隠し持ってたっていうのか!?
まさかだろ! そしてそれをニンゲンが使えるってのもおかしな話だ!」
と、勢いよくグネりだす。
やっぱり魔族にとっても、スライムはそういう認識なんだな……
少し悲しい気分になったが、こうやって一つ一つ、一人ひとり、
スライムの凄さを周知させていけば、みんなの認識も変わってくるかもしれない。
ベリトは完全に信じてくれたし、ウリヤーンも直接スキルを味わって分かってくれたはずだ。
そうだ。
俺はそのために、スライムの力を世に知らしめるために、冒険者になったんだ……
気分は一転、前向きな力が湧いてきた気する。
「おい、ところで! 俺は全部しゃべったからな!
元の姿に戻してくれるんだろうな、ああ!?」
ウリヤーンがじたばた暴れ出した。
俺がマルグレットへと顔を向けると、
「……ええ、約束は守るわ」
と答える。
しかし続けて、
「嘘を言ってない、限り。最初にそう決めたでしょう」
と言った。
「俺は嘘は言ってねえ! だから、」
「いいえ。あなたは嘘を所々に混ぜた」
マルグレットが断言した。
なんと……俺は全く分からなかったぞ。
「ベリトは探知魔法のほかに、嘘看破魔法も得意なの。
質問する際、前もって合図を決めてたのよ。
答えが、完全に嘘の場合、嘘が混じっている場合、それぞれの時の合図をね。
ベリトは私が質問するその時々で、合図を送ってくれていたわ」
「な、なにぃ……」
手の中の赤グネが動きを止めた。
あの時、ベリトの動きはそういうことだったのか。
「嘘が混じってたのは、『遊戯』というところと、『三人』。
本当の目的があるはずよ! そして関わってる魔族の人数!
もしくは、上に立つ存在がいるということ! 話しなさい!」
マルグレットがウリヤーンにびしっと指をさした。
だが、
「そ、それは……!」
魔族は口ごもり、それ以上何も言えないでいる。
「話さないのね。であれば」
「……も、燃やすのか! 俺を! 生きながら、じわじわと!」
「それもなかなか残酷な話とは思うわ」
「だ、だろう!」
「なので、ちょっと考えたんだけど……
ベリトの氷魔法で、あなたを永久凍結しようと思うの」
俺がベリトを振り向くと、彼女は右手の人差し指を上に向けていた。
その指先には、氷の結晶がふわふわと渦を巻き始めている。
「……研究、対象……」
ベリトがぼそりとつぶやいた。
「ベリトの発言も、限界超えてるって感じね。
そういうわけだから、ラルス、ベリトにその魔族を凍らせてやって」
なるほどな。
マルグレットは、はじめから魔族が素直に答えるとは考えていなかった。
そして最終的な落としどころを決めていた、ってわけか。
さすが、A級聖騎士。
「か、勝手に話を進めるんじゃねえ!
俺にだって、都合がある! 全てを話すわけにはいかねえんだ!
話したら、その時点で、俺は消され……!
うあああ、やめろ!! か、固まる……」
ベリトが指を向けると、赤いグネグネは徐々に凍り付き始め……
そして、赤いカチカチと化したのだった。
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