第十二話 マルグレットとギルドマスター
――少し、時間はさかのぼり。
「……お話とはなんでしょうか」
冒険者ギルド三階の、特別室に呼ばれたマルグレット・リリェホルムは
緊張のおももちで、いかにも豪勢な造りの椅子に座る、妙齢の女性に尋ねた。
「ふふ、そう固くなるな。
……報告は読ませてもらった」
ぱさりと、机に書類束を放り出したその女性は、
この冒険者ギルドのマスター……ウルリーカ・ハルストレムだ。
腰までとどく、燃えるような赤髪。
美しい切れ長の目は、見る者を自然と委縮させてしまう覇気がある。
ウルリーカはため息をつき、椅子にもたれかかりながら言った。
「異常脅威度モンスターとの遭遇。
初めて聞くような事件だが、なんと今日一日だけで四件も発生している」
「! 自分たち以外にも、遭遇報告があるのですか?」
目を見開くマルグレット。
自分たちだけがたまたま遭遇したものと思い込んでいたが、
事態はそう単純でもないようだ。
「ああ。西の廃墟にアンデッド退治に向かったパーティが報告してきたのと、
南の湖沼地帯で、沼オークを討伐していたパーティからの報告……
どちらもA級パーティからだ。それで計二件。そして」
「首都の北東にある草原、私が遭遇したジャイアント・マンティスと、
おなじく首都の北のダンジョンでの、サイクロプス……」
「計四件。A級パーティはどちらも満身創痍で逃げ帰って来た。
死者も二人出た。全滅しなかっただけ幸い……という状況なんだ」
ウルリーカが立ち上がり、窓に近づいて外の景色を見やる。
そろそろ日が傾きつつあり、西の空が血のような赤に染め上げられていた。
「まるで、首都を囲むように発生していますね」
マルグレットの指摘に、ウルリーカが振り向きながらうなずく。
「その通り。誰かの意思が介在しているみたいに……な」
「次は東に現れそうな具合ですね。
以前、続けて起こった魔族による首都侵入と、関係があるのでしょうか?」
「あるいは、な。そう、その『関係』だ。
貴女を呼んだのは、この件に立て続けに関わっている者について、
聞こうと思ったのだ」
「……ラルス、ですね」
そう、彼は異常脅威度モンスターに二度も関わり、そして倒しているのだ。
四件のうち、半分。何かしら関連があると疑うのも、仕方がない……
そうマルグレットは考え、やや表情をくもらせた。
「そのうえ、彼は【スライムスキル】なるスキルを使用している、と
主張しているそうじゃないか。実際、見たのか?」
「良く分かりません……妙な打たれ強さがあるとは思いましたが……」
マルグレットが言葉を濁した。
モンスタースキルを人間が使えないのは常識だ。
「その独自のスキルを使いこなせれば、異常脅威度モンスターをも
上回れることが出来るのか……? ラルスは冒険者なり立てと聞くが。
その戦闘力、いかにも不自然ではないか」
ウルリーカが腕を組む。
マルグレットは浮かない顔つきのまま答えた。
「分かりません。今の段階ではなんとも……
ところで、異常脅威度の二件については、私も関わっているのですが」
「貴女を疑う理由は全くないな。
貴女は魔族侵入の件で、大変な活躍を見せてくれた。
あれが布石であり、貴女の演技が今も続いているというのなら、脱帽するしかないね」
くくっ、と喉を鳴らして笑うウルリーカ。
「……いや、ここは笑うべきところではなかったな。
貴女はお父上の汚名をそそぐべく、奮闘したのだった。
賞賛以外のかけるべき言葉はないし、軽々しく扱うものではない。失礼をした」
「いえ……」
マルグレットがややうつむき気味で答えた。
「話がそれたな。今日、貴女をここへ呼んだ件に戻ろう。
察しはついていると思うが、貴女とラルスは今後、
パーティを組み……一緒に行動を共にしてもらいたいのだ」
「ラルスを、監視せよ、ということですね」
ウルリーカがまたため息をつき、
「誇り高い貴女にそのような任務を与えるのは、こちらとしてもいささか心苦しい。
だが他に適任がいないのでな。今日だけでA級冒険者パーティが二組も壊滅。
マグヌスは事後処理に追われているし、かといってB級以下の者ではラルスは扱いきれまい。
それほどの活躍をしたと報告にあったのでな。よって……」
「A級であり、ラルスの行いを一番近くで見ていた私が、というわけですか」
マルグレットもまたため息をついた。
彼の純朴な性格は、今日一日だけでも良く分かっている。
とても演技とは思えない。
彼を疑うようなことは本意ではない、が……
「頼む。国軍も西の大国、ランツとのにらみ合いで動けん。
臨機応変に動けるのは我々冒険者だけだ……
貴女とラルスに、B級であるがわたしの直属冒険者を加え、
三人パーティを組んで、あるクエストに向かってもらいたい。
そして……貴女が見聞きしたすべてを、報告してほしいのだ」
ウルリーカは頭を下げた。
ギルドマスターにそこまでされて、断れるはずもない。
元よりマスターに『命令』されれば、受ける以外の選択肢は冒険者にはないのだ。
しかしウルリーカは命令はせず、マルグレットに『頼む』形で話をしている。
その心遣いを無下にするわけにもいかない……
マルグレットはそう考え、
「わかりました。お引き受けいたします。しかし、一つ問題がありますよ」
とウルリーカにやや笑みを浮かべながら、こう言った。
「ラルスは、私よりもはるかに強いと思います。
なので、彼に悪意があるならば……
このクエストを無事こなせる見込みは、ないと思ってください」
ウルリーカもふっと笑い、
「彼を信用しているのだな。
彼が魔族の手先かなにかで、冒険者として手柄を立てつつ信頼を勝ち取り……
我らの奥深くまで潜り込んでいく、などという事は一切ないと」
「ええ」
「そこまで惚れ込んだわけか」
「はい……えっ!? い、いえ! ほ、惚れるとか、
そ、そういうことでは、ありませんっ!」
とたんに顔を真っ赤にし、抗弁するマルグレット。
ウルリーカは彼女の様子をにやにや笑いながら観察し、
「そっちの意味ではないんだがな。
しかし、貴女にそこまで言わせるラルスとはどんな人間なのか、
わたしも興味が湧いてきた。クエストを無事終えられたなら、
今度、食事にでも誘ってみるかな」
などと、さらにマルグレットを煽る。
「そ、それはダメですっ!」
「ほう? それはまた何故?」
「あっ……い、いえ……!」
ここでようやく、マルグレットはからかわれている事に気づき、頬をふくらませる。
そして多少の反撃をこころみた。
「その、彼はまだ16歳ですし、犯罪かと」
「おいおい。わたしを何だと思っているのか……まあいい。
あとはすべて任せるよ。
クエスト自体も、異常脅威度モンスターの件と関わりがありそうな話だからな。
ラルスに問題がないに越したことは無いさ。
それに高レベルモンスターをまた倒してくれるのなら、ありがたい話だしな。
本命は、今、首都の周辺で何が起こっているか……だ」
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