プロローグ
「ラルスは、魔女の森に捨てよ!」
この上なく冷たい声で、ランベルトは言い放った。
ぱっと稲光がひらめいて暗い邸内を照らし、遅れて雷鳴がとどろく。
ランベルト・ハクヴィニウスはこの国――フィグネリア王国の王だ。
この度めでたく男の双子が生まれ、おかかえの老魔術師に二人の将来を占わせた。
老魔術師の固有スキル【未来像】は、占う対象の未来を、モンスターのイメージによって得る。
見たイメージが『グリフォン』なら高く羽ばたき、栄光を掴む人生を。
『ユニコーン』なら誇り高く、生命力に満ちた生き様を。
もし『ドラゴン』であれば、唯一無二の王たる資格を得る……
当主は『サラマンダー』であり、燃える怒りと活力に満ちた人物になると解釈された。
そして占い通り、溢れんばかりの行動力で現在の地位を得ている。
その、ランベルトの息子たちを占わせた結果。
「弟のトルド様は『ワイバーン』。イメージは魔物ではありますが……
強い意思を持ち、敵を粉砕されるでしょう」
モンスターの中でも、人に危害を加えるものを『魔物』と呼称する。
『サラマンダー』もその類であるので、
ランベルトは息子が魔物のイメージで語られることに異論はなかった。
「そして兄、ラルス様は……」
かなり老魔術師は言いよどんだが、
「ラルス様は。す、『スライム』です」
とおそるおそる告げた。
「……スライムだと」
ランベルトの、炎のような目でにらまれた老魔術師は縮こまる。
しかしかろうじて勇気を振り絞り、続けて言った。
「そ、その! 魔物の中でも最弱とされるスライムでありますが!
一般的な評価は最低とはいえ、ただのイメージでございます!
スライムは、全てを溶かし吸収する、器の大きい者と解釈も出来ます!
しかも、見えたイメージはこのうえなく明瞭であり、象徴や暗示というよりも……
もはやラルス様はスライムそのものと言うべき、」
老魔術師は最後まで言い切る前に、ランベルトの平手打ちによって
壁まで吹っ飛んでいった。
「もうよい! 俺の息子が、スライムのような未来を送るだと……
最弱、小物、雑魚、雑輩!
人間を見れば、さっさと逃げ出す魔物など、スライムの他にはおらぬ!
そのような惨めな者が、ハクヴィニウス家から出るなど! 何という屈辱!
即刻、この手で息の根を止めてやる!」
「お、おやめください! ランベルト様ともあろうお方が、赤子殺しの罪を得るなど!」
それまで何も言わず控えていた、側近たちが慌てて進言した。
「ならば! 誰でもいい!」
と周囲を見回し……双子の兄ラルスを、辺境の最も危険とされる地域――
『魔女の森』へ捨ててくるよう、吐き捨てたのだった。
「ま……魔女の森!
S級冒険者でも恐れをなして入る事すら出来ない、あの邪悪な森へですか!
む、無理です! 我々ではとても……!」
「入らずともいい! 近くに置いて来ればいいのだ!
さすれば森の民が、勝手に片付けてくれるであろう!」
「森の民!」
側近たちは震えあがった。
誰も見たことは無いが、あの恐ろしい森には邪悪な何かが棲んでいるという話だ。
その森の民がいるゆえに、冒険者も入る事が出来ない……
憶測が憶測を呼び、森の民の存在は人々の間で、
最大の恐怖の対象となっている。
外で魔女の森が目に入るなり、ほとんどの人間が逃げ出すくらいだ。
側近たちはくじ引きで運の悪い者を選び、
その者にラルスを魔女の森近くへ運ばせ――
そして、ラルスは置き去りにされたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
面白そう、続きが気になる、などと思っていただけましたら、
広告の下の【☆☆☆☆☆】評価ボタンで応援していただけると嬉しいです。
ブックマーク登録なども励みになりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。