最終話
魔王アラヤの討伐、そして長きに渡る魔族戦争の因縁を断ち切った激戦は終わった。
まずレオン達が取り掛かったのは瓦礫の撤去作業と、魔族によって魔物に変えられた人々の為に弔いの場を作る事だった。
オールツェル王国に住んでいた国民は、皆魔族の人体実験の材料に使われていた。生き残っていた者はおらず、残っていたのも形を変えられて肌色の風船のように膨れ上がった魔族を産み出す母体だけだった。
意志も無く人でも無くならされた人を戻す手段は無く、神子達が協力して祈りを捧げその命は灰に変えられ、皆と共に慰められた。
レオンは墓石に自らの手で一人一人の名前を刻んだ。どれだけ時間がかかろうとも誰の手も借りずに、黙々とそれをやり遂げた。
クライヴは各国から支援に来てくれた人々と一緒に、瓦礫を撤去していた。フィオフォーリの木ノ葉隊は特に気を吐いて作業に精を出した。
師と慕うクライヴの為と働く彼らを見て、クライヴはかつての騎士団の事を思い出していた。共に戦い訓練に明け暮れた日々、もはや帰ってこない優しい思い出を胸に、クライヴは木ノ葉隊の面々と汗を流した。
世界中の人々がオールツェル再建の為に集っていた。
フィオフォーリのエルフ達は、魔族と魔物に汚染された自然と土壌を回復させる為に、森で培った経験を生かしてオールツェルに緑を取り戻すために尽力した。
その中でも木の神子リラは精力的に働いていた。あまりに張り切りすぎていた為、クライヴは心配で殆ど一緒に付いて回っていた。それでもクライヴは嬉しそうな穏やかな顔をしていた。
ウルヴォルカのドワーフ達は撤去された跡地に、でかい城を建てるとやる気に満ちていた。物作りに情熱を注ぐドワーフ達に、バンガスも加わって大工事が行われていた。
グロンブの商人たちは、人が集まるという理由で続々とオールツェルに移り住んでいた。商売が出来れば良いと言い張っていたが、暴利を貪ったりせずに融通を効かせて様々な店を構えた。
アルフォンが目を光らせていた事も影響していたが、結局は皆で力を合わせて復興作業を行う内に、自然とその形に収まっていった。グロンブに住む精霊たちも、活気と精気溢れるオールツェルに多く住み着いて自然を形成していった。
クリスタルは自国の事もあり、そこまで大々的な力を貸すことが出来なかったが、一人の大天才が何百人分の活躍をしていた。
研究塔のエクストラは、気まぐれにオールツェルを訪れては、画期的な魔法を使って作業効率を上げさせていた。研究の合間だと本人は語っていたが、明らかに通う回数が多いので、皆エクストラの気持ちは言わずとも分かっていた。
メアラメラは再び大海に船で繰り出した。海王シャアクの指示でオールツェルに多くの資材を運び、世界を繋ぐ流通の架け橋として存分に手腕を発揮した。
また。海底深くにあった人魚王国は、メアラメラと合体するような形で海上まで上がってきていた。人々との交流を通して、相互理解を深める。提案したのは水の神子でありシャアクの妻アイシャだった。
オールツェル王国を再興する為に、人々はレオンの元に集った。皆の力を借りて、レオンは新しいオールツェル王国を作る為に日夜働き続けた。
そして時は流れた。
城内では人々が慌ただしく動いて回っていた。
飾り付けに料理の準備、来賓の為の設営にやることが山積みであった。
クライヴはびしっと決めた正装をしながらも、働く人々に指示を飛ばして忙しくしていた。
「あなた。私も何か手伝いますか?」
慌ただしく働くクライヴに、赤ん坊を抱えて子供の手を引いているリラが声をかけてきた。
「気持ちは嬉しいが、身重の君を働かせたとあったらお義父さんに何と言われるか分からない、子供達を連れて座っていてくれ」
「ふふふ、確かにそうですね。この前久しぶりに父に顔を見せに行ったら、もっと頻繁に来れないのかとブツブツ言っていましたよ」
リラは楽しそうに笑うが、クライヴは内心では焦っていた。シルヴァンは子煩悩の上に孫煩悩だ、表情こそ柔和でも裏では青筋を立てていたりする。
「こ、子供もまた生まれるからな、お義父さんの所へはまた皆で行こう」
「そうですね、それが良いです。して、今日の主役はどちらに?挨拶に伺おうと思っていたのですが」
リラの目的は手伝いよりもそっちだった。
「ああ、お二人なら今少しだけ城から離れているよ。すぐに戻ってくるけれど、暫く二人だけにしてあげてくれ」
クライヴはそう言うと窓から外を眺めた。そして精霊の隠れ里の方を見つめると、またすぐに仕事に戻った。
レオンは草原に寝転んで空を眺めていた。白い雲が流れる様を見てぼんやりとしていると、隣に誰かが腰掛けた。
「ソフィア、もう挨拶はいいのか?」
「うん、大丈夫済ませてきたよ」
ソフィアはレオンと並んで草原に寝転んだ。二人は同じ空を眺めて話し始めた。
「エクスソードを星神様に返す判断は正しかったかな?」
レオンに聞かれてソフィアはうーんと唸った。
「どうだろう、分からない。けれどレオンがそうした方が良いって思ったのなら私もそうするべきだと思うよ」
そう言ってソフィアはレオンに微笑む、レオンもそんなソフィアの顔を見て安心したように言った。
「あの剣が必要になるような事がもう無い世界にしたいんだ。力で力を否定する、それは時に必要だけれど、どこか悲しくてやりきれない。こんな考えは甘いかな?」
返事が無いのでレオンはソフィアを呼ぶ、するとソフィアは転がってレオンの胸に顔を埋めて言った。
「それがレオンの考える王道なら、私はそれを支えたい。甘くてもいい、いつか未来ではレオンの考えを否定させる日が来るかもしれない。だけど私は、貴方とずっと一緒にいるよ」
「私はそんな貴方を好きになったのだから」
レオンは黙ってソフィアと口づけを交わす。そしてその体をしっかり抱きしめると、そのまま抱き上げて立ち上がった。
「じゃあそろそろ俺達の国に帰ろうか王妃様」
「そうね、きっとクライヴがてんてこ舞いよ王様」
新たなオールツェル王国の王となったレオンは、自らの花嫁を抱きかかえて歩き出した。
すべての喜びも、すべての悲しみも、いつか来る別れの時でさえ二人で居たいと願う、そんな未来を夢見て守り抜いた世界は、今日もまた穏やかな時を刻んで進んでいく。
戦いの終わりは、また新たな戦いの始まり、その生きた証を世界に記しながら明日に向かって生きていく、かけがえのない人を隣に連れて、レオンは王としての一歩を歩み始めるのだった。
了




