七十九話
巨獣化アラヤとの決戦が仕切り直される。
レオンの助太刀に現れたのは、フィオフォーリのエルフで狩人のサラ、ウルヴォルカの王バンガス、クリスタルの王妃の側近で武人ウガツ。
そして決戦に向けてウルヴォルカの職人達の手で開発された大砲を、砲撃の技術に長けたメアラメラの海王シャアクが砲兵を纏め上げ指揮を執る。
グロンブ近くに住む商人たちは、買い集めた商品や蔵品を無償で開放した。買い手がいなくなれば商売にならない、魔王の存在は商人にとっては邪魔でしかなかった。
商人から受け取った資源を、フィオフォーリの長シルヴァンとクリスタルの竜王妃レイナが、部隊を管理して補給と後詰めを指揮する。その補佐に回るのは魔法研究塔の賢者エクストラ、数々開発した魔法を水晶に込めて人々に運用させる。
戦いはとうとう人類対魔王になった。その陣頭に立つのは宝剣エクスソードに選ばれた王子レオン、相対するは魔を統べる王アラヤ。
魔族の力を取り込み、魔物の命を吸い上げたアラヤは、その体をオールツェル城よりも巨大化させ、体の部位は異質に変化し、巨獣となり襲いかかってきた。
レオンはバンガスの戦鎚の上に乗る。
「よしやってくれ!」
「任せろ!!」
バンガスはレオンを乗せた戦鎚を、剛力を誇る腕力のままに思い切り振り上げる。打ち上げられたレオンは剣を構えてアラヤ目掛け飛びかかる。
空中でレオンを振り払おうとするアラヤの手を、動き出す前を狙ってサラとウガツが同時に矢を放つ、サラの矢は正確に関節部を射抜いて、ウガツの剛弓から放たれる巨大な矢はアラヤの掌を貫いた。
レオンを打ち上げたバンガスは、がら空きになった足元に潜り込み、向こう脛目掛けて目一杯の力で振り抜いた。
その衝撃と激痛に思わず姿勢を崩した巨獣アラヤ、上空のレオンは落下を利用して頭上に剣を突き立てた。
アラヤは退魔の剣の一撃を受けて、悶え苦しみ苦痛の声を上げた。レオンは剣を引き抜いて飛び降りると、それを待っていたかのようにシャアク率いる砲兵達が一斉にアラヤを砲撃した。
力を合わせて巨獣化アラヤに絶え間ない攻撃を加えていく、再生を繰り返す怪物にレオン達は怯むことなく攻め手を止めなかった。
前線にて魔王と激戦を繰り広げ押し留めるレオンに対し、ソフィアはアルフォンに連れられてある場所に向かっていた。
激戦の音を背に受けて逸る気持ちを抑えるソフィア、戦うレオン達の無事を信じてアルフォンの後に続く。
「心配かいソフィア?」
「え?」
アルフォンに声をかけられてソフィアは顔を上げた。
「僕は感情を司る精霊だからね、今の君は読み取るまでもなく分かりやすいけど」
「ああそう言えばそうでしたね…」
ソフィアは少し間をおいて言った。
「勿論心配です。レオンの隣に居たい、だけど私には私の戦いがある。そうでしょう?」
「そうだね、星の神子である君にしか出来ない事がある。行こうか、皆が待っている」
アルフォンがソフィアを連れてきたのは、オールツェル王国の儀式の間であった。戦闘で崩れ去ってはいるが、ソフィアにとっては馴染みの場所でもあった。
そしてそこに集まっていたのは、各国の神子達だった。木火土金水の神子がソフィアを待っていた。
「ソフィア久しぶり!」
「リラ!それに皆も!」
木の神子リラがソフィアに駆け寄る、火の神子ベリルと金の神子エルも続いてソフィアに駆け寄って手を取った。
「ソフィアさんベリルですよ!覚えていますか?」
「忘れるわけないでしょベリル、元気だった?」
「はい!勿論です!」
ベリルは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
「エルも久しぶり、元気にしてた?」
「はい、クリスタルの一件ではお世話になりました」
エルも嬉しそうにソフィアの手を握った。
「私も再会を喜びたい所だけれど、ソフィア時間が無いよ」
水の神子アイシャがそう言うと、アルフォンが話を始めた。
「皆神授の指輪は身につけているね」
神子達は頷いて右手を差し出した。中指にはそれぞれ神を示す色の宝珠がはめ込まれた指輪が光っている。
「それは?」
ソフィアが聞くとアルフォンが答える。
「これは土神様が作り出した宝珠、それぞれが仕える神の力が込められている。それをウルヴォルカの職人の手で加工した。神子の為の神器だ」
「これを使えば、神子は神憑りを命を引き換えにすること無く行える。僕はこれが無くても出来るけど、神授の指輪は現世に神の力を行使する事さえ可能にするんだ」
ソフィアは驚きの表情を浮かべて聞いた。
「そんな事が可能なの?」
「ああ、君たちの旅のお陰でなし得た奇跡の一つだ。そして今からすべての神子が神憑りを行い、ある儀式をする」
アルフォンに続いてアイシャが話す。
「その儀式は神子達すべてが神憑りを行い、神を現世に呼び寄せ執り行う」
続けてエルが言った。
「神々の力を合わせて星の神子様に最大限のお力を送ります」
ベリルがソフィアの手を取る。
「この儀式でソフィアさんは星の神子をその身に降ろします」
そしてリラが話を締めた。
「本来神憑りは命と引換えに行使されるもの、だけど神授の指輪がある今なら、そして星の神子として成長した今のソフィアなら、星神様をこの地に呼び寄せる事が出来る」
集まった神子達は魔王に対する切り札をソフィアに託す為に覚悟を決めた。人の力を結集した今、神子達は神の力を人に繋げる役目を果さんとしていた。
そんな覚悟と決意を受け取ったソフィアは、神子達に向けて言った。
「星の神子としての使命を全うするため、皆の力を貸してください!」
神子達はソフィアを取り囲む、真ん中に立つソフィアは神授の杖を掲げ祈りを捧げた。
五神の神子は詠唱する。
『我が身に流れる神の血よ、絆を辿りて我が身に宿れ、神に捧ぐは世界の未来、人々を救う為の力を今ここに』
神子達の身に神々が降り立つ、神々は神子の体を借りてソフィアに力を送る。
「木々は芽吹き、盛る炎を勢いづける」
「炎は灰に、土に還りて大地と成す」
「土は広がる、大地はやがて金を作る」
「金は宿る、人の糧となり水を生む」
「水は流れる、巡り潤し木々を育てる」
五神はそれぞれの権能と役割を口にする。それを受けてソフィアは最後に声を上げた。
「これすなわち世の理、星を成し得る万象の証。今ここに星神の力を!」
神授の杖が神々の力を受けて眩く輝く、ソフィアは両手を広げて天を仰ぐ、空から降りる光を受けて星神の神憑りは成った。
巨獣化アラヤとレオン達の激戦は続いていた。
どれだけ傷つけてもすぐさま再生するアラヤに対して、レオンはボロボロになりながらも一歩も引かなかった。それを見て人々も、どれ程負傷してもレオンに続いた。
「何故だ!何故引かぬ!何故諦めぬ!お前たちに勝ち目はない!」
アラヤは金切り声で叫ぶ、それはどこか恐怖の色が混ざっていた。アラヤには理解の及ばない無謀さだった。
しかし、戦いを続けている誰もがそれを無謀な戦いだと思っていない、巨大かつ強靭な肉体も、傷つかぬ生命力も、誰の足を止める理由にはならなかった。
口に魔力を収束し、光線を放ち砲兵隊を焼き払おうとする。しかしクリスタルの魔法使いたちがそれを防いだ。何度障壁魔法を破られようとも、また次の誰かが立ち上がって穴を埋める。
アラヤの顔が別の方向を向いた隙にレオンは駆ける、死角に回り込んで片腕を斬り落とす。アラヤは痛みに絶叫を上げるも、すぐさま腕を生やしレオンを押しつぶそうとするが、襲い来る腕を盾で殴りつけて止めてすぐさま手首を斬り落とす。
「グウオオオオ!!」
唸り声を上げてアラヤは苦しむ。
「何故だ!矮小なる虫けら共が!大人しく絶対なる死と消滅を享受せよ!」
アラヤの言葉に、激戦に傷ついたバンガスは立ち上がって鼻で笑った。
「受け入れるかよそんなもの、消えるならお前一人で消えていけ」
サラもウガツの肩を借りて立ち上がる。
「私達は生きる。今日を誇れる明日を目指して戦うんだ」
ウガツはアラヤを睨みつけて言った。
「俺達はこの燃えるような想いを世界に残し続けるんだ。この世界を生きる未来の誰かの為に」
レオンはエクスソードについた血を振り払い、その切っ先をアラヤに向けた。
「お前は世の中と命を呪うが、俺達は皆明日と希望を祝ぐ。それを邪魔すると言うのなら俺達が誰一人諦めない、ここでお前を断ち切る!」
アラヤの泣き声に似た絶叫が戦場に轟いた。次の攻撃が来ると身構えていた人々は、天から降り立つ一筋の光に目を奪われた。
「ソフィア…?」
レオンはすぐにソフィアだと気がついたが、同時に他の強大な何か別の気配も感じ取った。
「レオン、よくぞここまで耐え抜きました。今こそ決着の時です」
ソフィアの声に重なるように発せられるのは星神の言葉だった。星神はソフィアの体を借りて力を行使する。
掌を開いてふうと優しく息を吹きかける、きらめく星の粒のような光が世界中に広がっていき、戦いで傷ついた人々の体を癒やした。
「星神ぃぃ!!」
アラヤは怒号を上げる、その姿を憐れむように星神は言った。
「貴方達魔族だって世界に生まれた命だった。我々の不始末により歪められたその存在は、償いきれない咎が神々にあります。しかしそんな神々と人を繋いだのは奇しくも魔族から人に味方した者でした」
「共に歩む事だって出来た。魔族であろうとも生きて感情のままに命を慈しむ事も出来る、それを貴方は否定した。多くの人々の命と、同胞である魔族と魔物の命を無惨に散らして」
星神の言葉にアラヤは更に激昂する。
「黙れ!恨み憎しみ復讐の為に放り出された我々が、本能に従うまま人を殺して何が悪い!我は殺す!殺して殺して殺して!すべて無に還すのだ!!」
アラヤはそれから壊れたように、殺すと消すをブツブツと繰り返し言いながら暴れだした。しかしその攻撃は誰にも届く事はなかった。
星神はアラヤを球体の様な光の膜で包み込んだ。囚われ暴れまわるが、どれ程の力でも傷つける事は叶わなかった。
神憑りをしたソフィアがレオンの隣にふわりと降り立った。
「レオン、決着をつけましょう」
「ソ、ソフィアなのか…?」
困惑するレオンに微笑みかけるソフィア、その顔は幾度も見てきて、何度もレオンを勇気づけてくれた暖かなソフィアのものだった。
「で、でも神憑りって」
「大丈夫、私を信じて。さあエクスソードを掲げて」
レオンは心配そうにソフィアを見るも、迷いを振り払い覚悟を決めた。ソフィアが信じろと言うのならレオンはそれを信じるまでだった。
胸の前でエクスソードを構える、そしてそのまま剣を天高く掲げた。レオンの隣でソフィアは祈りを捧げる、世界中の生きる者達の願いが光となり、エクスソードに集まってきた。
祈りと願いの刃は天高く伸びる、レオンはエクスソードを振りかぶると、そのままアラヤ目掛けて振り下ろした。
アラヤは極光の刃に飲み込まれながら絶叫する。生きとし生けるものの願いの光に飲み込まれ、その存在は完全に消え去った。
神憑りが解けてソフィアの意識が途切れる、レオンはエクスソードを手放し咄嗟にソフィアを支えた。
「ソフィア!おい!死ぬんじゃない!」
意識を失ったソフィアに、涙ながらに声をかけるレオン。するとソフィアは目を開いてレオンの頬に手をやった。
「大丈夫、信じてって言ったでしょ?死なないよ私は、貴方の傍に居るわ」
それだけ告げてソフィアはまた意識を失った。レオンは手を取って握りしめると、手には温もりもあり、ソフィアはすうすうと寝息をたてて眠りについた。
「大丈夫だよレオン。この神憑りは命を代償にするものじゃない、ソフィアは疲れて眠っているだけだ」
いつの間にかレオンの背後に現れたアルフォンが事情を説明する、そしてレオンからソフィアの身を預かった。
「君にはまだやることがあるだろう?」
レオンが振り返ると、共に戦い傷だらけのバンガスが、レオンに旗を手渡した。
「行けよレオン、今は瓦礫の山だけどここはお前の国だ」
そう言ってバンガスはレオンの背を叩いた。
「それ私とリラで作ったのよ、受け取って欲しいな」
サラが丸まった布を広げると、それはオールツェル王国の国旗だった。
「王としての努め、見届けさせてもらおう」
ウガツはそっとレオンの背を押した。皆に言われるがままにレオンは一歩ずつ歩いて行く、一歩歩くごとに旅の思い出がレオンの中に蘇っていく、辛く険しい旅路であったが多くのものを得ることが出来た旅でもあった。
城の瓦礫にオールツェル王国の旗を突き立てる、そしてレオンは天高く拳を突き上げて割れんばかりに鬨の声を轟かせた。
レオンの鬨の声に合わせて、世界中の人々も同時に声を上げた。世界中に響き渡った勝利の証は、いつまで経っても止むことはなかった。




