七十八話
魔王アラヤが轟かせた咆哮は大地と大気をビリビリと揺らす。怒りがオーラとなり体中から溢れ出す。その闇より暗い漆黒は魔王の激情を現していた。
「やってくれたなあ!ゴミどもがあ!」
鬼の形相でレオン達を睨みつける。怒りに歯を噛みしだき砕く、口から血を流しながら歯を再生させるが、それでもまだギチギチと音が響く程に怒り狂う。
「お前の好きにはさせない、父も母も俺とこの世界の行く末を見守ってくれている。お前はここで終わりだ!」
レオンはエクスソードを構え、ソフィアは神授の杖を握りしめる。その諦めないと言わんばかりの瞳の光に、アラヤは更に怒りをつのらせる。
「上等だよクソカス、この我がこの程度で終わると思うなよ?」
アラヤは拳を握りしめ胸の前で腕を交差させ構える、力をぐっと溜め込むように身を屈めた後、それを開放するように腕を広げ天に向って叫び声を上げた。
何が起こるのかとレオン達は身構えていると、アラヤが居る場所の上空に幾重にも魔法陣が現れた。
その場に居るレオン達には分からなかったが、世界では大きな変化が起きていた。凶暴に暴れまわっていた魔物達が急に死に絶え、その姿を黒い瘴気に変えて空に立ち上り始めたのだ。
防衛に当たっていた国々の王はその瘴気がオールツェルの方角に向かって集まっていくのを見て、すぐさま連絡を取り状況把握を急いだ。
一方レオン達も何か変化が起きている事に気がつく、上空に集まり始めた瘴気が魔法陣を通りアラヤの口の中に吸い込まれていった。
すべての魔物が死に絶え、その存在を瘴気に変えアラヤに取り込まれる、吸い込みきった時がくんと体が折れ曲がるように倒れ、今度は後ろに折れるほど起き上がったかと思えば、バキバキと音を上げ始めた。
目まぐるしく変化をしていくアラヤの体は、次第にボコボコ膨れ上がったり縮み上がったりを繰り返しながらどんどん大きくなっていった。
すでに以前の姿は見る影もなく、体の大きさは崩れ去った城程になっていた。人の姿に近かったものがすっかり変化し、皮膚は硬質化して手足は筋肉が以上に発達し膨れ、鋭く尖った爪は大地をえぐって突き刺さっていた。
横に裂けた口から牙を覗かせ、全身の関節からシューと音を立てて煙が吹き出した。巨大な頭に三つの瞳が同時に開き、ぎょろぎょろと目玉を動かすと焦点をレオンとソフィアに合わせた。
「矮小な人間よ、進化を遂げた我が姿を見よ。作り出した魔物すべての命を取り込み、本当の魔王として君臨した我が姿に震えるがよい」
アラヤが発する言葉は、ぎりぎりと金属をこすり合わせるような不快な音になり耳障りに響く、思わず耳を塞ごうとする二人であったが、振り下ろされる腕の一撃を避ける為にレオンはソフィアを抱え走った。
巨大化した体躯と圧倒的な質量は、微細な動きでも攻撃に変化する。
ただ闇雲に腕を振り下ろしただけでも、爪は地面を容易く引き裂き、衝突と共に拳が沈み込む、強風で粉塵が巻き起こりレオンの視界を遮る。
森羅の冠が映し出した安全な場所を信じて飛び込む、しかしその場所も、高くから見下ろしている巨獣化アラヤには一目瞭然であった。
すぐさま次の攻撃がレオン達を襲う、何とか逃げて回るが防戦一方の状況に陥ってしまった。
城に残された建物を破壊しながら暴れまわる巨獣化アラヤ、攻めあぐねるレオンはソフィアを抱えながら話す。
「ソフィア、攻撃からは俺が絶対に守る。抱えられながら攻撃魔法を打ち込めないか?」
レオンの提案を聞いてソフィアが頷いた。
「やってみる。レオン、私を離さないで」
「よし頼んだぞ!」
レオンは力を溜めて大地のグリーブと足に集中させる、森羅の冠の情報を頼りに動き回り、魔法攻撃を撃ち込む作戦を開始した。
巨獣化アラヤの攻撃を避けながら、ソフィアは魔法を詠唱する。
『現れよ鋼鉄の刃尖りて鋭く敵を穿て、アイアンエッジシュート!』
宙に現れた刃が撃ち出され雨の如く敵に降り注ぐ、しかし無数の刃に刺し貫かれても、巨獣化アラヤの動きは止まらない、それどころか傷がすぐさま修復していき完全に治癒されてしまう。
それを見て怯むソフィアにレオンは喝を入れる。
「構うな!打ち続けろ!」
レオンの言葉にソフィアはまた杖を構えて詠唱を始めた。
巨大化した足の踏みつけを避けて、舞い上がった瓦礫に飛び移りながらレオンはソフィアを抱えて移動する。足を止めれば集中攻撃を浴びて潰されてしまう。
『隆起せよ大地岩窟の顎門で噛み砕け、グラウンドバイト!』
巨獣化アラヤの足元の大地が盛り上がり穴を広げ、その穴の縁に岩石で出来た牙が連なり足を噛み砕く。
足が引きちぎらて地に飲み込まれる。バランスを崩して倒れかける巨獣化アラヤだったが、無くなった足をすぐさま生やして踏ん張り倒れるのを防いだ。
「無駄無駄無駄!!我の体には世に放ったすべての魔物の命が取り込まれている!いくら負傷しようともすぐさま次の体を作る事が出来るのだ!!」
金属音のような声が響く、どれ程攻撃魔法を撃ち込んでもすぐさま修復を繰り返すアラヤに、再びレオン達は防戦を強いられた。
攻めあぐねて次の手を見つける事が出来ず。ついに攻撃の余波を受けてレオンの体は吹き飛ばされた。
レオンは咄嗟に火王の鎧のマントでソフィアを包み込み、自分は力を防御にまわして身構える、しかしいくら防御に重きを置いても叩きつけられた衝撃が、体中を引き裂かれるような痛みに襲われて意識を失った。
必死に守ったソフィアは無傷だった。起き上がってレオンに回復魔法をかけるが、動きを止めてしまった。
巨獣化アラヤがその隙を見逃すはずもない、レオン達目掛けて腕を振り上げ勢いをつけて下ろす。ソフィアは回復魔法を切り上げ最大限防御魔法を展開するが、それすらも打ち砕かんとする圧倒的な質量と迫力に、ソフィアは目をぎゅっと閉じた。
攻撃がきて衝撃が襲うと思っていたソフィアは、いつまで経っても予想していたそれが来ない、不思議に思い目を開けると巨獣化アラヤの頭から黒い煙が立ち上っていた。
続けて何処かから放たれた砲撃がアラヤの体に次々に着弾する。血と肉が弾け飛び、連続攻撃によろめくアラヤを見て、何が起こっているのかと戸惑っていると空に見たことがある顔が浮かびあがり、聞いたことのある声が響いた。
「見えているかい?聞こえているかい?レオン!ソフィア!クライヴ!助けに来たぞ!」
それはエクストラであった。戦場に似つかわしくないほどの満面の笑みと明るい声色で大規模な投影魔法で空に映し出される。
「少しどきなさいエクストラ、皆無事ですか!?今五大国すべての戦力がオールツェルに集結しています。頼りになる助っ人もそちらに向かっています!」
クリスタルの竜王妃レイナがエクストラを押しのけて、語りかける。意識を取り戻したレオンが何が起きているのかと混乱していると、砲撃でよろめいたアラヤに巨大な戦槌を担いで飛びかかる影が見えた。
巨獣化アラヤの顔面目掛けて戦槌を振り抜く、砲撃でよろめいていた所にその衝撃を食らい、アラヤの体は大きな音を立てて後ろに倒れた。
「待たせたなお前ら!」
現れたのはウルヴォルカの王バンガスであった。だらしなく締まりのなかった体はすっかり全盛期の頃の引き締まった筋肉の鎧に覆われ、倒れているレオンに手を差し伸べた。
「バンガス王、一体どうして?」
「なあに魔物の野郎どもがいなくなったからよ、皆暇になっちまった。それなら殴りがいのある敵がいるじゃあねえかって事で助太刀に来たぜ」
レオンの手を引き立ち上がらせる。後方で巨獣アラヤがバンガス目掛けて腕を振り下ろさんとしていた。
「危ないっ!」
そうレオンが叫んでもバンガスは余裕そうにしていた。
次の瞬間アラヤの目に矢が突き刺さった。二本の矢は普通のサイズだったが、もう一本は巨大な槍のような見た目をしていた。
「レオン!皆!無事か!?」
上空から降り立ったのはフィオフォーリのエルフ、サラであった。二本同時に矢を放ち正確に目を射抜いたのはサラだった。
「クライヴ殿は重症のようですね、彼を連れて一度離脱します」
もう一人、巨大な槍のような矢を放ったのはクリスタルの武人ウガツであった。クライヴを担ぎ上げると、迅速に行動し戦線を離脱する。寡黙な仕事人は状況判断も的確であった。
「やあレオン、無事で何よりだよ」
「アルフォン!君も来てくれたのか!」
バンガス達を連れてエクストラの転移魔法を使ったのはアルフォンだった。
「僕たちだけじゃない、魔王にウルヴォルカの職人達が作った兵器で砲撃している部隊を纏め上げているのはシャアクだ」
メアラメラの海王シャアクは大砲の扱いに右に出る者はいない、エクストラと協力しながら遠距離から一方的にアラヤを的にしていた。
「僕ももう一仕事だ。ソフィア、一緒に来てくれ」
「わ、私ですか?」
「君じゃなきゃ駄目なんだ。レオン、悪いが魔王をここで食い止めてくれ。その間に僕は希望を連れてくる」
アルフォンの真剣な眼差しを見てレオンは頷いた。
「皆が来てくれた。俺はそれだけでもう負ける気がしない」
「よく言った。それでこそ未来のオールツェル王」
レオンはソフィアの手を握った。
「俺はここで戦う、絶対に負けないから!」
レオンの熱く希望に満ちた眼差しを見て、ソフィアも嬉しくなって言った。
「分かった。私もすぐに戻るから、それまで絶対に負けないで!」
アルフォンは転移魔法を起動してソフィアと共に何処かへと消える。レオンはそれを見届けると、エクスソードを手に身にまとう神器を輝かせ戦場に戻った。
クライヴを安全な場所まで送り届けたウガツも戻ってきて弓矢を構える、サラとバンガスそして世界中の戦う者達の前にレオンは立った。
「いくぞ皆!魔族戦争の因縁を今ここに断ち切る!」
エクスソードを掲げて宣言するレオンの姿は、エクストラが魔法で全世界に投影していた。その姿に鼓舞された人々は雄叫びを上げて、それぞれの戦いに身を投じた。




