七十七話
決戦の時来る。
再びアラヤと対峙したレオンは、ただ黙ってエクスソードを抜いた。
最早言葉は必要なく、ただ互いの力をぶつけ合うのみ。魔王が世界の消滅を望むように、オールツェルの王子は世界の未来を望んだ。
身につけた神器は国々の希望の証、星の神子に託された加護は神々の願い、戦いは静かに始まった。
奇しくもレオンとアラヤの飛び出すタイミングは一緒だった。レオンはエクスソードを、アラヤは魔法で作った魔刃を手から伸ばして切り合う。
連撃をぶつけ合う二人、アラヤの死角にクライヴが飛び込み大剣を振るうが、刃が届く前に片手の魔法で止められる。
アラヤが腕を振り払うとクライヴの体が大きく吹き飛ぶ、それを案じて一瞬目を逸らした隙にアラヤは攻撃を差し込んでくる。
かろうじて盾で受け止めたレオンは攻撃の余波で吹き飛ばされるが、アラヤの追撃をソフィアの魔法が阻む。
『轟け雷穿け閃光!ライトニング!』
放たれた雷撃はバリアで防がれる、しかし防ぐ瞬間に足を止めた時にはレオンとクライヴが攻撃に駆け出していた。同時に放たれた斬撃を両手から伸ばした魔刃でそれぞれ受け止められ、手から放たれる衝撃波で吹き飛ばされた。
レオンは受け身を取ってすぐさま立ち上がるが、再び片腕を失ったクライヴは上手く体勢を立て直せなかった。
『風よ吹け柔らかに包み込みその身を守れウィンドブレス!』
ソフィアはクライヴの体を支える為にすぐさま魔法を放った。風のクッションで地面に衝突する衝撃から身を守った。
レオンは全身に巡る五力を強める、爆発的な加速で素早く移動しアラヤと斬り結ぶ、レオンの剣戟にアラヤは次第に押されていく、二人の激しいぶつかり合いに外の二人は手を出せず、固唾を呑んで見守った。
一瞬の隙をついてレオンはアラヤの手を跳ね上げる、空いた胸目掛けてエクスソードをまっすぐに突き刺した。
「どうだっ!」
レオンに手応えは確かにあった。しかしアラヤは平気そうに刺さったエクスソードに手を伸ばす。
「宝剣いただこう!」
アラヤに剣を掴まれる前にレオンは剣を引き抜いて、アラヤの体を蹴り飛ばし距離を取る。
胸に空いた穴に気にもとめず。アラヤは笑い声を上げて宣言した。
「残念だったなあ!もう我にエクスソードの退魔の力は通用しないっ!!」
胸の穴は塞がり、勢いづいたアラヤの攻撃を今度は必死に受けに回るレオン、どんどんスピードと激しさを増しながらアラヤは楽しそうに話し始めた。
「我にとってエクスソードは必要不可欠であり、それでいて致命的な弱点でもあった!奇跡を体現するその剣はお前と共に成長を遂げ、魔族を完全に消し去る程の力を得た」
アラヤの斬撃を何とか盾で受けるレオン、しかし今度はレオンが蹴り飛ばされる。
「だから策を打ったのさ、抜け殻になった魔族を封印から取り出し、ある程度形にして能力と名を授けた。そしてお前たちの成長を促す当て馬に使い、好きに振る舞わせて魔族の方にも成長を促した」
「お前たちとの戦いに刺激を受けて、ベルティラ以外の馬鹿共は与えた能力をどんどん成長させていった。そして最後に我はあ奴らに死した時力を我もとに運ぶ魔法をかけた」
ソフィアの攻撃魔法をかき消し、クライヴの剛力による一撃も難なく受け止め話を続ける。
「元々出来損ないを形にして動けるようにしただけの存在だが、生きる事が奴らの成長に繋がった。我にはその力が必要だった」
「お前たちは我の目論見通り、あのごみ共を始末し、その力を我に届けてくれたな。複雑に成長を遂げた純粋な命の塊は、我を命を超越した半神半魔の身に変えた!」
レオン達の一斉攻撃を足踏み一つで吹き飛ばし、アラヤは笑った。
「我々魔族は元は神から生まれた。そしてどれ程邪悪であろうともエクスソードは神を殺す事は出来ない、あの洞窟にいた神の死骸のように」
「神滅ハヤギは厄介であったが、ベルティラのお陰で楽が出来たな。あれを失った今、お前たちに勝ち目はない」
アラヤは魔法を発動した。城を崩す程の強力な魔法の圧力に押されレオン達は地にめり込むほど倒れ伏す。
「お前たちは、この我の手の上で踊らされていたに過ぎないんだよ!魔を統べる王に敵うと思ったか間抜け共が!!」
崩壊する城の瓦礫に巻き込まれながらレオン達は落下していく、宙に浮くアラヤは落ちていくレオン達を見下げて高らかに笑い声を上げた。
城の崩壊に巻き込まれたレオンは、全身に走る痛みに意識を取り戻す。
落ち行く中必死になってソフィアに手を伸ばし、抱きかかえた所までは記憶があるが、そこからは気絶したようで記憶が曖昧になっていた。
重くのしかかる何かを感じて目を開けると、レオンとソフィアをかばうようにクライヴが覆いかぶさり、その上には大量の瓦礫が積み重なっていた。
クライヴは落ちて大怪我を負いながらも、気絶するレオンとソフィアに降りかかる瓦礫から、身を挺して守った。
そのお陰で神器に守られた二人は崩壊に巻き込まれても、比較的軽症で済んだ。しかしクライヴは一身に崩壊から二人を守った事で、更に致命的な怪我を負っていた。
「ソフィア!目を覚ませソフィア!」
レオンに肩を叩かれてソフィアは痛みにうめきながらも目を開ける、そして目にしたクライヴの姿を見て、すぐに飛び起きて回復魔法をかけた。
「駄目、駄目駄目!クライヴ!死なないで!」
回復魔法をかけながらソフィアはクライヴの右手を掴み、祈るように額に当てた。
レオンも水神の盾をクライヴの体に置いた。水神の加護は治癒の力がある、少しでも回復に役立つ筈だとレオンもソフィアと一緒に祈った。
ソフィアの回復魔法と水神の盾の力で、クライヴは目を覚まさないものの息を吹き返した。
レオンはクライヴを戦いに巻き込まれない場所に運び、ソフィアはその身を守る為に結界を張った。
二人は立ち上がると、もう一度魔王の元に向かう。
エクスソードが効かない、その事に絶望しかけても立ち止まる訳にはいかなかった。
「ソフィア、何か考えがあるか?」
「正直何も思いつかない、レオンはどう?」
ソフィアに聞かれてレオンは首を横に振った。しかし、その時腰に挿した母の残した魔石のナイフが、大きく脈打つ音を響かせた。
「何だ…?」
レオンはナイフを抜いて眺める、ソフィアも一緒になってそれを見ていると、二人の頭にまた声の様なものが響いた。
「そのナイフは命を奪うための物じゃない、命を与えるための物なんだ」
その声はどこか聞き覚えのある大人の男の声だった。くぐもっていたが、レオンには確信があった。
「父さん?」
「え?」
レオンの呟きにソフィアが驚く、そしてあっと何かに気がついた声を出した。
「レオン、私リザ様の策が分かった」
ソフィアから説明を聞いたレオンは驚きの表情でまたナイフを見つめた。このことを予測していたとしたらと考えると、母リザの機転と諦めない精神に感服した。
待ち構えるアラヤの元にレオンとソフィアが辿り着いた。
「さあ、もう手はないだろうレオン。宝剣と星の神子を渡せ、大丈夫だ皆消え去る。そこには恐怖も痛みも何もかも無い、それが良いことだと分からないか?」
手を差し伸べるアラヤにレオンは話しかけた。
「エクスソードを渡してやってもいい」
レオンの発言に、アラヤは満足そうに頷いた。
「流石物わかりがいい、消えゆく世界を見るのは辛いだろう。我の慈悲だ真っ先に貴様を消滅させてやる」
にこやかな笑みを浮かべるアラヤにレオンはゆっくりと歩いていった。エクスソードを手にし、それをアラヤに受け渡す瞬間、レオンは魔石のナイフを瞬時に抜きアラヤの胸に突き刺した。
「貴様ッ!!」
エクスソードをレオンから奪い取り、殴りつける。遠くまで飛ばされたレオンは無惨に倒れ込む。
「馬鹿な餓鬼が、こんな事しても何も意味がな…い…?」
アラヤは自らの体に起こる変化に、脂汗を額にびっしりと浮かばせ顔を歪ませる、何が起きているか把握出来ず突き刺さったナイフを抜こうとするも、いつの間にかナイフは体の中に入り込んでいた。
狼狽しているとアラヤはドクンと大きな鼓動を感じた。それは半神となったアラヤにはありえない事だった。
エクスソードを持つ手が焼けるように熱くなり、思わず手を離す。掌は真っ黒に焼け焦げていた。
「半神になって命を超越したお前に命は無くなった。神の身になり死と対極の存在になった。退魔の剣であるエクスソードは確かにお前に害為す事は出来ない、しかし無くなった筈の命が戻ればどうだ?」
「お前は傷つけば死ぬし斬られれば血もでる、超越した筈の存在からはかけ離れた。それをもう神とは呼ばない」
レオンは話しながら立ち上がってアラヤの落としたエクスソードを拾い上げる。
「リザ様は貴方のしようとしている事を、あの姿に変えられてからもずっと探り続けた。そして真相にたどり着き、自らの魂と引き換えにあのナイフを作り出した」
ソフィアがレオンに続いて話し始めた。
「貴方はただの魔族に戻された。貴方に神になる力を与える魔族はもういない、退魔の剣は貴方を選ばなかったようね」
レオンは切っ先を突きつけアラヤに宣言した。
「残念だったな魔王、エクスソードはお前の命をご所望だ」
アラヤは怒りの叫び声を上げて漆黒のオーラを体中から発した。その叫びは世界中に伝わり大地を揺らす程の怒りの発露であった。




