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七十五話

 久しぶりに帰ってきた我が家、家族と共に過ごしたオールツェル城、レオンは誰もいない城内を歩き続ける。


 レオンに従って歩みを共にするソフィアとクライヴ、二人にとっても城は我が家であった。


 ソフィアは星の神子として城に招かれ、王と王妃から娘同然に可愛がられて育てられた。幼い時を過ごした美しかった城は見る影もなく荒れ果て、壁や窓ガラスは所々壊れ崩れかけていた。


 訪れた最初の頃は星の神子としての使命や、差し向けられる期待が重荷で精霊の隠れ里に帰りたいと何度も願っていた。


 大切にされていようと、本人からしてみれば大人の勝手な期待を押し付けれているに過ぎないと感じ取っていた。


 そんなソフィアの支えとなったのは王妃リザであった。母親代わりになって未熟なソフィアを抱きしめ愛情を注いだ。寂しさに泣いた夜はずっと傍にいて、わがままに振る舞う自分を叱って戒めた。


「貴女はまだ分からないかもしれないけど、いつかその使命と向き合う日が来てしまうかもしれない。その時はあの子の事を守ってあげてね、レオンもきっと貴女の事を守るから」


 リザはそんな日が訪れる事のないよう祈っていたが、ソフィアはその時の言葉を今も覚えて守っている。レオンが一人になる事のないように、彼と一緒に歩めるように星の神子の使命を背負った。


 クライヴは騎士になったばかりの頃、体はもっと小さくひ弱で訓練についていくのに必死であった。他人より訓練をこなす事が遅かったクライヴは、膝を抱え泣いている事が多かった。


 そんな時、騎士の訓練を視察に来た王ルクスに手を差し伸べてもらった。クライヴは自分が人よりも劣っているとルクスに心情を吐露した。それを聞いたルクスはこう返した。


「君は自分の弱さを知りながら、それでも努力を続ける事の出来る心の強さを持っている。いつかきっとそれが君の強さに変わり、この国の宝になる筈だ」


 その言葉を貰ったクライヴはその日から誰よりも努力を重ね、誰よりも任務に忠実に取り組み、訓練と経験を経て最強の騎士となった。


 しかし自分の実力を見出した主君は死に、栄華を誇った国は荒廃し、志を同じくした騎士団は魔王の手駒として消費された。静かな怒りを心に燃やして自分を必死に抑え込んでいた。


 レオンはオールツェル城から逃されたあの日から、国を取り戻す事を思い続けた。


 国民は魔物の材料に使われ、騎士団は貶められた。王であり父ルクスは宰相アクイルとの友情を踏みにじられ殺された。アクイルも心の隙間を利用され最後は使い捨てられた。王妃の母はいまだどんな状況にあるかも分かっていない。


 自分がどれだけ無力かを常に感じてきた。魔物を手にかけるは国民を手にかけるも同じ事、しかしレオンはいくつの屍を積み重ねようとも止まらなかった。


 痛みも業もすべてを飲み込み背負い、すべてを乗り越えてでも魔王を倒す。国を取り戻し皆の御霊を慰める為にも世界を救う、その覚悟がレオンの背中を押す。


 玉座の間に辿り着いた。


 大きな扉を開いて中に入ると、玉座には魔王アラヤが座って待ち構えていた。




「ようやくのご対面だな、レオン」

「魔王…!」


 アラヤと初めての邂逅を果たしたレオン、魔王の姿はこれといった特徴もなく、年齢もレオンと同世代程度に見えた。


 他の魔族にはそれぞれ特徴が際立っていた事に比べると、とても普遍的な存在だった。すれ違っても気に留めないような、雰囲気すら何も感じ取る事が出来なかった。


 何処にでもいそうな青年と表するのが一番しっくりと来る、それが魔王を見た時のレオンの印象だった。


「お前たちに会えるのを心待ちにしていたよ」

「俺もだよ魔王アラヤ、この時をどれ程待ち望んだか」


 レオンがエクスソードを抜こうとすると、アラヤはそれを止めた。


「まあ待て、お前たちの相手は必ずしてやる。知りたくないか?我がこれまでやってきた事、これからやろうとしている事。すべて話してやるぞ」

「お前と問答する気は無い」

「リザはまだ生きているぞ、話を聞く気がないのなら今すぐ殺す」


 アラヤの衝撃的な発言にぐっと奥歯を噛み締めて、レオンはエクスソードの柄から手を離した。


「いい子だ。後で必ず会わせてやる」


 不敵な笑みを浮かべたままアラヤはレオン達に話し始めた。




「我々魔族はお前の祖先である初代オールツェル王と星の神子に敗北し封印された。それは遥か昔の出来事で、今では伝説や物語として残っているだけであった。しかし我の原型はその封印された魔族のうちの一人だ」

「原型?」


 アラヤの言葉に引っかかりソフィアが聞いた。


「そうだ、我はどれか一人の魔族が復活した存在では無い。その原型の魔族に、長い封印の中で数多の魔族が自我を失い崩壊し混ざり合って出来上がった。寄せ集められ積み重なった魔族の中の特異点だ」


 その言葉に続けて語った。闇の中をただ彷徨うだけの長い時間は、魔族を苦しめ存在ごと消滅させた。


 アラヤの原型となった魔族には、魔族が消える際に人間を呪う怨嗟の感情や、恨み辛みが集められた。自分を保てなくなった魔族が、消えるとしても残しておきたかった感情を一手に引き受け続けていた。


 しかしその魔族もとうとう殆どが消え去り、後に残されたのはアラヤと数名だけになった。その数名もアラヤ以外はただの抜け殻に過ぎなかった。


 魔族の無念、怨嗟、憎しみ、受け取った感情でかろうじて意識を繋いでいたアラヤも、新しく渡されるものがなければただただ存在を消費していくだけとなり、ついには消滅する手前まで差し掛かった。


「お前たち人間は、魔族を封印するに留めただけだと勘違いしていたが。我が消えれば勝利は目前であった。本当は魔族に逆転の目は残されていなかったのだ」


 人々が栄え幸福に生きる世界は、魔族をあと一歩の所まで追い詰めていた。初代オールツェル王が作り上げた歴史は、長い月日を経て尚も魔族に牙を向けていたのだった。


「しかしそこに思いがけないイレギュラーが起こる。宰相アクイルの存在だ、我は賭けに出た。微かに残った負の感情を使いアクイルの心を蝕み、ついにはその体を乗っ取る事に成功した」


「その瞬間は心と全身が喜びに震え上がったのを覚えているよ、最後の最後、大きく張った賭けに我は勝った。運命を覆したのだよ」


「そこからはお前たちも知っての通りだ。人間や動物を使い実験を繰り返し、手駒になる魔物を作り、かろうじて残っていた魔族の欠片を集め、我の力を元にして魔族を復活させた」


 レオンは一歩進み出て叫んだ。


「何故命を弄び魔物に姿を変えさせた!」

「これは魔族と人間の生存戦争だからだよ、どちらかが滅びるまで止まることがない戦いだ。戦争なら兵が必要だ、材料はあっただから作った。それだけのことだ」

「貴様…!!」


 レオンははち切れんばかりの怒りを今にも爆発させようとしていた。


「だが、それはクライヴが滅した出来損ないの神の考えだ。我の考えとは違う」

「何だと?」

「我はなレオン、この世界のすべてがどうでもよいのだ。憎くもなければ慈しみもない、そこに在ろうと無かろうと我には関心がない」


 アラヤは玉座から立ち上がってレオン達に向かって歩き始めた。


「魔族の復権なぞ望んじゃいない、世界を我がものにするなぞ馬鹿らしい、魔物も死んだ魔族共も悍ましくて仕方がなかった」


「我が望むのはな、ただこの世界を消し去る事だ。魔族も魔物も人間も、何もかも全部消滅させる事だ」


「そしてそれを完遂させるには、完成されたエクスソードと神器、そして星の神子が必要不可欠だった。お前たちの旅路は我に仕組まれていたのだよ」


 呆然と立ち尽くすレオン達の前にアラヤが来る。


「ついて来い、リザに会わせてやろう」


 そう言うとアラヤは踵を返して歩き始めた。




 レオン達が連れて来られたのは薄暗い不気味な部屋だった。


 壁は肌色をしていて、並べられた家具はどれも歪な形をしている、所々穴のようなものが空いていたり、小刻みに動いている所もあった。


「ここは何だ…?」

「リザは豊富な魔力を持ち合わせていてな、魔物を産み出す母体として、魔族の材料として最適だった。まあ散々酷使した結果精神は崩壊し、ただの肉の塊に成り果てたがな」


 恐怖と嫌悪感に、レオンは震えと吐き気が収まらない。


「この部屋がリザだよ、生きているのは嘘じゃなかっただろう?」


 レオンとクライヴは同時に斬りかかった。ソフィアは二人に最大限の補助をかけた。


 しかしアラヤはそれを魔法のバリアで止めた。詠唱もなければ準備もない、魔を司る王は死した四魔族から分け与えた力と経験を吸い上げて、あらゆる能力あらゆる魔法を思うままに行使出来た。


「さあレオン、そこの生きているだけの肉を楽にしてやれ。我は城の頂上にて待つ。魔王として完成した我と最後の戦いを始めようじゃないか」


 指を鳴らすとアラヤは姿を消した。


 変わり果てた母の姿を見てレオンは慟哭した。ソフィアも目から大粒の涙をながし、クライヴもうなだれ膝をついた。


 しかしあまりにも大きな悲しみを癒やす時間はない、アラヤとの決着をつけなければ、世界は終わってしまう、運命は残酷にレオン達の背中を押すのであった。

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