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七十四話

 オールツェル王国内をひたすらに走る一行、魔物が数多くいると思っていただけに、伽藍堂の国内は不気味であった。


 見慣れた街並み、馴染みの風景、子供たちがはしゃいで走り回っていた通りの道、通り過ぎる度にレオンの心に激痛が走るようだった。


 城の前の広場に、魔族ベルティラがいた。


 扇情的な格好に美しい花を思わせる魅惑的な色香、しかし手折れば最後、支配洗脳という能力の毒に晒され自我を破壊する毒婦。


 しかし彼女は一度はその運命に抗った。自分なりの方法で人を救おうとした。


 その結果は水泡に帰する、そしてそれが魔王アラヤの狙い通りの結果だった。ベルティラは最早魔族としてのアイデンティティも希薄な存在に成り果てた。


「お久しぶりですね王子、お会いできるのを此方は心待ちにしておりました」

「俺はもう会いたくなかったよお前にだけは」

「つれないお人、此方は貴方に焦がれているというのに」


 クスクスと笑いながらレオンに話しかけるベルティラ、レオンは早々にエクスソードを抜いて剣先を向けた。


「お喋りはもう沢山だ。お前の口からもう聞くべき事はない」

「寂しいですわ王子、此方は悲しゅうございます。しかしまあいいでしょう、次に出会う時は殺し合う定めでしたわ」


 ベルティラはすっと右腕を上げて人差し指を立て差し向ける。


「此方は魔族の中で最弱ですの、膂力も並以下魔力にも乏しい。王子のお相手などとても務まりませんわ」


「ですから最強の戦力を用いてお相手いたします。王子に倒せるかしら?」


 突き刺すような殺気にレオンの体が反応して動く、水神の盾で受けた一撃は鋭く重く、木と土と金の力で強化した腕が折れた。


「レオンッ!」


 ソフィアがすぐさま回復魔法でレオンの腕を治す。


 攻撃してきたのはクライヴであった。目からは光が失われ表情は虚ろ、しかし纏う迫力は全力全開の剣鬼のものであった。


「勝負しましょう王子、貴方を倒す此方な最強の一手は、この国にとっても貴方にとっても最強である男です。一騎打ちといきましょう?」




 レオンは黙ってソフィアを下がらせた。魔法使いとして優れた力を持ち合わせていても、クライヴ相手では分が悪い。


 ソフィアもそれが分かっていたので素直に後ろに引いた。これから始まるのは、師と弟子の真剣勝負だった。


 ベルティラの洗脳対策にソフィアはクライヴに加護を施していた。しかしそれすら打ち破り相手を意のままに支配する程、ベルティラの能力はかつて無い程高まっていた。


 レオンとクライヴは互いに構えて動かなかった。しかしレオンの全身からは冷や汗が吹き出し止まらなかった。


 対峙して分かるクライヴの圧倒的な力、隙が見えなくて動けば斬り殺されるイメージしか湧いてこなかった。


 先に動き出したのはクライヴからだった。踏み込み鋭くあっという間にレオンに肉薄して大剣を振り抜く、それを紙一重で躱してレオンも攻勢に出る、上中下そして全方向に隙間なく繰り出す剣戟も、クライヴにすべて防がれる。


 レオンに剣を教えたのはクライヴで、これまで一緒に戦ってきた二人は戦い方を知り尽くしている。レオンは攻撃に防御にこれまで以上の動きを見せるが、徐々に押され始めた。


「戦いの中で更に強く速くなっていく!」


 心の中でレオンは驚いていた。クライヴはレオンが打ち込む度に動きを修正し、最適化して斬り返してくる。最強の騎士が制限を外して戦うとこれほどまでに強いのかと、勝利がどんどん遠ざかっていくのが分かってしまう。


 火の力で強化した攻撃も受け止められる、それどころかすでに攻撃を見切られていて、防いだ上でカウンターを打ち込まれていた。


 まともに受ければまた腕がいかれると、盾を使って攻撃を逸らす。避けきれない攻撃はあえて鎧やガントレットで受けて抑える。


 レオンはどんどん自分が突き放されていくのを感じていた。動きを速くすればする程クライヴはそれを逆手に取って対応してくる、強さの限界が見えない。


「決定的に足りていない、実力も経験も」


 それを越えるにはどうすればいいかレオンは思案した。


 レオンが思い至ったのはウルヴォルカでの対ロッカ戦の事だった。あの時は自分の体が実力以上に動いていた。


 バフから力の使い方を教えられ、地脈の魔力から力を引き出す術を覚えて、戦いに活かす方法を教わった。その時は体がついていかなかったが、今はすべての神器を身につけている。


 力を使いたい時に使うのではなく、木火土金水すべての力を全身に流して戦うイメージをレオンは思い浮かべていた。どれか一つや二つではなく、すべての力が体に作用し合う、エクスソードはその持ち主に神々の力をすべて授けると教わった。


 今ならばそれが出来る筈、レオンは必死に攻撃を防ぎながらバフから教わった事を思い返していた。すべての力を体に取り込む、集中して意識を深く溶け込ませる。


 森羅の冠がレオンの意識を深く力へと誘う、火王の鎧が混ざり合う力を宿し、大地のグリーブが地脈の魔力と繋ぎ合わせ、オリハルコンのガントレットは武具にそれを伝える、水神の盾はより強固になり衝撃を吸収し力に変えた。


 神々の力を束ねたエクスソードは輝きを増した。レオンは戦いの中でエクスソードの真なる力を引き出した。使い手を認めた宝剣は、さらなる力をレオンに授けた。


 クライヴの攻撃を盾で完璧に受け止めた。明らかにレオンの様子が変わった事を、戦いの外から見ていたソフィアとベルティラは感じ取った。


 続けざまの猛攻も、レオンは的確に捌いていく、防戦一方だった状況は引っくり返った。


 レオンの流れる様な剣戟がクライヴに襲いかかる、防いでは次の手が繰り出されるので、クライヴの剣と足が止まる。


 全身に神々の力を纏ったレオンは、体の動きが人間の枠から越えていた。エクスソードが促した覚醒が神器とレオンの潜在能力を最大限に引き出していた。


 鍔迫り合いの中レオンはクライヴに語りかける。


「クライヴッ!聞こえているだろ?俺の声が」

「無駄よ、私の支配に貴方の声は届かない」


 口を挟むベルティラを無視してレオンは続ける。


「剣を引けクライヴ、お前は魔族に支配されるような軟な奴じゃないだろ?」


「このままだとどちらかが倒れるまで戦いは続く、それでは魔族の思うツボだ。目を覚ませ!」


 レオンの呼びかけに、クライヴはピクリと少しだけ反応を示した。そして目線で自らの左腕を指し示しレオンに伝える。


 その意味を受け取ったレオンは、クライヴの大剣を上に弾き、義手の左腕を叩き斬った。


 神経までつながっていた義手を斬られた痛みでクライヴは呻く、しかしその痛みのお陰で洗脳から開放されて意識を失った。


 レオンは勢いそのままにベルティラの元に向かう、レオンはベルティラの首を掴み城の壁に叩きつけた。痛みに悲鳴を上げても、手を締める力を緩めない。


「ベルティラ俺の勝ちだ」


 ベルティラは痛みに悶ながら話す。


「ええ、王子貴方の勝ちです」

「今のお前が覚えているか分からないが、一応教えておいてやる。メアラメラの人々はお前のせいで危険に晒されたが、お前が人魚に分け与えた力のお陰もあって助かったぞ」

「な…何を…」


 レオンの言葉を聞いてベルティラは叫び声を上げて苦しみ始める、レオンは手を離した。


「お、王子、此方の頼み事を果たしてくれたのですね」

「ああ、果たした。お前のやった事は無駄かもしれないが、人を助けたぞ」

「ふ、ふふ、馬鹿な事を仰るのね、あの国を危険に晒したのは此方だと言うのに」


 ベルティラは以前のような笑顔をレオンに向けて言った。


「王子、此方を殺してすぐに魔王の元へ向かいなさい。あの御方の望みはこの世でもっとも邪悪なもの、世界が終わる前にそれを止めなさい」

「どうしてもお前を殺さないといけないのか?」

「甘えた事を言わないでください、何処までもしょうがないお人」


 エクスソードを掴みベルティラはそれを胸元深く突き刺した。


「魔族はすべて消え去るべきです。此方はここで終わりたい、レオン人々を世界を救え」


 血を吐き出し倒れたベルティラは、穏やかな笑顔を浮かべて死んだ。最期の言葉にレオンに望みを託して逝った。


 クライヴはソフィアに肩を借りてレオンの所まで歩いてきた。


「レオン様申し訳ありません、洗脳されたとはいえ刃を向けるとは」

「クライヴ、言うな。それにこの戦いで俺も新たな成長する事が出来た」

「ねえクライヴ、腕は大丈夫なの?」


 ソフィアが聞くとクライヴは首を横に振った。


「斬ってしまったので恐らくは修理が必要でしょう、しかしもうその時間もありません。最後の敵が待ち構えています」


 レオン達は城を見上げた。


「ああ、行こう。魔王アラヤを倒しに」


 城に足を踏み入れたレオン達は、魔王が待ち構える場所へと向かった。




 ベルティラから飛び出した最後の光を飲み込んで、アラヤは狂喜の笑い声を上げた。


「ベルティラ!お前の死をもって我の大願はまもなく成るぞ!!ああ、待ち遠しい!!我はこの時を待っていた!!」


 アラヤの笑い声は城内に響き渡った。それを聞いたレオン達は、声の元へと急ぐのであった。

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