七十二話
レオン達は魔王アラヤが待つ王城に向かって走っていた。
道中で一切魔物に襲われる事がない事で、魔物を他国に差し向けているのは分かっていた。
しかしレオン達は振り返る事なく進んだ。それは旅で知った人の強さを信じているからこそ、背中を託したのだった。
レオンは上空から何者かが接近してくるのを察した。
「下がれっ!」
指示を聞いてクライヴはソフィアをかばうように下がる、レオンも火王の鎧のマントで身を隠し備えた。
巨大な怪物が空から降ってくる。着地の轟音と共に飛び散る瓦礫をレオン達は防いだ。
土煙が晴れて怪物の全貌が現れる、クリスタルで見た竜に似た姿をしているが、姿形は異形そのものだった。
鋭い牙の生え並んだ口から漏れ出る吐息は、黒い煙を伴って立ち上る。裂けた口の口角を吊り上げ凶悪な笑みを浮かべた。
「久しいなあレオン!俺様が誰だか分かるかあ?」
見た目にはまるで面影を感じられないが、喋る声色と高慢さがにじみ出る物言いには聞き覚えがあった。
「まさかお前ロッカか?」
「分かるかあ、分かるよなあお前なら。会えて嬉しいぜえ」
不気味な笑い声を上げながら醜く膨らんだ腹をゆさゆさと揺らす。
「ロッカってウルヴォルカの時のあの魔族?」
「嬢ちゃんも久しぶり、どうだ?随分と男前になっただろう?」
鋭い爪をギラリと光らせ、長い尻尾をしならせて地面を叩く、その恐ろしい風貌で話しかけられてソフィアはビクッと身を硬くした。
「その姿はどうした?」
「食らったのさ、この城地下深くに眠っていたネームレスドラゴンをな」
レオンは城の地下にそんなものがいた事を知らなかった。代わりに反応したのはクライヴだった。
「まさかお前達あの魔物を見つけていたのか!」
話の見えてこないレオン達にクライヴが説明する。
「古の魔族戦争で、その強力さから殺しても滅する事の出来ない魔物がいました。その名もなきドラゴンは、城の奥深くに厳重に保管されていたのですが」
クライヴの言葉の続きをロッカが言う。
「魔王様がそれを見つけて俺様が食らったって訳さ、聖なる種火は身につかなかったが、魔物であれば能力で破壊して消化吸収してやったぜ」
そうして出来上がったロッカの体は、巨体に竜の特徴を混ぜ合わせたような化け物じみたものだった。
「あの時の雪辱を果たす。俺様が得た新たな力でなあ!」
襲い来るロッカを迎え討たんとレオン達は武器を手に構えた。
ロッカはドラゴンと混ざる前から巨体に似つかわしくない程のスピードで動き回っていたが、体から生やした尻尾をバネのように使い、自らを弾き飛ばすようにして更に速く動くようになっていた。
剛腕による一撃も、掠めただけで盾を持つ腕が痺れる程の威力を持ち、爪による連撃で攻撃の手を休めない。
レオンは目一杯金の力を腕と盾に集中させて一撃を受け止める。そして木と火の力を込めた一撃を爪の間をめがけて振り下ろす。
しかしロッカは後ろに跳躍してそれを避ける。クライヴが着地の隙を狙って飛びかかるが、待っていたとばかりにロッカはクライヴ目掛けて口から黒い煙を吐き出した。
『その身を守れ金の加護、悪しき力を浄化せよ!ダイヤモンドプロテクション!』
ソフィアはロッカの吐く息が、絶対に浴びてはならないものだと直感し、防御魔法を唱えてクライヴを守った。
ロッカの吐いた煙は通り過ぎたものをすべて粉微塵に破壊した。塵以下にまで破壊され形も残らず消える。
「勘がいいじゃあないか嬢ちゃん。一人殺ったと思ったんだがな」
事実ソフィアの防御魔法が少しでも遅れていたら、クライヴは巻き込まれて消滅させられていた。クライヴは急いで距離を取って仕切り直す。
「俺様の破壊の能力はこのブレスに凝縮された。触れれば即座に消滅するぞ」
剛力に剛爪、素早い動きに破壊のブレス、ウルヴォルカでの戦いとは訳が違う強大な敵に、レオン達はじりじりと押されていった。
「来ねえならこっちから行くぞお!」
飛びかかるロッカの攻撃を受け止める為にクライヴが大剣を構えて前に出た。巨大な拳の一撃を、後ろに押し込まれながらも受け止める。
ロッカがブレスを吐く前にレオンがクライヴの背から飛び出す。連撃に連打で兎に角時間と隙を与えない、激しい打ち合いの合間にクライヴはソフィアにこっそりと語りかける。
「ソフィア様、神滅ハヤギを使います。私の合図で火の加護を集めてください」
クライヴは戦いの中で考えていた。
自分は一度滅する事叶わず封印された相手と戦った事があった。大地の洞グロンブで土神により封じ込められていた神の死骸、ロッカが取り込んだネームレスドラゴンと状況は似ていた。
ハヤギで取り込まれたネームレスドラゴンごとロッカを焼き切る、クライヴの言葉にソフィアは頷いた。
「タイミングは任せる、何時でもいけるよ」
「ありがとうございます。レオン様と連携して隙を作ります」
レオンとロッカの攻防の応酬に大剣を構えたままタックルして割り込んだ。クライヴの突進に気を取られているロッカの足元を、レオンは斬り刻む、ロッカは身を捩り尻尾を鞭のようにしならせてレオンを弾き飛ばした。
しかし下に気を取られればクライヴはその分自由に動ける、硬い鱗に阻まれながらも、クライヴの振るう剣技は着実にダメージを重ねていった。
「小賢しいっ!!」
ブレスをクライヴに浴びせかけようとするロッカ、しかしすぐさまレオンが間に入りマントを翻しブレス攻撃を防いだ。
ロッカの破壊の能力は神器には及ばない、レオンは全身に神器を纏っている為、ブレス攻撃は一切通用しなかった。
防ぎきったレオンはすぐさま反転して攻撃に移る、戦いの最中ロッカがブレス攻撃をした直後は少しだけ動きが止まるのを、森羅の冠はレオンに見せていた。
レオンの連撃に反応の遅れたロッカは、防御に比重を大きく割かれた。レオンは敢えて攻撃に集中していた。
クライヴに何か策がある。攻撃にすぐさま参加しなかった所でレオンはそれを確信していた。なればこそ多少のダメージを覚悟の上で策を成す為の時間を稼いだ。
「レオン様!準備出来ました!」
レオンは重点的に狙っていた足元に斬撃と蹴りを入れてすぐさま飛び退く、片足のバランスを崩されたロッカは、前を向いた時に命運が尽きた。
『燃え盛る灼火司るは火の女神、我与えし加護は神をも焼き尽くす業火の力』
「神滅ハヤギ、開放」
クライヴの左腕から放たれた光線は一瞬にしてロッカを飲み込んだ。身を焦がし魂まで焼け付く最強の極光は、ロッカの体を塵も残さず消し飛ばした。
魔族ロッカを倒したレオン達は、戦いで負った傷を癒やすと更に前へ進んでいった。
ロッカは焼け消えた跡から光が立ち上った。
ランスが死んだ時と同じように光は魔王アラヤの元に飛んでいき、同じようにそれを掴んで飲み込んだ。
「ロッカ、お前にも何も期待していなかった。ドラゴンの力を身に着け尚人に敗れるとは、だがいいんだ。それでいい」
アラヤは高らかな笑い声を上げた。それはまるで魔族が減っていくのを喜んでいるようにも見えた。




