七十一話
魔族ランスの体は完全に強固な外殻に覆われていた。
目は頭を一回りする数つけられて、背中からは鋭い鉤爪の様な手足が生えている。
手足は異様に長く、鋭く細かい鋭利な棘がびっしりと付いていた。
「ヒャハハハッハッハハ!!」
長い手足を鞭のようにしならせて攻撃を繰り出す。レオン達はそれを避けるが、地面に付いた跡は、棘に削られてズタズタになっていた。
「どうだああ!!この速さ!この硬さ!この凶悪さ!あらゆる魔物を改造し、それを取り込んだ!生き物としての格が違うんだよねえ!!」
伸ばした手足を器用に建物に引っ掛けながら、縦横無尽に飛び回り攻撃を仕掛ける。
避けたり防いだりするばかりのレオン達を見て、ランスは更に興奮して攻撃の手を強めた。
「どうしたどうした!?偉そうにしてた割に防戦一方か!?ガッカリだなあああ!!」
しかしランスの考えは外れていた。繰り出した手の攻撃をレオンは盾で受け止めて建物の壁に挟んで押し付ける。
「あっ?」
クライヴは大剣を振りかぶって押さえつけられた手を叩き斬った。斬られた手はソフィアが魔法で焼き尽くす。
「ああっ!?」
簡単に斬り落とされた手を一度引いたランス、しかしレオンはその隙を見逃さなかった。
懐まで駆けていき足を狙う、ランスは咄嗟に攻撃しようとしたが、長く伸ばした片手を斬られてしまい、体のバランスを崩す。
その一瞬はレオンにしてみれば十分すぎた。両足を斬り落とし盾で胴体を殴りつける、支えがなくなったランスの体は後ろに倒れた。
「あっ?…あっ?」
自分の身に何が起きているのかがまるで理解が追いつかないランスは、自分が何故空を見上げているのか分からなかった。
レオンが足で踏みつけ体を押さえつける、エクスソードは首筋に当てられて何時でも命を奪えるよう備えられた。
「お前、何でそんなに弱くなったんだ?」
レオンは憐憫の情を持ってランスに語りかける。
「何を言っている…僕は強くなったんだ。お前なんかとは生き物としての格が違うんだ。見下してんじゃねえ!」
「お前がそう思っていても、以前のお前の方が遥かに強かった。まったく賛同できないが、お前には信念や目的があった。だからこそ手強かった。策を弄してクライヴの腕を奪いフィオフォーリを追い詰めた。俺もあそこで死ぬと思った」
レオンが淡々と語るのをいつしかランスは聞くことしか出来なかった。
「お前は今何を思う?」
「そ、そんな事決まっている!お前を!お前たちを殺す!」
「それだけか?」
「あ?」
ランスは言葉に詰まった。
「それだけだったら何故そんな無駄な改造を繰り返した?ただ速いだけ、ただ硬いだけ、それの何処が優れているんだ?」
「うるせええええ!!」
残った腕を振り上げてランスはレオンを狙う、しかしすでに首に当てられていたエクスソードを振り抜くのが速かった。
ごとりと音を立ててランスの首が落ちる。吹き出す血はランスの命と共に虚しく流れ出ていった。
「レオン様、ランスは何と?」
「分からない、俺達を殺すつもりだったらしい。動きは単調ですべて森羅の冠に見極められていた。苦戦しようがない」
クライヴは顎に手を置いて考え込んだ。
「何やら作為的なものを感じますが、今は推測の域を出ません。取り敢えず先に進みましょう」
全員頷いて先に進む、捨て置かれたランスの死体から、光のようなものが抜けて王城の方向へと飛んでいった。
アラヤはランスから飛んできた光を手につかむとそれを飲み込んだ。
今までに感じたことのない程の興奮を覚えていた。笑みを抑え込む事に必死になって口を抑えていた。
「ああ、ランス。お前が真っ先に突っ込んで行き真っ先にやられると思っていたよ。哀れなランス、愚かなランス、だが目的に一歩近づいたよ」
アラヤはとうとう笑いが抑えきれなくなり笑い声を上げた。
自分が機嫌がいいことの理由は、アラヤには何となく分かっていた。この肌色の壁の部屋はアラヤの一番気に入った部屋だったからだ。
手作りの気に入りの椅子にどかっと座ってアラヤは心ゆくまで愉悦感を味わった。
レオン達がオールツェルを進む最中、世界には混沌と恐怖が襲いかかってきていた。
オールツェル城の魔物がすべて一斉に各国に襲いかかり始め、その凶暴性も尋常じゃなく高くなっていた。
各国はエクストラが開発した水晶を用いて、連絡と連携を徹底して国の防衛に当たっていた。
どの国も必死になって守りを固める、その上で手が足りない国には派兵を行い、魔物の討伐や民草の守護に努めた。
王たちは全力で協力しあっていた。レオン達が戦っている、魔王の狙いは国に王を縫い付けて、支援を断ち切る事だと見抜いていた。
だからこそ足並みを乱す訳にはいかない、王達は魔王に人々の結束の固さを見せつけてやる覚悟でいた。
その中でもウルヴォルカの職人たちは早急に作業を行っていた。アルフォンから届けられた宝珠のアクセサリーはまだ完成していなかった。
事態は急を要する。しかし職人たちは一切手を抜くことはなかった。国だけでなく世界を救う鍵となりうる切り札を、雑な仕事で済ませる事はプライドが許さない。
戦いは世界中を巻き込んで進行していく、命運を握るのはレオン達だが、行く末を決めるのはすべての人々の意志であった。




