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七十話

 魔王アラヤは王の間に四魔族を集めた。


 魔族ランス、魔王に改造を施されて体は万全に戻されていた。仕留めそこねたクライヴに止めを刺されかけたレオン、両名への恨み辛みを募らせていた。自らで魔物を改造しては自らの体に取り込んで改良を繰り返した。


 魔族ロッカ、レオンに惨めにも撃破された時とは風貌が大きく変わっていた。筋肉が膨れ上がった鋼鉄の肉体は、黒い硬い鱗に覆われて、強靭な腕と脚は何倍にも大きくなり鋭い爪が生えていた。太く長い尻尾を地にたらし、巨大な体に似つかわしくない小さな翼が背に付いている。


 魔族リイン、アガツの生き様を見せつけられてから、魔物を使って殺戮を繰り返しては蘇生させ、自らの能力を高めていた。殺した魔物を思うままに蘇生させては、醜い姿に再生させた。クリスタルで味わった空虚を埋める為の行動であったが、リインの心の澱は溜まっていくばかりであった。


 魔族ベルティラ、メアラメラから戻ってきてからは特に動きもなく、心ここに在らずと空を眺める日が続いた。その目にすでに光は無く、強力に支配する洗脳の力を持ちながら、自らの意思や感情は霧散していた。魔王の命じるままに動く最強の手駒としてその身を遊ばせていた。


「よくぞ我が元に集った。四魔族、とうとう我々の悲願が成就する運命の時が来るぞ」


 アラヤの言葉を四魔族は黙って聞いていた。


「我が目的は果たされた。オールツェルから落ち延びた虫けらが、地を這い回り過去の遺物を集めた」


「星を司る神に仕える神子が、五神の加護を束ねここに完成された」


「この時を我は待っていた。待ちわびたぞ、長く長く気の遠くなる程長い屈辱の日々を耐え抜き、再びこの世に戻った時からこの時を待った」


 アラヤは言葉を紡ぐ度に興奮が抑えられずにいた。


「とうとう始める時が来た。世界を我々で塗り替える、希望など欠片も残さず完膚なきまでに人間を叩き潰す。殺す。殺す殺す殺す!我々を排したこの世界を否定する!魔族こそ、真に世界に君臨すべき強者!」


「貴様らに今から特別な力を授けよう、そして果たすべき使命を伝えよう」


 アラヤは掌を前に掲げて念を込めた。そうして現れた光は四つに分かれて飛んでいきそれぞれの魔族の体に入った。


「ここ魔王城にてレオン一行を迎え撃て、誰が殺してもいいぞ。もう手を抜く必要は無い、あ奴の首を獲りここに持ち帰れ」


 命令に真っ先に反応したのはランスであった。


「お任せください魔王様!この僕が!真っ先に奴らを皆殺しにして差し上げましょう!ヒャハハハハ!アヒャヒャヒャヒャ!!」


 ランスは狂気の笑い声を上げて部屋を飛び出していった。精神にすっかり異常をきたしているが、逆にそれが好ましいとアラヤはランスを見送った。


「俺様もやってやるぜ、ネームレスドラゴンと一体化した今俺様に敵う生き物はいねえ。残念だが首は持ってきてやれねえぜ、俺様が食っちまうからな!」


 大きな笑い声を上げてロッカも去っていく、巨大な体は歩く度に地響きを上げている。暴虐の極みに達したロッカもアラヤは快く送り出す。


「アタシも首とか証拠とか持ってこれないかも、ぐちゃぐちゃに押しつぶして終わりにするから。魔族の新しい世界を作るなら、アタシの興味を引くような面白い世界にしてよね」


 リインは渋々と命令に従う、殺しては蘇らせぐちゃぐちゃになったアンデッドを使って自分の体を運ばせて移動する。薄気味悪い馬鹿な小娘でも、自分の役に立ちさえすれば何の問題もない。


「此方は皆様の最後に参ります。後詰が必要でしょう?」

「ああ、期待しているぞベルティラ」


 ベルティラはアラヤに妖艶に微笑みかけると、しなやかな仕草と響かせるハイヒールの音と共に去っていく、官能的な残り香が漂いアラヤの鼻をくすぐる。薄気味悪い女に拍車がかかったが、アラヤは満足していた。


「さあ来い!レオン!そして星の神子!我が目的を果たすための駒として働いた貴様らには褒美をくれてやらねばなるまい!とっておきの褒美を用意して待っているぞ!」


 誰も居なくなった王の間で、アラヤの笑い声だけが響き渡る。


 興奮と憤怒、悲しみと喜び、あらゆる感情が入り混じった笑い声は、ただただ不気味に静寂を掻き消していた。




 レオン達は旅路の果てに故郷に辿り着いた。


 先王の宝剣に選ばれ、五大国の神器を身にまとい、数多の戦いを経て手に入れた力が今のレオンを作り上げた。


 そこには様々な出会いがあった。


 フィオフォーリの長シルヴァン、その娘であるエルフの双子サラとリラ、共に戦い森を守り抜いた仲間達。授けられた森羅の冠は、レオンの頭上で輝いている。


 ウルヴォルカの王バンガス、火の神子ベリルにその祖父バフ、レオンの持つ力を正しく磨き上げ戦う力を身に着けさせた。そして国民が総力を上げて作り上げた新しい時代の火王の鎧は、真紅と蒼炎のマントをはためかせレオンの胸に在る。


 グロンブの精霊王アルフォン、そして自ら手をかけたかつての王国騎士達、悲しみと覚悟を背負い立つ為の大地のグリーブは、雄大で何処までも広がる世界を踏みしめている。


 クリスタルの竜王妃レイナ、麒麟児エクストラの知恵と、快男子アガツの生き様に、希望を掴み取る力を貰った。レオンの手にはオリハルコンのガントレットが装備され、掴み取る手助けをしてくれている。


 メアラメラの海王シャアク、妃であり水の神子アイシャと人魚の女王コーラル、洗脳され自由を奪われても尚諦めずに立ち向かうその姿に勇気づけられた。


 そして何よりも、魔族でありながら人を救う意思を見せたベルティラとの出会いと別れ。彼女の行いが結果メアラメラを追い詰めた。それでもレオンはその出会いと交わした言葉を忘れる事は出来ない、繋がる想いを守る為の水神の盾は今レオンの手の中にある。




 帰ってきた故郷は闇に覆われている。黒雲が立ち込め所々から瘴気が吹き出していた。


 このままではオールツェルに入る事は叶わない、しかし旅路の果てに五神の加護を得て星の神子として完成されたソフィアに、この程度の闇を払う事は造作もなかった。


『星の神子ソフィアが願い奉る。国を覆う闇の雲、人々を蝕む負の瘴気、王の帰還を妨げるすべての障害よ。ここに在る事能わず、疾く消え去れ。照らせ星の光、我らが進む道を示せ』


 ソフィアの神授の杖から放たれた光がオールツェルを覆う闇を消し去る。


 黒く染め上げられた空も、生有るものの命を奪う瘴気も、すべてが綺麗さっぱり浄化された。


 クライヴは先頭を歩いて城門を押し開ける。


 大きな音を立てて開かれた城門は、オールツェルの後継者レオンを迎え入れた。


 望郷の念に駆られ胸が詰まる思いであったレオンだが、ここを訪れたという事は戦いの始まりを意味する事だった。


 エクスソードを抜き放ち、飛来してきた何者かの攻撃を盾で受け流す。剣を向けた先にいたのは、大きく形を変えた魔族ランスの姿だった。


「お前ますます気持ちが悪い見た目になったな」

「ヒヒヒヒヒ!お前たちをなぶり殺す!ぐちゃぐちゃに捻り潰して食らうてやろうぞ!!」


 対ランス戦の火蓋が切られた。

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