六十八話
コーラルの話を聞くために部屋に通されたレオン達、シャアクとアイシャはコーラルに頼まれて、城にまだ不審な点がないか調べに向かった。
「さて、話を始めようか」
コーラルが話を切り出して来た。
「レオン王子は我が国に魔族ベルティラが訪れた事は知っているかい?」
「ええ、本人から直接聞きました」
ベルティラは人魚の人の心に働きかける歌声の力に着目して、魔王アラヤに植え付けられた人々の猜疑心を取り除こうと試みた。
そして人魚たちを強制的に洗脳して操り、自らの洗脳の力を分け与え歌の力を強めた。
「ベルティラにどんな考えがあったのかは分かりません。しかし彼女は我々の歌の力を勘違いしていたようですね」
「どういう事ですか?」
クライヴが聞くとコーラルは丁寧に説明を始めた。
海に流された人魚の祖先は、地上に戻る事もできず、海で生きる事出来てしまうだけの生命力は持ち合わせていた。
しかし海で互いの言葉を交わす術を持たなかった人魚達は、言葉に魔力を重ねる歌唱という力を生み出して、やっとコミュニケーションを取る事が出来るようになった。
「歌は確かに人々の心に声を届けますが、意のままに操る事が出来る訳ではありません。心に直接語りかける分影響力は強いですが、それが洗脳の力と合わさり人々の感情さえ奪い去ってしまった」
ベルティラは結局人を救おうと動いて状況を引っ掻き回しただけであった。レオンはベルティラから聞いた事をコーラルにすべて伝えた。
「そうですか…我々も祖を同じとする身です。彼女の気持ちは本心だった筈、しかし彼女の言う通り恨みを強く根付けられた今の魔族には、人を救うことは本能的に出来なかったのでしょう」
レオンは無力感とやるせなさを覚えて肩を落とした。その様子を見てソフィアが話を変える。
「それで、人魚の方々は何故眠りについていたんですか?それにここで遭遇した魔物も」
ソフィアの問いにコーラルが答えた。
「あの魔物はベルティラがここへ訪れる際に使っていた魔物です。始めこそ大人しくしていましたが、ベルティラの心変わりの影響を受けて凶暴化しました」
人魚では相手取る事が出来ずに隠れていたとコーラルが言った。
「そして我々が眠りについたのは、ベルティラの洗脳から逃れる為の措置でした。女王である私は、一人だけ洗脳のかかりが甘かった。しかしそれでも塗り替えられていく心から逃れる術はなく、最後の力を振り絞って皆に魔法をかけました」
すべての人魚を眠りにつかせる事で、これ以上洗脳の力を持った歌を使わせず。尚且つクラーケンの魔の手から逃れる為の、コーラルがとった咄嗟の策であった。
「私は最後の一人、眠りにつく前に水神へと言葉を送りました。神子でない私には完全な言葉を届ける事は出来ませんでしたが、シャアクと娘のアイシャが上手くやってくれたようですね」
シャアクがレオン達にアテと言ったのはこの事であった。神器と水神の加護の力で、人魚たちを目覚めさせ支配から解き放った。
「では改変者達を元に戻す事が出来るんですね」
レオンはコーラルに聞いた。
「改変者?」
「あ、メアラメラの洗脳された国民の事です。心と感情をいじられたから改変者と呼ぶようにして…」
ソフィアの補足を聞いてコーラルは頷いた。
「それについては問題ないでしょう。幸か不幸かベルティラが我々に施した力は、心に強く作用する力を得ました。歌声に水神の加護を乗せて届ければ人々は心を取り戻す筈です」
レオン達はコーラルの話を聞いて胸をなでおろした。
レオン達は船で、人魚達は泳いで一緒にメアラメラに向かった。
コーラルは人魚の先導をして、娘のアイシャも久しぶりに人魚の姿になって隣を泳いでいた。
メアラメラにたどり着くと、人魚たちは早速歌い始めた。響き渡る歌声は国中に届いていき、その美しい声を聞いた人々は活動を止めて一度眠りについた。
取り除かれたものを取り戻すと、心に多大な負担がかかる。その対策の為に一度眠る必要があった。
目覚めた時には今までの事がすべて夢であった。そう思えるように人魚達は歌で人々を夢に誘う。
改変者達全員の眠りを確認して、ようやくレオン達は一息つくことができた。国中を走り回って作業の手伝いをしていたので、流石のクライヴでさえも疲労を隠せなかった。
シャアクの取り計らいで城にてレオン達は歓待を受けた。ささやかに催された宴の席で、レオンは食べ過ぎで体調を崩し、クライヴはシャアクに付き合って酒を飲んでいたら見事に酔い潰されてしまった。
ソフィアはレオンとクライヴをベッドにまで運んで寝かしつけると、自分は城のバルコニーに出て海を眺めていた。
潮風が頬を撫で月が海面に映り込む、里山で育ったソフィアにとってこの上なく美しい景色であった。
風景を眺めながら今までの旅路を振り返っていた。五大国を巡りすべての神器と神の加護を手に入れた今、いよいよ最後の目的地に向かう事になる。
魔王と魔族が待ち構える祖国オールツェルへ、魔王を討ち果たし世界を魔の手から救う、旅の目的をようやく果たすことが出来る。
しかしそれと同時に、自分に本当にそんな力があるのかと不安な気持ちにも襲われる。もし力が足りなかったら、レオンとクライヴの身に何かあったら、自分たちが負けてしまえば世界はどうなるのか、ぐるぐると考えが巡る。
それと同時にソフィアはもう一つ悩んでいた。
「よっソフィア」
「アイシャさん」
アイシャが背後から声をかけてきた。
「シャアクさんはもういいんですか?」
「あいつも疲れていたんだろう、初めて酔いつぶれた姿を見たよ」
アイシャはソフィアの隣に立った。
「何に悩んでいるんだ?」
ソフィアは驚いた顔でアイシャを見た。
「何で分かったんですか?」
「なんとなくだけどね、悩みの内容も当ててやろうか?」
一瞬ためらうがソフィアは頷いた。
「レオンの事を愛しているんだろう?でも伝えていいか迷っている、違うか?」
ズバリ言い当てられてソフィアはまたまた驚いた。
「ソフィアはころころ表情が変わって可愛いな、それでどうして伝えるか迷うんだ?」
聞かれたソフィアは少しだけ考え込んで聞いた。
「アイシャさんは何故シャアク王と結婚したんですか?」
「私の話か?そうだな、神子と国王が結婚するのは珍しいからな」
国王と神子が結ばれる事は珍しい、それは権力の集中にも繋がりかねない事案で、国民からの理解があまり得られる事ではないからだった。
「ソフィア、あまり難しく考えるな。好きだから好き、愛し愛される事は立場や人に縛られる事は無い。伝えたい事は伝えないときっと後悔するぞ」
「でも、私がこの気持ちを伝えたらレオンは悩んだり迷ったりしないでしょうか?」
レオンが背負う使命を知っているからこそソフィアは迷った。
アイシャはソフィアをそっと抱きしめた。始めこそびくっと驚いて体が固まったが、伝わる体温を感じて体と心がほぐれていった。
「迷うなソフィア、レオンはとても強い男だ。きっとお前の気持ちを無下にしないし、受け止めてくれる。今伝えられなくてもいい、だけどきっと言葉にしろ」
そう言ってぽんぽんとソフィアの頭をアイシャは撫でる。
「ありがとうございますアイシャ様、私きちんと心を決めました」
必ず勝利して想いを伝える。その覚悟を決めたソフィアは、右手を握りしめ星の神子の証を空へと掲げた。




