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六十四話

 魔族ベルティラとの対話を終えて戻ってきたレオンは、心配して待っていたソフィアとクライヴに聞いた話を伝えた。


 二人は言葉が見つからずに黙っていた。レオンも何かを言う気になれなくて、伝えてからずっと黙ったままであった。


「…それでレオン様」

「何だクライヴ」


 沈黙を破ってクライヴが言葉を発する。


「意志は揺らいでいませんね?」


 クライヴはレオンの目を真っ直ぐに見据えて聞いた。クライヴの懸念をよそにレオンは即答した。


「俺はどうあろうと揺らがない」

「それが確認出来たのなら私としてはもう何も言う事はありません。メアラメラの問題を解決しましょう」


 それだけ伝えるとクライヴは周りの様子を見てくると言って立ち去った。残されたレオンとソフィアの間には暫し無言の時間が流れる。


「レオンはどう思った?」


 ソフィアが先に口を開く。


「そうだな、正直言葉が出なかったよ。何も言えなかった。人を救おうとした魔族はどうしてもアリア様と重なってしまう」


 レオンの言葉にソフィアも頷いた。同じことをソフィアも思っていたからだった。


「ベルティラはどうしてそんな考えに至ったのかな?」

「それはもう分からない。これからも分かることはない」


 人を救おうとしたベルティラの意志は、レオンに事の真相を伝える役目を終えて消えた。今のベルティラに、その時の感情はもう残されていないとレオンは確信していた。


「そっか、もう分からないんだね」

「ああ」


 ソフィアは深呼吸をしてから明るい声で言った。


「メアラメラの海は綺麗ね、レオン」

「ん?ああ、そうだなすごく綺麗だ」


 陽の光を反射させ、輝く水面は美しい。広がる水平線はどこか気持ちを高揚させる。メアラメラの景色は見事だった。


「守らなくちゃね、メアラメラの海もそこに住む人達も」


 ソフィアはそう言って立ち上がった。潮風がソフィアの髪を撫でる、揺れる髪を抑えるソフィアの隣にレオンも立って答えた。


「守るよ。託された想いも」


 レオンの手にソフィアはそっと触れた。レオンは触れられた手を取って、繋いで握り返した。二人の重なる手の温かさは、お互いの心を癒やしてくれる様であった。




 レオン達はメアラメラの城に向かっていた。海上に建築されたメアラメラ城には、豪快な海の男、海王と呼ばれるシャアクが国を治めている。


 ベルティラの洗脳が何処まで及んでいるのか、レオン達には把握しきれていない。


 しかしシャアクであれば何かを知っている可能性があると、一縷の望みに賭けていた。


 王シャアクにまで洗脳が及んでいた時は絶望的であるが、その時はその時とレオンは割り切っていた。諦めない、そう決めている事がレオンの原動力であった。


 そして城には水の神子がいるのも分かっていた。メアラメラの神子はシャアクの妃であるアイシャであった。


 神子が近くにいる事で、水神の加護が二人を守っているかもしれない。その期待も多分に含まれていた。




 メアラメラ城に到着した。


 外から見る限りは特におかしな所は見受けられなかった。門衛が二人立ち警戒をしているが、人の出入りが厳重に規制されている訳でもなく見えた。


 コソコソとしていると逆に怪しまれそうであったので、レオン達は堂々と門前まで歩いていって門衛に話しかけた。


「失礼、シャアク王は居られるか?」

「何者だ?」

「オールツェル王国の王子レオンだ。生憎それを証明する手立てがないが、エクスソードを手に星の神子を連れていると伝えて貰えないだろうか」


 門衛はレオンの名前を聞いた途端にざわつき出した。


「分かりました。すぐ伝えてまいります。申し訳ありませんが、ここでお待ちください」

「それは構わないが、どうかしたのか?」

「そちらの者に説明させます。私はすぐに王の元に向かわなければならないので失礼します」


 一人の門衛は足早に場内に戻っていった。残された門衛がレオンに話しかけてくる。


「慌ただしくして申し訳ありません。実はアイシャ様の占術によってオールツェル王国の生き残りがこの城を訪れると知らされておりまして、シャアク様はその様な者が訪れた時にはすぐさま報告するようにと、我々は申し使っているのです」


 説明を聞いてソフィアが納得したように「そうか」と呟いた。


「何か知っているのか?」

「うん、私も話にしか聞いた事がないけれど。アイシャ様は水の神子であり、シャアク王のお妃様であり、そして」


「占術に長けた人魚でもある。そうその通りだ」


 ソフィアの言葉に割って入ってきたのは海王シャアクであった。短く切りそろえられたギザギザの黒髪に無精髭、はだけさせたシャツから、筋骨隆々な胸板を惜しげもなく見せつけた派手な見た目と格好をしている偉丈夫だ。


「よく来てくれたなレオン、と言っても俺は直接会ったことが無いから初めましてだな」


 シャアクから差し出された手を取りレオンは挨拶を返す。


「初めましてシャアク王、オールツェル王国王子レオンです」

「親父さんによく似た立派な面構えをしている。よく生きていてくれた」


 ソフィアとクライヴの方へ向き直って二人とも挨拶を交わす。


「星の神子もよく来てくれた。騎士クライヴもルクスから何度も話を聞かされている、会えて嬉しいよ」


 挨拶を終えてシャアクは踵を返すと、レオン達に城内を案内するから付いてくるようにと言った。


「実はお前たちが来てくれるのを妻と一緒に待っていたんだ。情けない話だが、今この国は滅亡の危機にある解決の鍵になるのがお前達だそうだ」

「それは誰が言ったんですか?」


 レオンが聞いた時、歩く廊下の先から水色で短い髪の美しい女性が歩いてきた。


「私が申し上げたのですよレオン王子、占術と水神様からのお告げで聞かされていましたから」


 女性を隣に抱き寄せたシャアクは自慢げに言った。


「紹介するぜ、我が愛しの妻アイシャだ」


 レオン達は目的であるシャアク王と水の神子の妃アイシャと接触することが出来た。そして予想通り問題解決の糸口を握っているのがこの二人である事が分かった。

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