六十二話
メアラメラを訪れたレオン達、この国の特徴は海の上に建物が建てられている事で、移動にも船を使う事が多い。
洋上に作られた桟橋の道を徒歩で歩く事も出来るが、大小様々な船が行き交うのがメアラメラの普段の姿であった。
その国に一隻も船が見当たらない、そして国中の人々に聞いて回っても、船に言及する人が一人もいないと不気味な状況に陥っていた。
「クライヴそっちはどうだった?」
「駄目です。船に言及した途端話を切り上げられたり、はぐらかされてしまいました」
手分けして情報収集をしていたクライヴは首を横に振って答えた。レオンが掴んだ情報も同じで、まるで人々が船など元々なかったかのように振る舞っている。
ソフィアも話を聞いてきて二人と合流した。聞けた事はまったく変わらず同じ事であった。
「何かおかしいよね?皆不自然な程明るいのに、何かに怯えているような」
「ああ、表面上だけ問題無いように取り繕っているように見える」
国に起きている不可思議な状況を知るためにも、レオン達は城を訪れメアラメラの海王シャアクに会うことに決めた。
「それじゃあ行こう…」
レオンがそう言いかけた瞬間、悍ましい悪寒が背筋を走った。
すぐさま辺りを警戒するレオンに、ソフィアもクライヴも同様に警戒する。人混みが割れるように引けていき、コツコツと高いハイヒールの靴の音を鳴らしながら、妖艶な雰囲気を身にまとう美しい黒髪の女性が姿を表した。
レオンはその女性が普通の人でないと分かった。姿かたちは他の出会ってきた魔族と違い人間に似通っていたが、その奥底に感じる邪悪な気配は今まで見てきた魔族の中でも飛び抜けていた。
「お前、魔族だな」
レオンの言葉に二人はより一層警戒を強める、武器をそれぞれ手に取り、臨戦態勢をとった。
「お初にお目にかかります。此方は魔族が一人ベルティラ、お見知りおきを」
ベルティラは丁寧にお辞儀をしてレオン達に挨拶をする。
「此方が姿を表したのはレオン王子にお話があってのこと、どうか剣をお納めください」
「お前達と語る口など持ち合わせていない、話など論外だ」
レオンは構わずに剣を向ける、その姿を見てベルティラはため息をついて言った。
「仕方がありません。此方もこんな事したくはないのですが」
そう言うとベルティラは近くにいた一人の男を指さして言った。
「お前今すぐ首を切り落としなさい」
「はい!ベルティラ様!」
男はレオン達が止める間もなく、携帯していたナイフを首に当てて突き刺した。吹き出る血も構いなしに、短い刀身を何度も首に突き立てて命令を実行しようとする。
「何をしているやめろ!!」
レオンが叫んでも男は行為をやめる事はない、首を落とす前に血を失い過ぎた男はバタリと倒れるが、それでも震える手を動かし続けている。
「レオン様、このままでは!」
クライヴが焦って言う、これ以上傷が深くなれば回復魔法でも間に合わなくなる。
「止めますか?話をさせてもらえるのであれば止めて差し上げますよ。そこの可愛いお嬢さんに治癒させてあげなさい」
ベルティラの様子を見て、レオンはこの場にいるすべての人が脅迫の人質に取られていると悟った。
「分かった話を聞く、だから今すぐやめさせろ」
「いい子ですね王子。そこのお前手を止めなさい」
ベルティラが命じると男の手は止まった。ソフィアはすぐに男に駆け寄って回復魔法をかけた。出血は酷いが、手遅れになる前に処置することはできた。
「では場所を変えましょうか、ついてくるのは王子だけですよ。そちらの貴方も魅力的な男性ですが、またの機会にしましょう」
そう言ってベルティラは蠱惑的な微笑みをクライヴに向けた。クライヴは嫌悪感を抑えてレオンに耳打ちをする。
「レオン様、お一人は危険過ぎます」
「だが仕方ない、あいつは多分この場にいるすべての人に自害を命じる事も出来るだろう。今は従うしかない」
クライヴもそれは分かっている、しかしそれでも尚レオンの身を案じてしまうのは、騎士としての性であった。
「クライヴ、心配する気持ちはありがたい。しかしこいつは何の躊躇もなく人を殺す。仕掛けが分からない以上人が死ぬのを避けるにはこれしかない」
最終的にはレオンの意を汲んでクライヴは引き下がった。ベルティラはそんな様子を見てクスクスと笑う。
「お話は終わりかしら?忠実な騎士様も、健気な神子様も、此方達に近づいてくる様な不審な動きをしたら血を見る事になりますよ。その血が貴方達の物かそうでないかは此方からは言えませんが」
ベルティラが歩き出した。その後ろを黙ってついていくしかないレオンに、それを見送ることしか出来ないクライヴとソフィアは、口惜しくもそれを黙って見ている他なかった。




