五十八話
レオンとソフィアは、クリスタル国内のほぼ中心に位置取り待機していた。
ソフィアが行うのは準備が整えられた大魔法の解放、始動と終結を担う要の役目であった。
レオンは辺りを警戒しながらソフィアに聞いた。
「ソフィア、手筈は頭に入っているな?」
「勿論大丈夫、準備も出来た」
ソフィアは神授の杖を握りしめエルの合図を待っていた。レオンもエクスソードを構えてスライムゾンビの襲来に備えた。
認識阻害の水晶は持っているが、大魔法を発動する際には効果が無くなる。その時を固唾を飲んで待った。
エルはウガツと共に王城に向かっていた。王城はクリスタル国内で一番高い位置にある、そこで国内の水晶に浄化の力を込める大魔法を発動する。
ウガツは手に剛弓を持ちながら、背には兄の形見である槍を背負っていた。
アガツとウガツは幼き頃より王家の側近に相応しい力を持つ為に訓練されていた。代々王家の主筋に仕えてきた家に生まれ、兄弟揃って取り立てられた事は家の誇りでもあった。
二人が王妃レイナの側近になった時、レイナから下賜されたのが兄の槍、弟に弓であった。
兄はその誇りを弟に遺志として渡した。亡き兄を想い一緒に任務に当たる事でそれを引き継ぐ事が出来ると、ウガツは考えた。
「ウガツ様!あれを見てください!」
エルの声にウガツは顔を上げる、考え事などもっての外だと戒めてエルの指さす先を見た。
「あ、あれは…?」
そこに居たのは形容しがたい化け物であった。
それはリインが嫌がらせの為に作って残したアガツを使って作ったスライムゾンビであった。三つ首の真ん中はアガツの物だが、全身がどろどろに溶けていて、ゲル状の部分は形を保つ事が出来ていなかった。
巨体をぼとぼと崩しながら弱弱しく這いまわり、他のスライムゾンビを見つけては食らいついていた。しかしその身は回復する所か崩壊していくのみ、リインが作った最後のスライムゾンビはアガツの決死の覚悟の行動によって失敗作と成り果てた。
残されたアガツの執念で、王城に蔓延るスライムゾンビをすべて食らいつくした。失敗作であるアガツのスライムゾンビは、どれだけ他を取り込もうとも増える事は無かった。
アガツの首が呆気に取られている弟の姿を捉えた。
その一瞬、苦悶の表情が安らぎ声は発せられないが口を開いて動かした。
「撃て」
ウガツにはハッキリとそう聞こえた。そして兄の真意を心から理解した。
「エル様お下がりください、今あの敵を撃ち殺します」
「ウガツ様、でもあのお姿は…」
「兄は死にました。クライヴ殿が届けてくれた遺言も貰い受けた。ならばあれはただの敵、それを滅するは我が使命」
エルはウガツの気迫伝わる宣言に、大人しく安全な場所まで下がった。
背負った槍を手にしたウガツは、剛弓にそれをあてがい引き絞った。兄が槍を遺した理由が今なら分かった。ぎりぎりと引き絞る手を祈りを込めて放した。
風を斬る音、一瞬の静寂、弟が矢として放った兄の形見は正確に化け物の体を貫いた。
その衝撃はスライムゾンビの体をバラバラに飛散させた。木っ端みじんになった欠片はしゅうしゅうと音を立てて消えていく、兄の亡霊は弟が退治した。
放たれた槍をウガツは回収した。長年使い込まれたそれは、先程の攻撃の衝撃で更にボロボロになってしまった。
ウガツはエルに一言断って、その槍を墓標に兄の魂を弔った。エルもそれを手伝い、アガツの為に祈りを捧げた。
「エル様ありがとうございます」
「私はアガツ様に命を救われました。当然の事です。そして彼は死して尚この国を守る為にあがいたのですね」
城にいたスライムゾンビは、アガツによって殲滅された。大魔法の儀式を行う事に何の憂いもなくなった。その身を賭して国を守り通した。
エルは一つ目の合図を送る光弾魔法を天に向けて打ち出した。
エルの信号弾を受けて、レイナはクライヴに号令をかけた。
クライヴは魔法陣を敷くための人員を守る為に、隊の人数を小分けにして迅速に移動させた。
認識阻害の魔石は人数を絞る程精度が上がる、兎に角素早く人員を指定の場所まで送り届け警護する事を目的に走らせた。
クライヴはその間敵の目を引き付ける為、一人阻害魔法を持たずに敵に斬り込んで行った。音を発する水晶もエクストラに頼んで最大限の数を用意してもらった。
動き回って溶解型の気を引き、水晶を砕いて人型を集めた。それに釣られた竜型と、戦線は混沌としていた。
しかしクライヴの狙いはそれであった。適当に傷を負わせていけば、スライムゾンビは互いを食い合わずにはいられない。同士討ちを引き起こす条件が緩い事が明確な弱点だと見切ったクライヴは、たった一人で最大限の時間を稼いだ。
魔法陣を敷くための人員がすべて配置された事を、エクストラが念話で受けた。エクストラは二つ目の合図を天に打ち上げ、魔法陣を敷く仕上げに取り掛かった。
エクストラの合図を見てエルが動いた。エクストラの作り上げた大魔法を起動させた。
『国を守護する金神よ、神子たる我が願いを聞き給え、この地を象る水晶よ、今その器を浄化の力で満たせ、魂捕らえる肉の檻、怒り悲しみ憎しむ心を癒す力を今注ぐ』
詠唱と同時に浄化の力が込められた水晶が、エルの手の中で強く輝いた。
唱え終わりその水晶を地面へ落とす。水晶は落ちていく過程でその形を変えていき、雫のようになり地に染みて行った。
エルは三つ目の合図を打ち出すと、ふらりと倒れそうになる所をウガツによって支えられた。
「後は託します」
そうぽつりと呟いて、魔力を急激に消費したエルはウガツの腕に抱かれながら気を失った。
エルの上げた合図は大魔法の起動に成功したと示すものだった。
エクストラは配置した研究員達と協力して、最後のソフィアに繋ぐための魔法陣を起動させた。
巨大な陣は国中に張り巡らされて、エルが発動した魔法を国中の水晶に行き渡らせた。
「仕上げだ。頼んだぞソフィア」
膨大な魔力を使い果たしたエクストラは鼻や耳から血を流しながら倒れた。レイナはすぐさまエクストラの治療に取り掛からせて、最後の合図を近くに控えていた魔法使いに打ち上げさせた。
「来た!ソフィアッ!!」
「始めます!!」
ソフィアが神授の杖を地に突き立てると、足元の魔法陣が広がり始めた。
同時に阻害魔法が解除された事で、中央敵の只中に位置するソフィア達を狙ってスライムゾンビ達が動き始める。
しかしそのすべてをレオンが食い止める、ソフィアに指一本触れさせない、レオンは限界まで地脈の力を全身に回して体を動かした。レオンの猛攻によって辺りのスライムゾンビ達は粉微塵に斬り捨てられていく。
ソフィアは自分の身をすべてレオンに任せて集中していた。レオンは絶対に自分を守り切ると信じていた。
広がった魔法陣がエクストラ達が敷いた魔法陣と重なり強烈に輝く、ソフィアは目を見開き神授の杖を円を描くように回し掲げた。
『地を満たす水晶よ、張り巡られし鉱脈よ、神々の加護により力を解放せよ。我は星の神子ソフィア、始まりの神子がその力を捧ぐ』
ソフィアが起動した大魔法は国中を包み込んだ。
中央から広がる光はクリスタルに居るすべてに行き渡る、スライムゾンビは浄化の光に焼かれその身を溶かした。
地面に吸い込まれるようにして消えていくスライムゾンビ達は、穢された肉体を水晶によって浄化され、行き場を失った魂達は星神の加護によって慰められた。
行き渡った光が泡のようにぱちんと弾けた。そうして降り注いだ光の欠片は星々のように輝いていた。
ふらつくソフィアの体をレオンが支えた。そしてクリスタルに降り注ぐ光を二人で見つめていた。水晶は光を反射させ、得も言われぬ絶景が広がっていた。
その日、クリスタルを苦しめていたスライムゾンビはすべて姿を消した。悲劇はついに終わりを迎える事になった。




