五十六話
アガツのお陰で無事に戻る事が出来たクライヴは、ソフィアとエルを連れてレイナの元に向かって事の次第を報告した。
レイナは黙ってクライヴの報告を聞いていた。傍についていたウガツもまた黙っていた。
「アガツ様が私達を逃がしてくれました。彼の誇り高き行動が、国の希望を守り抜いた。私の力が及ばずに申し訳ありません」
「いい、クライヴ謝るんじゃない。二人の判断は正しかった。責任は私にある」
レイナは沈痛な面持ちのまま席を立った。暫く一人にしてくれと言って、部屋を出て行った。
「ウガツ様、アガツ様からこれを渡すように言われました」
クライヴはアガツから預かった槍をウガツに渡した。
「アガツ様からの言伝です。兄はここで死ぬ、だが後悔はないと」
槍と遺言を受け取りウガツは静かに語った。
「兄がそう言ったのなら、僕が泣く訳にはいかない。クライヴ殿、届けていただいた事心から感謝いたします」
ウガツは深々と頭を下げた。クライヴはその高潔な魂に黙って敬礼を表した。
ソフィアとエルは一緒にエクストラの元へ向かっていた。
ようやく手がかりを手に入れたが、互いの表情は暗かった。それしかなかったとはいえ、アガツを置いて逃げ出した事に変わりはない。
言葉少なにエクストラの研究室の扉を叩く、中から入るように言われて二人は入室した。
「待っていたよ、二人共」
研究室内では様々な人が忙しく駆け回っていた。数多の数値が書き込まれた黒板や、山と積まれた書類の数々が部屋中に置かれていた。
「それで私に渡したい物ってのは何かな?」
エクストラはレイナとの会話をまた聞いていたらしく、そうそうにエルが手に入れた水晶を要求した。
「金神様から、渡せばわかるって言われたのだけれど…」
エルが手渡した水晶を、エクストラはまじまじと眺めた。
「これは…」
「何か分かった?」
「いやさっぱり」
ソフィアとエルは思わずズルっと姿勢を崩した。分かったような雰囲気を出していたので、少々拍子抜けしてしまった。
「おいおい流石のエクストラちゃんも何でもかんでもすぐに分かる訳じゃないよ。兎にも角にも調べてみなければ、金神様も恐らく私にこれを調べろと言っているんだ。私に出来るのはそれぐらいだからね」
言われてみればとソフィアとエルは納得した。
「まあ任せておきたまえ、このエクストラちゃんがぱぱっと調べてあげるから。丁度スライムゾンビの調査も行き詰っていた所だ」
「あれ?そうだったの?」
「うん、あらかた調べ終わったんだけど、肝心要の状況を一変させる逆転の一手が見つからなくてね」
そう言ってエクストラは水晶を受け取ると、即座に自室に籠ってしまった。
ソフィアとエルは目的を達してしまい、手持無沙汰になってしまった。どちらともなく一度別れて、ソフィアはレオンの所へ向かった。
人伝にレオンの場所を聞いてその場に向かう、レオンは塔の内部にある中庭でクライヴから報告を受けていた。
ソフィアは物々しい雰囲気に少し近寄り難く、少し遠くから見守った。
「そうか、城でそんな事が」
「この国で魔族が全く姿を見せなかったので油断しておりました。私の不徳の致すところです」
「やめろクライヴ、レイナ様が仰ったように俺も二人の判断は正しかったと思う。それにこれは王の責務でもある、と思う…まだ俺にもぼんやりとしか分からないけれど」
クライヴは黙ってレオンに礼をして去っていった。それを見送ってからレオンは物陰にいるソフィアに声をかける。
「ソフィア、そんな所でどうした?」
「やっぱり気が付いていたんだ」
気配に人一倍敏感なレオンに気付かれていない訳がないとソフィアは思っていた。観念してひょっこりと姿を出す。
「何だかちょっとクライヴの張り詰めた空気が怖くって…」
「仕方がないさ、正しい判断が望む結果に繋がるとは限らない。割り切るには時間が必要だ」
レオンはそう言って苦笑した。
「ソフィアが無事で良かった」
その一言はレオンの本心から出てきた言葉だった。
「うん。アガツさんとクライヴのお陰、私は何も出来なかった…」
俯いて落ち込むソフィアを、レオンは励ました。
「そうか、でも俺も何も出来なかった一人だ。ここでただ帰りを待つことしか出来なかったからな」
「いやでもレオンはその場には」
「いなかった。だから俺も何も出来ない一人の内なのさ、ソフィアだけじゃない、ここにいる全員がそう思っている筈だ」
レオンはソフィアの肩に優しく手を置いた。
「だからこそ、次自分に何が出来るのかを考えるんだ。皆で一緒に」
「それが前に進むって事なんじゃないかって俺は思う」
ソフィアは自分の肩に置かれたレオンの手にそっと触れる。そして指を絡ませるように握りしめると、レオンをまっすぐに見つめた。
「私に出来る事、探してみる」
ソフィアはレオンの手を離すと、金の神子エルの元に向かって走り出した。
レイナは誰も居ない暗い部屋に篭もり、一人で泣いていた。
女王として凛々しくあらねば国民は不安になる。この姿を誰かに見られる訳にはいかなかった。
アガツはレイナの側近として常に傍らにいた。
寡黙だが情に厚く、仕事には真摯に取り組み、真面目で堅物であったが皆に慕われていた。
「必ず。必ず国を取り戻し、お前の墓を建てる。その魂が慰められるように祈りを捧げる。私と、この国の未来を見守っていてくれ」
部屋の外に控えていたウガツは、天井を見上げて嗚咽を堪えた。
歪む視界の先に、大きくて頼りになる兄の背を見えたような気がして、目から一筋涙が頬を伝って落ちた。




