五十五話
リインはくすくすと笑いながら話しかけてきた。
「魔王様からこの国から手を引けと言われたのだけれど、何やら虫がこそこそと動き回っているのを見つけてしまってね。少しだけ興味が湧いて見に来たのよ」
クライヴは大剣を構えたまま言う。
「これはご丁寧にどうも、しかしその程度の理由であれば退いていただきたい」
「嫌よ、おもちゃを見つけたのなら遊んでみなくてはね」
どうあっても引く様子のないリインを見て、アガツはクライヴに話しかける。
「クライヴ殿、お二人を連れてお逃げください」
「アガツ様何を…」
「ここで死ぬは易い、しかし生きるは難い、それが出来るは貴方だけだ。出来るだけ時間を稼ぐ」
アガツは一歩前に進み出てリインに話しかけた。
「貴様、何故我が国の民をこのような形で苦しめた」
「何?理由が聞きたいっての?」
「虫けらに説明できない程の莫迦ではあるまい」
リインはアガツの言葉にむっと苛立ち言い放った。
「別に理由なんてないわよ、魔王様に好きにしろって言われたから好きにしただけ。あんたらを使って遊んだだけよ、思いのほかそれが上手くいっただけ」
リインはクリスタルの国民には心底興味がないと言い放つ、アガツはそれでも平静を装うとしても、手にした槍先が小刻みに怒りに震えるのを抑えられなかった。
アガツは深くため息をついて槍を下ろした。そして槍をクライヴに手渡すと言った。
「この槍をウガツに渡して、そして伝えてくれ。兄はここで死ぬ、だが悔いはなかったと」
クライヴの返事を待たずにアガツは咆哮を上げて竜へと変じた。受け取った覚悟と犠牲を無駄にしないためにも、クライヴはソフィアとエルを連れて走り出した。
竜に変じたアガツは、長くしなる尾を使い敵を薙ぎ払った。しかし三体の竜型スライムゾンビを従えているリインからすれば攻撃を受け止める事は容易であった。
しかしそれでよかった。クライヴはアガツの薙ぎ払い攻撃に乗じて姿を隠し、相手に気取られる事なく出口に駆け、逃げ切った。
攻撃の中をあえて突っ切る大胆なクライヴの行動に、リインはまんまと逃がしてしまった。
「それが狙いか虫けら」
「その程度も分からなかったか魔族」
アガツは鋭い眼差しでリインを睨み付けた。ここで生き残るつもりはなく、死兵となり一秒でも長くここに留まることしか考えていなかった。
クライヴは全力で駆け抜けていた。一刻も早く城を抜け出して研究塔に戻る事のみを目的に走った。
ソフィアとエルは途中からクライヴの足について行けず、クライヴの肩に抱えられていた。
ソフィアはクライヴから預けられたアガツの槍をしっかりと握りしめ、エルは手に入れた水晶を命を懸けて落とすまいと抱え込んだ。
幸いにも認識阻害の魔法が込められた水晶はまだ有効で、スライムゾンビには見つかる事もなく、走り抜ける事にのみ集中する事が出来た。
クライヴは二人を抱えて駆け抜けて、無傷で研究塔まで辿り着いた。急いで魔法陣の上に乗り、二人をゆっくりと下ろした。そして城の方を見つめて、絶望的であろうともアガツの無事をただただ祈っていた。
アガツは三体の竜型相手に奮闘した。
しかし回復再生能力を持つリインがついている相手に、なすすべもなく地に倒れ伏した。
倒しても倒しても立ち上がる敵、削られていく体力に、アガツの目の前は暗くなり始めていた。
「アンタ中々やるじゃん」
リインは竜化の解けたアガツの顔を踏みつけながら言った。
「貴様のような卑怯者に、何と言われようとも心動かんよ」
「あぁ?」
ぐりぐりと足を動かしてアガツの頭を踏みにじる。それでもアガツは怒りもせず淡々と言った。
「貴様は強力な力を持ち、命を我が物顔で弄び、尊厳を踏みにじって楽しんでいるのであろう。しかしその行為に何の意味がある?誇り高く生きた充足感も、燃え滾るような情熱もない、貴様は自らの空虚さを人に当てつけて癇癪を起している哀れな化け物だ」
アガツの言葉に怒ったリインは、アガツの体を思い切り蹴飛ばした。
「上等だよお前、そこまで生意気にご高説垂れてくれてありがとよ。お前の体を使ってこの国を滅ぼす最悪の魔物を作ってやる、お前は自分の手で自分の国を滅ぼすんだ」
よろめきボロボロの体をアガツは何とか持ち上げた。そしてその後の行動にリインは驚愕する。
「教えてやる、竜人の心臓には竜石と呼ばれる宝玉がついている。我々が人の身ながら竜に成れるのはその為だ。お前が俺を使うと言うのならば俺はこうするまでだ」
アガツは自らの胸に腕を刺しこんだ。そして心臓を引きちぎり握りつぶすと、晴れやかな表情のまま絶命した。
「く、狂ってやがる」
リインはその行動の意味が分からなかった。自らの心臓を潰して死ぬ、何故そんな事が出来るのかが分からなかった。
それなのにアガツはリインの目から見ても満足そうに逝った。それがどうしようもなくリインに敗北感を与えた。
リインの能力では完全に潰された心臓を再生できない、今アガツの遺体を蘇生させ、歪に治癒させた所で強力な竜型ではなく、有象無象の溶解型になってしまう。それが狙いだと気が付いた時にはもう遅かった。
リインは思いつく限りの嫌がらせの為に、その場の三体の竜型スライムゾンビを潰して一纏めにし、アガツの遺体を混ぜ込んで再生させ醜悪な竜型を作った。
三つ首の竜の真ん中の首がアガツになっている、しかしここまで尊厳を奪っても尚リインの心は空虚であった。
「もういいやつまんない」
リインはクリスタルから完全に引き揚げた。最後に作った醜悪な化け物がどうなろうともどうでもよかった。
魔王に任された目的は達した。後は勝手に滅びろとつばを吐いて国を出たが、リインは謎の苛立ちと焦燥感に悩まされるばかりであった。




