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四十四話

 ソフィアは魔法を詠唱して杖で地面を小突いた。


『敵を阻め火の柱!ファイアウォール!』


 火柱が壁となり敵とレオン達とを分断させる、また囲まれる前に動きを制限するつもりであった。


 しかし敵の元騎士団は、身を焼かれ肌を焦がしながらも魔法の中を突き進んで来た。


「そんなっ」


 魔法使いであるソフィアに狙いを変え、体を燃やしながら斬りかかってくるのをレオンが受け止める。しかし何人もの連携攻撃を捌き切るには無理があった。


『霊光よ、集いて重なり滅する力となれホーリーストリーム!』


 ソフィアの詠唱が終わると同時にレオンは身を引いた。光の奔流が敵を飲み込み押し返す。


 火に焼かれ攻撃魔法をまともにくらい、大ダメージを受けたにも関わらず。敵はまだ倒れなかった。


 それどころか、人間とは思えない金切声を上げて焼けただれた部位を自ら斬り落としたり、折れた腕を引きちぎって捨てた。狂った奇妙な笑い声を響かせ、斬り落とした部位や腕を再生させると、また剣を持って構えた。


「レオン…あ、あの人達は」

「ああ、魔族でも魔物でもない、まして人間でもない。正体が分からない訳だ」


 オールツェル騎士団は人の形を残したまま、中身を弄られて化け物に変えられた。魔物では出来ない人の世に溶け込ませる為に、敢えて中途半端にして作られた人の抜け殻だった。


 殺しもせず生かしもせず、その残忍な行為にレオン達は怒りと悲しみを募らせた。


「何度も再生できるとは思えない、屈強でも無謀なら怖くない。押し返すぞ」


 レオンは涙を流しながら剣を携え敵に飛び掛かった。ソフィアもそんなレオンに最大限の補助をかけてサポートに回った。




 最後の一人となったオスカーの首を落とした。返り血に染まったレオンは疲労困憊でうずくまる。


「ソフィア、残骸はまとめてすべて焼いてくれ。復活なんてしないと思うが、念のためにな」

「分かった。任せておいて」


 レオンは自分が切り伏せた相手をすべて覚えていた。


 オスカーはクライヴとは対照的で、陽気な楽観的な性格だった。子供だった時分に遊び相手になってくれていた。


 ベンとカイルは兄弟で入隊した。元は孤児院の出で仲が良く、息の合った連携はクライヴを打ち負かす事さえあった。


 トマスは愛妻家だった。家族の事をよく話して、レオンはトマスの子供達と何度か顔を合わせた事もある。


 フィルは寡黙だが、任務に忠実で騎士の誇りを胸に働く忠義者であった。騎士団員からの信頼も篤く、頼りにされていた。


 ジェームズは一番の古株であった。生涯を騎士に捧げると豪語し、若手の騎士の支えとなり、誰よりも訓練に励む傑物だった。


 そんな皆を手にかけて、亡骸を灰に還そうとしている。うずくまっていたレオンは立ち上がってソフィアの隣に立った。


「どうしたの?後は任せてくれていいんだよ?」

「いや、しっかりと送ってあげたい、隣に居てもいいか?」


 レオンの言葉にソフィアは黙って頷いた。そして魔法を詠唱し、集めた亡骸に火をつけると、レオンと共に祈りを捧げた。




 戦いを終えてレオン達が戻ると、アルフォンに肩を借りたクライヴがボロボロの姿で同時に戻ってきた。


 二人は急いでクライヴに駆け寄って無事を確認した。


「大丈夫か!?怪我の具合は?」

「すぐに回復魔法をかけるから!」


 慌てる二人にクライヴは微笑みかけて言った。


「見た目ほど酷くありませんから大丈夫です。それより、レオン様達も何かあったのですね」


 レオンは戻る前にあらかた汚れを落としてきたのだが、付き合いの長いクライヴに隠し事は出来ない、アルフォンも交えてお互いに起きた出来事を話し合う事にした。




 まずはクライヴが事の顛末を語った。神の死骸討伐、そしてその身の消滅を確認した事をレオン達に告げる。


「クライヴならと思ってはいたが…」

「うんうん、流石クライヴだね!」


 レオンは少々狼狽えて、ソフィアは笑顔で勝利を喜んだ。


「僕も確認したが、確かに死骸は消滅した。クライヴの戦いぶりは言い表し様のない見事なものだったよ」


 アルフォンはしみじみと語った。勇猛果敢、大胆不敵、言葉で尽くせない称賛をクライヴに送った。


「それで、レオン様達には一体何があったのですか?」


 クライヴに問われて、レオンとソフィアは先ほどの出来事を話した。クライヴは眉を顰め、固く目を閉じて最後まで話を聞いた。


「オスカー、皆、何と無念な…」


 苦しんで絞り出した一言は、短いながらもクライヴの深い悲しみが込められていた。


「恐らく魔王がグロンブ内部を探らせていたのだろう、しかし神の死骸の回収が叶わない事を察知して、手当たり次第に攻撃する方針に切り替えた。グロンブの王としては、大事になる前に手を打ってくれた事を感謝するよ」


 アルフォンは気休めにしかならない事が分かっていながらレオンに礼を告げた。それでも結果として被害の拡大を食い止める事が出来たのは、迅速にレオン達が動いたからだった。


 クライヴは一度立ち上がり胸に手を置いてレオンに跪いた。深くお辞儀をすると感謝を述べる。


「レオン様、オスカー達を怪物から人に戻してくれた事を感謝します。ソフィア様も祈りを捧げていただき、彼らの魂も慰められたでしょう」


 操られるがままその手を血に染める怪物に成り果てた同胞を、苦しみながらも手を下してくれた事をクライヴは感謝した。しかしその声は震えていた。


 無念な気持ちである事はレオンもソフィアも同じであった。二人は頭を下げ続けるクライヴの肩に手を置いて、悲しみを分け合った。

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