四十一話
グロンブの隠された場所から更に奥地にクライヴとアルフォンは向かっていた。
レオンとソフィアの同行は許されなかった。二人共クライヴに同行を望んだが、他ならぬクライヴが同行を断った。
クライヴが同行を断った理由は二つ、一つは火神から相性が悪いと明言されていた事、その理由についてはアルフォンが語ってくれた。
「エクスソードは破邪退魔の剣、性質から言って邪悪であっても神には通用しない。武器を変えるという手もあるが、オールツェル王家の血筋が邪魔になるかもしれない」
「邪魔って?」
「怨みの対象だからさ、それは相手の力の源でもある。真っ先に殺しに来るだろう」
クライヴはその意見が正しいと思えた。何故ならレオン達にも怨みと憎しみの感情が始まりにあったからだった。今でこそ使命感正義感によって突き動かされる感情も、それはエクスソードや戦いの歴史に触れたからこそであった。
「ソフィアは星の神子だから絶対に近づけられない、君は唯一すべての神と交信する事が出来る力を持っている。近づくだけでどんな影響を受けるか分からない」
すなわちソフィアは論外であった。回復や補助、攻撃にと援護が出来るとしても、危険性が明確なソフィアを同行させる訳にはいかない。
もう一つの理由はここでクライヴが死したとしてもレオン達は生き残るからだった。クライヴ自身死ぬつもりはないが、火神から受けた使命は刺し違えても達成するつもりであった。
神の死骸がどれ程の力を持ち、自分の実力が通じるか分からない、それでもクライヴは火神から神滅ハヤギを託された。
託されたからにはクライヴは全身全霊を持って使命に徹する、それがクライヴの騎士道であった。
「そろそろ到着するよ」
アルファンに連れられて来た場所は、正真正銘グロンブの最奥、土神とアルフォンのみが知る場所であった。
「ではアルフォン様もここでお待ちください」
「待て待てクライヴ、少しだけ時間をくれ」
アルフォンはクライヴを引き留めて呪文を唱え始める、岩肌から露出した魔石がそれに反応して光輝く、呪文を唱え終えるとクライヴの体中に、膜のような魔力で出来た障壁が何層も張られた。
「僕が使える土神様の加護を最大限にかけた。攻撃を何回か完全に防いでくれるが、くれぐれも気を付けてくれ」
「ありがとうございますアルフォン様、とても心強いです」
「いや僕に出来る事もとても少ない、正直君に任せる他ないんだ。だけどこんな危険な事を頼むのが正しい事なのか分からない」
不安そうな表情を見せるアルフォンに微笑みかかると、クライヴは肩のマントを翻して言った。
「ご安心ください、この剣に誓って神の死骸の討伐を成し遂げて見せます」
クライヴが空間に入ると、明らかに空気が変わった。以前ソフィア達に連れられた火神の神域と似た空気、しかし似て非なる猛烈な狂気と殺気が漂っていた。
自然と呼吸が荒くなっていく、雰囲気に気圧されていた。飲み込まれてはならないと、心を静める為に大きく息を吐き出した。
しかし眼前に敵の姿は見当たらなかった。入ってすぐに遭遇すると思っていたクライヴは、ゆっくりと辺りを見渡した。
左右下、そして上を見上げた時にクライヴは異形の物を目にした。最初はただの漆黒の巨大な塊が天井に張り付いているように見えた。しかしクライヴがその姿を認識した途端に、塊中に無数の目玉が開いてクライヴを凝視した。
神の死骸、どんな生き物とも形容し難い異形の化け物は、張り付いていた天井からドシンと音を立てて落ちた。自分より遥かに大きく、体中から大量に手足が生えていた。ギョロギョロと不気味に動き回る目玉は、クライヴに強烈な嫌悪感を抱かせた。
怖気を伴う威圧感を体中に感じながらも、クライヴは大剣を静かに構えて正眼に相手を見据えた。
神の死骸は一頻り暴れ回った後暫く動きを止めて天井に張り付いていた。
自分を縛り付ける空間は、徐々に弱まりつつある。衝動に突き動かされるままに死骸は暴れ回る事と休む事を繰り返していた。
何者かが侵入してきた気配を感じ取った。それは憎き小さな虫けらだった。地上を我が物顔で這いずり回り、繁殖して無意味に増えて生きる。他の神々がひりだした糞虫が、世界を形作っている。
その虫けらのうちの一匹が無謀にも入り込んできた。ぐちゃぐちゃに踏みつぶした所で暇つぶしにもならない、興味は薄かった。
しかしそいつの目を見た時に死骸は最も原始的な攻撃本能一色に染まった。
それは怒りだった。糞以下の虫けらの目は「お前を倒す」という意志に満ちていた。
殺す。その一念が死骸の内に満ちていく、地に落ちて手足を生やす。引きちぎりすり潰し嬲り殺す。剣の切っ先を向けられた瞬間に飛びついた。
巨体で押しつぶして、地面を手足で打ち鳴らす。避ける間は無かった。体の下でぐちゃぐちゃにすり潰された肉の残骸になっているだろうと死骸は思った。
しかしその認識は片側に崩れ落ちる自らの体で打ち砕かれる。
何が起こったのかすぐには理解できなかった。しかしすり潰した筈の人間が無傷で立っていた事、そして斬り飛ばされたであろう片側の手足を見て理解した。
この人間は圧し掛かる巨体に潜り込んで、無秩序に繰り出される多数の手足の攻撃を掻い潜り、逆に斬って落としたのだ。巨体を転がす為に片側を集中的に狙って斬った。
クライヴは体勢を崩した死骸を観察する。斬った手足はすでに再生している。
巨体の質量による攻撃は読んでいた。体格差と体重差があまりに大きい為、一撃でも入れば相手は自分を殺せる。ならば突っ込んで来るだろうと考えた。
だからこそクライヴは前に出た。押しつぶされる前に隙間に入り込み、打ち付けられる手足を障壁を何枚か犠牲にする覚悟で飛び込んで斬りつけた。
幸いにも掠る程度で斬り抜ける事が出来た。巨体のバランスを保つには、体重の負荷を分散しなければならない、片側だけ切り落とせば自然と自重で崩れる、クライヴは一撃目を防いだ。
これで相手に知性が足りなければ、同じことを繰り返すだけで済む。しかしそうでなければ手を変えてくる、クライヴは大剣を構えなおして次の攻撃に備えた。
死骸は体の手足の一部を細長い針状に変えた。そして勢いよくクライヴ目掛けてそれを突き刺してきた。
伸びてきた針をすべて避けるのは無理だとすぐに判断したクライヴは、数多の針の中から当たったら致命的な物を選び斬り飛ばす。残りは避け、大剣を盾替わりに受け止めた。
地面を深く穿つ威力があったものの、当たってはいけない物は切り落とした。雨の如く襲い来る針攻撃を受けきったクライヴは、地面に刺さった邪魔な針を斬りながら前に出た。
針を引っ込める死骸の目玉目掛けて、左腕から光弾を打ち込む。着弾して目を潰す事は出来たが、怯む事は無かった。すぐさま再生する目は弱点になりえない、それが分かっただけでも十分だとクライヴは本体に斬りかかる。
無軌道に襲い掛かる手足を避けて斬りつける、攻撃は出鱈目だが単純で、当たればひとたまりもないが、クライヴにしてみれば捌くのは難しくなかった。
本体を斬りつけると、傷口からは血ではなく墨汁のような液体が飛び散る。ダメージが通っているか不安だったが、時折聞こえてくるギィギィと軋むような音が悲鳴であると信じて攻撃の手を緩めなかった。
もう一撃、そう思った瞬間に本体ががばっと大きな口を開けた。咄嗟の出来事に一瞬反応が遅れて、口から吐き出された光線を受けてクライヴの体は吹き飛ばされた。
岩壁に体を打ち付けられてずるりと体が崩れ落ちる。左腕と大剣で防御したが、体に受けた衝撃で口元から血が流れる。
クライヴは口元の血を拭って笑った。死骸を追い込んだ、最後の仕上げにもうひと踏ん張りと立ち上がった。




