四十話
アルフォンに連れられて辿り着いたのは、グロンブの最奥だった。日の光が届かない洞窟内を、何度か休憩を挟みつつ歩き続けたので時間の感覚が分からない、レオンはアルフォンに聞いた。
「どれくらいの時間歩いたんだ?」
「うーん、二三日と言った所かな」
それを聞いてレオン達は驚いた。休憩を挟んだとは言え、何日も歩き続けたような疲労感は無い。
「思ったより疲れていないって顔かな?」
顔を覗き込まれたレオンは頷く。
「ここは宝石に魔石にと魔力に満ちているからね、体に取り込まれる魔力量が外とは桁違いなのさ。だから本当は長い間グロンブに滞在すると、魔力を過剰に溜め込んで病気になる」
「何で俺達は無事なんだ?」
「僕がいるのも有るけど、レオンはエクスソード、ソフィアは神授の杖、クライヴにはその腕があるからね。適性があるって事さ」
それからアルヴァンは、この魔力量はグロンブに封じられている神の死骸を守る為にも使われていると教えた。
グロンブには長時間の滞在が出来ない事、適性があって滞在できたとしても隠し場所を見つけられない事、宝石や魔石の利に囚われて、武装した商人達のお陰で奥まで辿り着く事が容易でない事。
様々な条件が重なりあって、グロンブはその本質である神の死骸を隠す事に繋がっている。
「成程、こうして聞くと理にかなっていますね。今は魔物の流入もある、尚更奥に辿り着く事が難しい」
クライヴは得心がいったと頷いている。
「魔王は恐らくグロンブに探りを入れている、僕でも得体の知れない連中が内部で色々と探し回っているからね」
それはソフィアが聞いた謎の黒装束の一団の事だった。
「しかし不思議なのは、そいつら魔族でも魔物でもないって所さ。どんなからくりか分からないが正体を特定出来ない、だから君達が急いで来てくれて正直助かったよ」
黒装束の一団については更に謎が深まったが、今集中するべきは神の死骸についてだった。
「それで奥まで来たけどどうするんだ?ここには何も無さそうだが…」
見渡す限り岩肌しかない、それらしい入口も見つからない。
「焦るなって、隠してあるって言ったろ?」
アルフォンがいたずらっぽく笑い指を鳴らす。すると最奥の岩肌と思われていた壁が姿を消して、更に奥の空間が現れた。
そして信じられない光景がレオン達の目に入ってくる。洞窟内だと言うのに真昼の様に明るく、草木が生い茂り、輝きを湛えた泉があり、沢山の精霊達がそこに暮らしていた。
「ここがある意味で本当の精霊の国グロンブと言った所かな、取りあえずようこそ、歓迎するよ」
アルフォンに一通りそこに住む精霊達の説明を受ける、壁に張り付いたトカゲのようなサラマンダーは、くしゃみの拍子に火を吹き出し人の姿になって背中から落ちた。
シルフは風に舞い踊り無邪気に笑い声を上げ、ウンディーネは水辺で遊ぶ、姿を消していたノームはアルフォンの命令でこの場に避難していた。
「まだまだ紹介した子達はいるが、そろそろ本題に入った方がいいだろう。そこの水辺に座ろうか」
促されて揃って水辺の草むらに腰掛ける、レオン達は洞窟の中とは思えない美しい光景に目を奪われた。
「それでは本題だ。神の死骸は今魔族復活の影響を受けて動き出している」
死骸が動く、歪な語句にレオンが聞く。
「動くというのはどの程度?」
「初めのうちはカタカタと音が鳴る程度だった。しかし徐々に動きが大きくなっていき、今では元気に封じられた場所を暴れ回っているよ」
魔王が力をつけると、それに準ずるように神の死骸も動き始めたと言う、土神によって封じ込められているものの、状況は余り芳しくないとアルフォンは語る。
「土神様は他の神様とはちょっと事情が異なっててね、当時では滅する事が叶わないと分かってから、一番強い土神様が死骸の監視をする事になった。その時に、土神様は知性と理性をお捨てになられた」
土神は神々の中で一番強い力を持っていた。しかしそれでも死骸を安全に世界から隔絶するには足りず、知性と理性を捨て去り純粋な力だけを残して、死骸を抑え込む事に成功した。
但し荒ぶる力のみとなった土神は、人々に施しを与えたり加護を授ける権能を失った。その為に神に存在が近い精霊が、大地の洞グロンブに住み着き、精霊の国を興すに至った。
「それからゆっくりと代替わりを重ねて、今は僕がグロンブの王をやっている。土神様は意思疎通が難しいから精霊でないと近づくだけで悪影響を受けてしまう事もあるんだ」
アルフォンの説明を聞いてレオン達はグロンブの事情を知った。しかし疑問があらたに沸いた。
「何故今になって火神様は滅しろと命じられたんだろう?」
神滅の力をクライヴに授ける事が出来たのなら、いつでも死骸を滅する事が出来たのではないか、そんなレオンの疑問にアルフォンが答える。
「逆だよ、むしろ今でないと出来ない事なんだ。今なら明確にあいつを敵にする事が出来る」
アルフォンは説明を続けた。
「神滅の力は人々に仇なすものにしか使えない、魔族が封印されてただの死骸となった奴は、意思もないただの神の死骸。その身に力が残っていようとも、人類を害する意志は無かった。なにせただの屍だからね」
「その事情も魔族、と言うより魔王アラヤ復活により変わったと言う事ですか?」
クライヴが聞くとアルフォンは頷く。
「魔王アラヤが力をつけるに従って、死骸の力は強くなり始めている。今では原始的ながらも意志を感じる事もある、人々を滅ぼし世界を魔族で塗り替えると」
神の死骸に残された感情は復讐心だった。魔王アラヤが世界に復活を遂げる事が出来たのも復讐の為の怨嗟から、アラヤと神の死骸は想いを共にして共鳴した。
「今はまだ土神様が何とか抑え込んでいるが、どんどん力を取り戻し始めて、風貌も変化させている。そしてもし死骸が魔王の手に渡るような事態になれば、どんな厄災が訪れるか分からないんだ」
アルフォンの表情は深刻だった。それだけ切羽詰まる状況だと物語っている。
「事情は一通り分かりました。ではアルフォン様、参りましょうか」
クライヴはすくっと立ち上がって迷い無く言った。
「今更僕が言うのもおかしいが、怖くはないのかい?」
「怖いですよ、どんな相手かも想像もつかない。まして残滓と言えども神、私で足りるか今でも自信はありません。しかしやるべき事はシンプルです。私が死骸を倒す。ならば剣を取り立ち向かうのが騎士の役目です」
クライヴに迷いはなかった。自分の成すべき事が分かっている以上、それに向かってひたむきに取り組み結果を出すのが、最強の騎士と評される男クライヴであった。




