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三十九話

 グロンブ内部は大洞窟であるが、それほど暗くはない。


 岩肌から露出した魔石が、地脈の魔力を吸い上げて自発的に発光している為だった。それでも薄暗い事に変わりはないが、光源を持たずとも中を歩く事が出来る。


 商人と傭兵に出くわしたとしても、一触即発という訳ではなく、利権を脅かさない者には興味も示さない事が当たり前だった。自分の利益しか考えていない、あまり褒められた事ではないが、レオン達にしてみれば人との衝突を避ける事が出来る為利点であった。


 アルフォンを探してグロンブ内を進んで行くレオン一行、遭遇する魔物の多くはゴブリンだった。


 人の姿形に酷似したゴブリンは、狭い洞穴や滅ぼした村等に住み着く事が主だっていて、そこに何体も寄り集まって集団を作る。


 そして戦闘を行う際は徒党を組んで、原始的な罠を使ったり、拙いながらも連携を取る行動をする。レオン達には共通の認識があった。


 ゴブリンは限りなく人間をベースに作り出された魔物である、罠や道具、数の有利などを活用してくる事を鑑みてその結論に至った。どんな改造が施されているかまでは分からないが、元人間を斬り捨てていく事は自責の念に駆られた。


 魔物の元は王国民、魔族は人間を使って実験を繰り返し魔物を作り上げている。その面影を思わせるゴブリンは、レオンにとって一番戦いにくい相手であった。


 不格好な弓を構えるゴブリンを狙って、レオンは前衛の一体を踏んで跳ぶ。踏まれたゴブリンは衝撃で首の骨を折られた。弓を構えていたもう一体は、勢いをつけたレオンの斬撃に真っ二つに切り裂かれる。


 群れの中に入り込んだレオンを挟み撃ちにしようと、前衛と後衛が一斉にレオンに狙いをつけるが、ソフィアとクライヴが見逃す筈がない。


『我が敵を焼き尽くせ!ファイア!』


 ソフィアの詠唱した魔法で火に巻かれるゴブリン、クライヴは混乱の隙をついて前衛の一体の首を斬り飛ばして、もう一体の頭を左腕で掴んだ。クライヴに掴まれて暴れるゴブリンは、そのまま掌から放たれた光弾で頭を消し飛ばされて絶命する。


 戦闘を無事に終えて剣を納めるも、レオンの心はどこか暗く重たかった。ふと見ると、塵と消えるゴブリン達の残骸にソフィアが手を合わせて祈っていた。


「ソフィア、そいつらはもう…」

「分かってるよ。自己満足だけど、それでもこうせずにはいられないの」


 魔物との戦いを終える度、ソフィアは祈りを捧げている。レオンは口ではもう間に合わないと言うも、祈るソフィアの姿を見て心を救われていた。


 懐に仕舞ってある露店で買ったネックレスに手をやる、ソフィアに渡すつもりであったが、レオンは気恥ずかしくてまだ渡せていなかった。贈り物をした事がない訳では無かったが、装飾品を渡す事は初めてで、どんな顔をして渡せばいいのかが分からなかった。


「レオンどうしたの?」


 いつの間にか祈りを終えたソフィアが、俯いていたレオンの顔を覗き込んでいた。目の前にソフィアの顔が見えてレオンは飛び退いた。


「な、な、な、何でもない!」

「そう?怪我したなら早く言ってね、回復魔法が遅れると治りも悪くなるんだから」


 レオンは心臓の音が聞こえているのではないかと思う位ドキドキと緊張していた。その様子を見てソフィアは不思議そうな顔をした。


 どちらにせよ今ここで渡すのは違うだろと思い、レオンは気持ちを落ち着けて気を引き締め直した。大分奥まで入ったがまだアルフォンを見つける事が出来ていなかった。


「一体何処にいるんだ?」

「一体誰を探しているんだい?」


 レオンの呟きに背後から誰かが返答をする。気配どころか存在自体感じられなかった得体の知れない相手に、レオンは素早く剣を引き抜いて構える。


「おいおいそんな物騒な物を向けるなよ。僕は面白そうな感情を見つけてからかいに来ただけだぜ」


 剣を向けた先に居たのは白い装束を身に纏った中性的な顔立ちをした人だった。


「あんた誰だ?どうして気配がしない?」

「気配?ああ、成程ね。君はどうやら生き物や害意に鋭敏な様だが、僕はその括りには当てはまらないよ。僕は精霊だからね」


 レオンは精霊だと名乗った事に反応した。


「もしかしてあなたがアルフォン様か?」

「如何にもその通り、僕がアルフォンだ。エクスソードに選ばれし者よ、待っていたよ」


 何時までも戻ってこないレオンを心配して戻ってきた二人も合流して、一行は無事アルフォンと出会う事が出来た。



 アルフォンもレオン達を探していた。レオンが持つエクスソードの力を感じ取っていたので、グロンブに訪れていた事は分かっていた。


 そうして広大な洞窟を彷徨っていると、殺伐としたグロンブ内で珍しい感情を見つけた。精霊は人や物の感情に敏感で、見つけたそれは愛情である事は間違いなくとも、親愛や友愛や家族愛が入り混じった複雑なものだった。


 それに釣られて近づいた人物がレオンだった。


「僕も君達を探していたんだよ、見つかって良かった」


 アルフォンはそう言うとレオン達について来るように促す。それに従ってレオン達は後に続いた。


「僕は精霊王でもあって土の神子でもあるんだ。事情が特殊でね、火神様から事情は聞いているよ」


 ソフィアは驚いて聞いた。


「土の神子なのに他の神と交信できるんですか?」

「そこが特殊な事情って事さ、精霊は人の姿こそしているものの、その本質は自然現象に近いからね。神と人の間と言った所か、少しだけなら会話をする事が出来るんだ」


 そしてアルフォンは自分が無性であるとも語った。それ故神子も兼任出来る。


「グロンブは兎に角特殊でね、僕は王を名乗っていてもその役割は国を纏める事じゃなくて、神の死骸を世界から隔絶させ見張る事だ。方法は君達も良く知っているように隠れ里と一緒さ」


 レオン達が逃げ込んだ先の精霊の隠れ里も、魔族から一切関知されず。更にエクスソードと神授の杖を封印していた。


「と言う事は、神の死骸はそれ程の物なのか?」


 隠れ里には世界の命運を握る重大な宝具が封印されていた。その事実から自ずと導き出される答えは決まっていた。


「申し訳ないが君達の想像以上に事態は深刻さ、僕も最大限力を貸すけど、クライヴには相当覚悟してもらう事になる」


 レオンとソフィアはクライヴを見る、クライヴは落ち着きを払っているが、自らの左腕がギシギシと音を立てて震えているのを感じて、この先に待つ只ならぬ存在を予感させた。

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