三十八話
グロンブへの道のりは、前の二国とは違ってそれほど険しくは無かった。木々に囲まれた樹海に、火山の山道に比べれば苦労もなく進んでいけた。
しかし魔物の襲撃はその分多くなった。環境がよくなると言う事は、魔物達の生息域にとっても都合がいいと言う事だ。
レオンとクライヴの剣技と、ソフィアが操る魔法によって魔物は次々と退けられるが、戦闘が増えれば歩みは自然と遅くなっていく、グロンブの近くにある街々に到達するのには数週間の時間を要した。
大地の洞グロンブは人が住むには適さないが、そこで産出される宝石類は商売人にとっては魅力的だ。グロンブの周りには商人や、宝石や魔石を加工する職人などが集まって作られた中から大規模の街がいくつか存在する。
レオン達一行はその数ある街の中でも、グロンブに一番近く大きい街であるクラーフの街に入った。グロンブ突入前の準備と情報を手に入れる為の事だった。レオン達は手分けしてそれぞれの事に当たった。
「グロンブの様子かい?」
「ああ、この街の住民から見て何か変化があったりしたか?」
レオンは露店で宝石をあしらったアクセサリーを扱っている商人に話を聞いた。
「変化と言えば魔物が出現するようになった事が変化と言えば変化だが、グロンブは元々小競り合いが絶えない国だからな、争う相手が人から魔物に変わったくらいじゃないか?」
集まってきている商人達は皆逞しい、国籍はバラバラで互いの利の為に日夜激しく争っている。それは国家間の争いではなく、商人個人の争いであり、個人的に雇われている傭兵が武装して街や住人の警護を行っている。
レオン達がここを訪れるまでに魔物の被害に遭っている街は、規模を問わず無かった。それは利を守ろうとする商人達の力によるものだった。
「そう言えば最近変な事があったな」
商人は思いついたように言う。
「それを教えてくれないか?」
「うーんそうだなあ、話してもいいんだがなあ、店に来て話だけ聞いてハイさよならじゃあこっちとしてもねぇ?」
商人の露骨な催促にレオンは仕方がないとため息をつく。
「俺と同い年の女の子に似合いそうなアクセサリーはあるかな?髪は長くて翠玉色、瞳は透き通った水色だ」
「話が分かるお客さんで助かるよ。贈る相手は彼女さんかい?」
「そんなんじゃない、だけど大切な人だ」
咄嗟に否定するがレオンの耳は赤く染まっていた。商人はふーんとニヤついて箱から一つネックレスを出した。
「これなんかどうだ?」
商人が出してきたネックレスは、銀の鎖に花のチャームが付けられていた。花の花弁は宝石で出来ていて、細かく集められた薄緑色の輝きが美しい、また角度をつけて見ると宝石の色味が温かみのある薄紅色に変わった。
「この宝石はフロルと呼ばれていてな、見る角度や光によって色が変わって見えるんだ。色が変わる事に着目して花のチャームにしてみた。あまり派手な色味じゃないが、話に聞く姉ちゃんにはぴったりじゃないかな」
「チャームにしたって、これ貴方が作ったのか?」
「この店に置いてある物はどれもオイラの手作りよ。自分で見つけた宝石で、自分の満足のいく品を作る。そいつでおまんま食ってんのさ」
レオンはネックレスを手に取った。精巧に作られたそれは、お洒落を知らないレオンからしてみても価値のある物だと分かる物だった。
「分かったこれを貰おう」
「毎度あり!それで変わった事何だがな、最近精霊ノームの姿を見なくなったんだよな。あいつらは質の良い石が見つかる場所を教えてくれたり、時には石の交換なんて取引も出来た相手なのに、魔物の出現と関係してるのかね」
金を払って商品を受け取る、そして思いがけない程有用な情報を聞く事が出来た。
「ノームはまったくいなくなったのか?」
「見かけない事もないが、関わり合いが殆ど無くなったんだよ。グロンブに魔物もよく出るようになったから、どっかに隠れてるのかもな」
「そうか、貴重な情報ありがとう」
「こちらこそどうも、彼女さんと上手くやんなよ」
そう言ってにやにや笑う商人に、否定するのも面倒だとレオンは苦笑いをして去った。
宿屋にて合流した三人はそれぞれが手に入れた情報を共有した。
「私が聞いたのは宝石や魔石を運び出す人影が居るって話、真っ黒な装束を纏って組織だった動きをしていたって、魔物とは違う別の勢力がいるそうよ。一度利権で争った商人の傭兵が全滅させられたって言っていた。実力は相当なものだと思う」
ソフィアはその情報を傭兵から聞き出していた。街の内外に詳しいだろうと目星をつけて聞き込みをして情報を掴んだ。
「私は聞き込みの他に、自分の目で少しだけグロンブの様子を探ってきました。レオン様の聞いたノームの姿が消えているとの事、間違いないかと思われます。商人と連れられた傭兵、魔物には遭遇しましたが、精霊の姿は確認出来ませんでした」
クライヴは聞くだけではなく、目で見て判断しないと安心できない質であったため、先行して探りを入れた。深入りはせずに入口付近だけの調査で引き返したが、見て聞いた限り商人達も少しずつ違和感を覚えているようだった。
「精霊王アルフォン様に接触する必要があるが、肝心の居場所は分からずじまいか」
「どの人に聞いてみてもアルフォン様の姿を見た人がいなかったよ」
「想定より深刻な状況に陥っているのか、兎に角グロンブ突入は急いだ方が良いでしょう」
精霊の減少、魔物の出現定着、謎の集団と危険が多く潜んでいる事を承知の上で、レオン達はアルフォンに出会う必要があった。
グロンブで起きている異変の規模が分からないまま、手探りで挑む事になるが、レオン達に前進以外の選択肢はない。
火神から伝えられた魔族の始祖たる零落した神の死骸、それを見つけて滅する事を大目的として、土神の加護と神器を授かる為に、大地の洞グロンブへと歩みを進める事となった。




