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三十六話

 火神が話に出した大地の洞グロンブは、五大国の中でも異色の国である。


 国とは名ばかりで実態としては精霊達が寄り集まって出来た集合体で、精霊王アルフォンが代表として存在しているが、所謂顔役としての体裁しか保たれていない。


 グロンブに集まっている精霊達も、グロンブから産出される宝石と魔石、そしてそれらの発する原初に近い魔力に引き寄せられているだけで、住み心地がいいからという一点だけでそこに住んでいる。


 住んでいる精霊はノームが多く、大地の精霊の力によって宝石と魔石が多く産み出されるが、精霊は自然現象に近い存在で、物に執着を持たない。


 質が高い宝石が無料で手に入る、文句や争いを仕掛ける種族もおらず。採集に訪れる人々での争いの方が多い次第で、アルフォンが消極的に取り成しを行うだけだった。


 そんな国とも呼べないグロンブが、五大国に名を連ねてるのには理由があった。そしてその理由が、そのままレオン達の旅先を指定する火神の理由にもなる。



「グロンブには土神が居て神器があり、どうあろうと訪れるべき場所ではあります。しかしそれ以上にレオン達に出向いてもらいたい理由があります」

「その理由とは?」

「大地に空いた洞であるグロンブの底には、すべての魔族の始まりとも呼べる零落した神の死骸が残されているのです。土神はそれを見張る為に、アルフォンは土神の補佐と監視の為にそこに国を置いたのです」


 零落した神、そしてその死骸、クライヴからしてみれば初めて聞く事ばかりであった。しかしソフィアは初代星の神子アリアから事情を聞いていた。


「火神様、何故今グロンブに向かうべきなのですか?神の死骸に何か理由があるのですか?」


 ソフィアの問いかけに火神が答える。


「正しくその神の死骸が問題なのです。魔族復活が成された今、その死骸にも何か影響が出ている可能性があります。そしてクライヴ、貴方に頼みたい事はその死骸を消滅させる事です」


 クライヴに伝えられた火神の発言は寝耳に水であった。


「レオン様ではなく私にですか?」

「むしろこの試みは貴方でなければ成せない事なのです。レオンやソフィアでは相性が悪くて太刀打ちできません」


 相性という単語に引っかかりを覚える、クライヴはすかさずその事について尋ねた。


「相性とはどういう事ですか?」

「零落し、死骸と成り果てたとしても神は神。エクスソードでは抗う事叶わず、神子であるソフィアも然りです」


 そうだとしてもクライヴは自分にその役目が務まるだろうかと思った。


「討伐せよと申し付けられれば、全力で事に当たる覚悟でございます。しかし私でその大役務まるでしょうか?」

「貴方の強さ、頑強で高潔な精神力、騎士としての実力どれも申し分ありません。足りぬものがあるとすれば、神殺しの一手です。それを貴方に授けます」


 火神は掌を上に向けて広げる、そこに灯った炎にふぅと息を吹きかけると、輝く火の粉が舞い散った。そして火の粉はクライヴの左腕の義手に吸い込まれていった。


「今のは一体?」

「貴方の義手は魔力を集積して放つ事が出来ます。今授けた力は神滅ハヤギ、その力があれば放たれる光線によって神を焼き尽くす事が出来ます。貴方達の旅の助けになる事も出来るでしょう」


 クライヴは左腕を何度も確認する、動きや外見には変化が見られない、何かが入り込んだような違和感も感じられない。


「どうすれば使えますか?」

「神滅ハヤギを使う時に、解放と唱えてください。さすれば普段抑えられている威力を完全に引き出す事が出来ます。しかし注意してください、最大出力で撃った後また使えるようになるまでには時間がかかります。確実に滅する事の出来る時に撃つようにしてください」


 力の使い方については分かった。レオンやソフィアに成せない事があるのなら、それは自分が成さねばならぬ事だとクライヴは覚悟している。


「力添え感謝いたします。必ずや火神様の命果たしてみせましょう」


 クライヴの力強い宣言を聞いて火神は安心したように微笑む。


「辛い事を頼みますがよろしくお願いします。グロンブにてアルフォンと相談してみてください、死骸について何より詳しいのはアルフォンです。知恵を借りる事も出来るでしょう」

「はっ!畏まりました!」


 火神との対談を終えて去り際に、火神は三人に語りかけた。


「此度の事心から感謝しています。ベリル、貴女は火の神子として大きく成長し、役目を果たす努力を怠らなかった。ソフィア、星の神子の責務は重大です。しかし決して忘れないでください、貴女と共に在る人々の事を。クライヴ、私の話を聞き入れてくれてありがとう、勝手ですがどうか頼みます。そしてレオンにも伝えてください、最大限の感謝を」


 三人はそれぞれ火神に挨拶をし、手を振られ見送られながらその場を後にした。



 外に出るとすっかり夜になっていた。ベリルと別れたソフィアとクライヴは、そのままレオンの元に戻って先ほどの出来事を説明した。


「そういう事なら是非もない、次はグロンブに向かおう」


 レオンもすぐに了承し、目的地が決まる。レオンの体調が回復したらすぐにウルヴォルカを発つ事に決まった。


 ソフィアはその事情をバンガスに伝えに行く、クライヴは考えたい事があると言って同行を断り、一人大剣を握って構えた。


 正確な動作で大剣を振るう、洗練された動きは長年の研鑽で身に沁みついている。片腕にも慣れてきた所で思いがけず義手を取り付ける事になったが、クライヴの動きに淀みはない。


 思い描くのは常に今の自分より強い相手だった。実戦を想定し、勝つイメージを頭の中に刻み込む、強い相手に対する手立てを何通りも考えて剣を振るう。クライヴがレオンにも教えた常に欠かさない訓練の一つだった。


 人の気配を感じてクライヴは剣を止める、動きが止まった事を見計らって顔を出してきたのはサラであった。


「クライヴ殿、お久しぶりです」

「サラ様!こちらに来ていらしたのですか」

「ええ、父の命でフィオフォーリの使者の一人として来ました。レオンとソフィアには会えたのですが、クライヴ殿はまだでしたので」

「これはご丁寧に、痛み入ります」


 クライヴは大剣を鞘に納めサラと共に腰掛けた。夜でも火を絶やさないウルヴォルカは常に明るい、家や工房からこぼれる火の光がウルヴォルカの象徴とも言えた。


「腕、心配していたのですがよかったです」


 サラにそう切り出されてクライヴはああと気が付く。


「ご心配ありがとうございます。私も思いがけずに贈られた物でして、でもとても便利で体に馴染んでいます」


 そう言ってクライヴが左腕を動かして見せると、サラは微笑んで言った。


「リラが贈ったマントも変わらず大事にしてくれていて、私としても嬉しいです」

「勿論です。リラ様から頂いた大切な贈り物ですから」


 左肩にかかるマント、取り付けてもらった義手、クライヴはこの旅で贈り物を受け取っているばかりだと思った。


「私は貰ってばかりです」

「え?」


 クライヴのもらした言葉にサラが反応する。


「私も多くを失いました。追われていたとは言えかつての同胞の騎士達を皆殺しにしました。騎士団の皆は操られていただけ、それでもレオン様とソフィア様をお守りする為には斬る事は正しかった。しかし志を共にした仲間です」


 クライヴが語る言葉をサラは黙って聞いた。


「戦う理由はレオン様から、守る決意はソフィア様から、王と国と同胞を失った私を騎士たらしめるのは、皆さまから貰ったもので出来ているのです」


 左肩にかかるマントを握りしめる、リラから貰ったマントも、バンガス達が作り上げた義手も、今のクライヴを作っている。


「クライヴ殿、私は貴方が貰ってばかりであるとは思いません」


 サラにクライヴが顔を向ける。


「フィオフォーリでは勇ましく戦う貴方の姿を見て、その在り方に憧れた者達が木ノ風隊を作った。今も隊は貴方からの教えを胸に、国民を守る盾となっています。レオンやソフィアだって、貴方が居るから安心して戦えるのではないかと思います。特にレオンは無茶が過ぎる性格ですから」


 驚く顔を向けるクライヴにサラは微笑みかけた。


「クライヴ殿が貰っているばかりではなく、その分与えていると思います」


 サラの言葉にクライヴも少し肩の荷が下りた気がした。旅が始まって以来初めて柔和な笑顔をしてクライヴはサラに礼を述べた。


「ありがとうございますサラ様、貴女達御姉妹には助けられてばかりですね」


 クライヴの初めて見せた顔に驚いたサラは赤面して顔を反らす。そんな心乱れるサラとは対照的にクライヴは空を見上げ立ち上がった。


 在るがままに、成すがままに、クライヴも己が使命と向き合った。

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