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三十五話

 魔族ロッカ戦から数日が経った。戦いの余波で倒壊した家々もすでに修復が施され、レオンが取り戻した神秘の種火に加え、新たに火神から受け取りベリルとソフィアが育んだ火は、希望の種火と名付けられてウルヴォルカに熱と活気を取り戻した。


 バンガスは国の立て直しの為に東奔西走していた。王としての仕事に加えて、鍛冶職人達に混ざって必要な物の洗い出しに、戦士達を取りまとめて国防に加えて、フィオフォーリから要請のあった協力体制を布くための準備に取り掛かっていた。


 すでにフィオフォーリに向けて協力を申し出る書状を送り、フィオフォーリからも使者が行き交うようになっていた。


 そんな使者の中にレオン達もよく知る人物がいた。


「ソフィア!元気だったか?」

「サラ!会いたかったわ!」


 シルヴァンの娘サラが使者の一人としてウルヴォルカに訪れた。サラはバンガスの書状にレオン達が滞在している事が書かれていた事もあり、使者に名乗りを上げた。


「バンガス王から聞いたぞ、レオンは大活躍だったそうじゃないか」

「あーうん、まあね」

「どうしたソフィア?歯切れが悪いな」


 ソフィアの煮え切らない態度には訳があった。サラにそれを説明する為にも、一緒にレオンの元を訪れる事にした。


「レオン!?一体どうしたんだ?」


 レオンはベッドに横たわりながら苦笑いをしていた。ここ数日の間レオンは碌に体を動かす事が出来ずに横になっている他無かった。



 戦いの後人々の輪から解放されたレオンはばたっと倒れた。ソフィアとクライヴが急いで助け起こしベッドまで運び治療を試みようとしたが、外傷がまったく見当たらずに困っていた。すでに回復魔法をかけたので体内で傷があったとしても回復している、それなのに起き上がる事が出来ずにいた所、バフが訪れてレオンの症状を二人に伝えた。


「筋肉痛!?」


 ソフィアの驚きの声にバフは頷く。


「力の使い方を教えて形になるまでにはしたが、まだまだ無駄が多いからな。こればかりは時間をかけてものにしていくしかない、あの戦いでの大立ち回りは無理矢理力をぶん回しておったからの。体がついて行かず悲鳴をあげておるんじゃ」


 バフの説明通りレオンは全身くまなく筋肉痛に襲われていた。指一本動かすのにも激痛が走る程に体は疲弊しており、意識はあっても動く事が出来なかった。


「面目ない…」


 ベッドの上でレオンが二人に詫びる、動く事が出来ないのはフィオフォーリでの大戦以降二回目となった。



「成程そんな事情があったのか」


 話を聞いたサラは一通りの説明をレオンとソフィアの口から聞いた。レオンも体を起こす事が出来る程には回復していたので、サラとの再会を喜ぶと共に事情の説明に加わっていた。


「それにしても驚いたよサラ、君がフィオフォーリの使者としてウルヴォルカを訪れるとはね」

「そうか?私としてはバンガス王がエルフの申し出を受けた事の方が驚きだったのだがな」


 サラはフィオフォーリに住む者としてウルヴォルカとの確執は肌で感じていた。バンガス王の評判は代表達の間では良くなかった。その様子を近くで見ていたサラからしてみれば、こうして手を取り合う事が出来ている現状の方が奇跡的だった。


「確かにウルヴォルカの人々は直情的な性格ではあるが、話せば分からない人達じゃないさ。まああまり話し合う努力をしない人達でもあったから、そこは反省すべきだろうけど」


 レオンがそうサラに語りかけると、そうだなとサラも頷いた。


「私達もウルヴォルカとは別の意味で排他的だった。内向的というか保守的と言うか、まあでもそれが悪い事だとも思わない。要は対話と理解さ、私達は変わっていかなければならない」

「そうか…そうだな、俺もそう思うよ」


 それから暫く会話を楽しんで解散した。サラはまだ何日かウルヴォルカに滞在するらしく、また見舞いに来ると言って去っていった。


 サラは前に会った時から随分変わったとレオンは思った。強い意志と前向きな性格は変わっていないが、周囲との折り合いをつけて柔軟にものを考えるようになった。


 それは戦いを経てそうなったのか、それともまた別の影響があったのか、レオンに窺い知れるところではないが、ウルヴォルカの人々と仲睦まじく会話する姿を見ると良い変化だと思った。


「サラ良かったね、今すごくいきいきとしている」

「ああ、本当に良かったと思うよ」


 ソフィアもレオンと同じことを思っていた。確執や相性の悪さ、意見の食い違いとまだまだ摩擦は多く困難な道であるが、この変化が両国に良い風を運んできてくれる事を二人は祈った。



 クライヴとソフィアはレオンが動けないでいる間に次の目的地について話し合っていた。その二人の元にベリルが訪れた。


「お二人とも今大丈夫ですか?」

「ベリルどうしたの?」

「ソフィアさんに頼まれていた火神様との交信、火神様がご回復なされたので、呼んでくるようにとベリルが言付かって来ました」


 火神はレオンの手によってロッカの腹から取り出された。魔族の腹の中で弱り切っていた火神は、ソフィアの目的とする加護を授けるには力が戻りきっていなかった。


 そこでベリルは火神の回復の為に、祈りを捧げ神楽を舞い、ウルヴォルカに住まう人々の信仰を火神に納めた。その甲斐あって火神は順調に力を取り戻し、新たに作り上げた希望の種火も手伝い、すっかり元に戻っていた。


「ありがとうベリル、任せっぱなしでごめんなさい」

「いえ、ソフィアさんはレオン様についていているべきでした。それにこれは火の神子たるベリルの役目ですから」


 そう語るベリルの姿は、初めてあった時の事が嘘だと思えるくらいに自信に満ち溢れていた。今回の一件で一番成長を遂げたのはベリルだった。神子としての覚悟と責務を正しく理解し、それを背負う事を厭わない姿は立派な火の神子の後継者だった。


「それとレオン様が動けない今、話したい事があるからクライヴさんも呼ぶようにと言いつけてられまして、これから大丈夫ですか?」

「私が呼ばれたのですか?ご指名があるのならば付き従いますが、私のような者が神域に踏み入ってよろしいのでしょうか?」


 クライヴの懸念をベリルが払拭する。


「問題ありません、それに火神様が自ら招き入れると仰いました。何か直接伝えたい重要な事柄かもしれません」


 そういうことならばと、クライヴもソフィアとベリルに同行する事にした。神秘に触れる事が初めてだったクライヴの内心は緊張と焦りで一杯だった。



 唐突に一変する景色の中でクライヴは目が回りそうであった。ソフィアとベリルが何やら祈りを唱えていると思ったら、辺り一面が星月夜に包まれていき上下左右の感覚が分からなくなった。体が宙に浮いているかのような錯覚が襲い、クライヴは強烈な違和感に耐えていると、祈りを捧げていた神子二人が突然頭を垂れた。


 視線の先にいたのは火神であった。姿形を見た事のないクライヴでも、すぐにそれが理解できる程に神々しい存在であると感じ取れた。慌てて深々と頭を下げるクライヴに火神は笑みを浮かべながら話しかけた。


「よしてください、貴方を呼んだのは私なのですから」


 火の粉散る煌びやかな火のドレスと、揺らめく赤色と青色の炎の髪を靡かせる美しい女神が、ゆっくりと三人の前まで進み出た。


「火神様、その御髪は?」


 以前会った時とはすっかり姿が変わっているのを見てソフィアが聞いた。


「あなた達のお陰で育まれた希望の種火が私にも影響を及ぼしているのです。元は私の一部ですから、私達神は人在ってのもの。こうして互いに影響し合うのですよ」


 ソフィアと火神のやり取りを、クライヴは固唾を呑んで見守る事しか出来なかった。神子が特別な存在である事を理解していたが、超常を越えた存在と言葉を交わしている事に理解が及ばなかった。


「そう緊張なさらないでクライヴ、少しずつでいいので呼吸を整えてみてください」


 そんなクライヴの様子を察した火神は、クライヴを気遣ってゆっくりと時間を取らせた。ソフィアとベリルもクライヴの背をさすって、緊張を解きほぐした。


「お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」


 ようやく慣れてきたクライヴは火神に謝罪する。


「気になさらないで、無理もない事ですから。それよりも本題へ入りましょうか」



 火神は神授の杖を構えたソフィアに向けて手をかざす。杖の宝玉が赤色に輝き始めて、その光が一際強くなった後輝きは収まり、ソフィアの右手が熱を持ち痛み出す。


 耐えがたい痛みではあったが、これで二回目だったので声を上げる事はなかった。熱が引き痛みが治まると、右手の甲に火神を表す紋様が刻まれた。火神の加護が体の中に溶け込んで、星と木と火の加護がソフィアの体に調和した。


「ありがとうございます火神様、ご加護確かに受け取りました」

「星の神子よ、我が力役立ててください。火の加護は貴女に火を操る魔法を授け、燃え滾るような闘争心を人に与え、類稀な膂力を引き出します」


 ソフィアは手の甲を見つめる、木神の紋様の隣に火神の紋様が刻まれている。ソフィアが加護を集めていけば、レオンもエクスソードを介してその力を得る事が出来る。また一つ目的に近づいた事を確かめるように右手をギュッと握りしめた。


「それで、火神様話があるとの事でしたが」


 クライヴが聞くと、火神はゆっくりと話し始めた。


「貴方達の次の目的地についてお話があります。私の願いを聞き入れていただけるのなら次に向かう国は大地の洞グロンブへ向かっていただきたいのです」


 目的地についてまだ相談している段階であった今、提案に乗る事に何ら問題はない、しかし火神の深刻そうな表情を見て、二人はより深く話を聞く事にした。

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