三十三話
火王の鎧がレオンに装備される、着るのを手伝っていたクライヴにレオンは声をかける。
「クライヴ、その左腕はどうした?」
クライヴはそう言えばというように左腕を動かして見せた。
「この義手はバンガス様達が私の為に作ってくださって、私には仕組みがよく理解できませんでしたが、もうすっかり自分の体の一部のように馴染んでいます」
「そうか、バンガス様も最強の騎士であるクライヴの姿を見て心痛めていたのかも知れない、俺からも後で礼をしないとな」
レオンは火王の鎧を着てマントを翻す。森羅の冠を頭に、腰にエクスソードを下げて、敵を見据えた。
「レオン、本当に一人で大丈夫?」
傍で心配そうな顔をしていたソフィアがレオンを案じる。
「ああ、心配いらないよ。それよりクライヴと協力して国民の避難と警護を頼んだぞ」
「それは勿論お引き受けしますが、やはり私も心配です」
クライヴも流石に苦言を呈する。しかし突然背後から声が聞こえてくる。
「心配いらんよ、今のレオンなら」
気配もなく背後に立たれて、ソフィアとクライヴは驚いて振り返る。そこに居たのはバフだった。
「バフ爺さん気配を消して驚かせる遊びはやめろって」
「何を言う、儂はまだまだ若人をからかって遊ぶぞい。お前にもう通じなくなったから反応が新鮮で楽しいからな」
レオンはバフと談笑している、二人がぽかんと口を空けているとベリルがバフに気が付いて駆け寄ってきた。
「お爺様!こちらに来ていたのですか!?」
「おお、ベリル久しいの。暫く顔を見せんですまなかったな」
ベリルがバフに抱き着く、祖父に甘える姿はまだまだ子供らしい姿だった。
「ソフィア、クライヴ、紹介するよ。俺にエクスソードの力について色々と教えてくれたバフ爺さんだ。俺も後に知った事だが、ベリルの祖父だったんだな」
「お主が星の神子ソフィア様じゃな、孫娘が世話になったようで感謝しとるよ」
そう言って頭を下げるバフにソフィアは慌てる。
「そんな頭を上げてください、今回の一件で頑張って結果を出したのはベリルです。私は言われるがままに力を貸しただけで」
「それでもベリルの味方になってくれた事がこの子のやる気を引き出させたのじゃ、星の神子様のお陰じゃ」
バフと一緒にベリルも礼を述べて頭を下げた。ソフィアは困りながらも二人に笑顔を向けた。
「さて礼も済んだ事じゃ、お主がクライヴだな。レオンの剣の師、立ち振る舞いからして手練れとよう分かる。バンガスと国の戦士共と協力して事に当たるぞ、レオンの邪魔にならんようにせんとな」
そう言うとバフはクライヴとソフィア達を連れて行った。レオンは深く息を吐き出すと、エクスソードを鞘から抜き放った。
「バフ様、少し聞いてもいいですか?」
クライヴは国民の避難を終えてバフに声をかける。
「おお、何でも聞いて良いぞ。儂に答えられるものならな」
「では聞きますが、今のレオン様は以前とどう違うのですか?」
クライヴはずっと疑問に思っていた。確かにあのロッカの拳を片手で受け止める所を目の前にした。それでも一武芸者として見て、レオンにどこか変化があったようには見えなかった。
「クライヴ、お前の目は確かじゃな。他の者が見てもレオンが以前より強くなったようにしか見えんだろうに、そこに気が付けるのはお前くらいであろう」
バフは素直に感心した。クライヴは戦士として完成されているだけでなく、慧眼もある。
「レオンにな、身体的な変化というものは一つもない。まあ儂との特訓で少しだけ体の動かし方を変えたから、変化というのならそれくらいだろう」
「ではあの未知の力は?」
「あれは未知の力ではない、お前も儂も生きるものすべてに備わっている力だ。ただ意識して使う事が出来るか、出来ないかの違いだけなのだ。そしてエクスソードに選ばれたレオンならば、誰よりもその力を引き出す事が出来る」
バフは腕を組み真っ直ぐにレオンを見つめる。
「見ておけクライヴ、エクスソードに選ばれた者の力を」
魔族ロッカは対峙するレオンの姿を見て笑う、殴りがいのある相手、殺しがいのある相手、不足はないと考えていた。美味しそうで楽しそうで、やりすぎてしまわないかと思っていた。
レオンは静かにエクスソードを構えた。剣先をロッカに向けてぴたりと止める、笑うロッカに対してレオンは実に冷静で、無感情にも等しかった。
バキバキと音を立ててロッカの筋肉が盛り上がる、ただでさえでかい体が鋼のような筋肉が膨れてさらに大きく見える、ロッカはべたっと地面につく程姿勢を低くしたかと思うと、バネに弾かれるような勢いで地を蹴って突っ込んだ。
ロッカの突進は人の目で追えるようなスピードではなかった。速すぎる筋肉の塊がレオンに直撃したようにしか見えなかった。轟音が響き渡り、誰もがレオンが無事ではすまないだろうと目を瞑った。だがクライヴとバフには違うものが見えていた。
「す、凄い」
クライヴは思わず言葉を漏らした。
レオンは無傷だった。それどころか突進してきたロッカを躱し、頭を掌で地面に叩きつけていた。轟音は衝突の音ではなく、ロッカが地面に埋め込まれる音だった。
埋め込まれたロッカの体をレオンは蹴飛ばした。巨体が宙に舞い地面に衝突する、ロッカは立ち上がって鼻から流れる血をふんと一息で飛ばした。
「おいおいおいおい、どういう事だあこれは?」
ロッカの顔から笑みが消えレオンを険しく睨み付ける、そんな相手を挑発するようにレオンは人差し指をくいくいと動かした。
レオンの余裕ある態度にロッカは怒る、ぐわっと近づいて目にも止まらぬ拳の連打を雨の如く浴びせる。一撃一撃が当たれば致命的な攻撃を、レオンは見て躱す。軽快な足取り、身の捻り、体を反らしてすべて紙一重で避ける、攻撃が当たらない苛立ちからロッカはさらに拳の勢いを上げていくが、激しくなればなるほど動きは単調になっていく。レオンは森羅の冠が映し出す絶好のタイミングで拳を剣で受け流し、返す刀でロッカの手首を斬り飛ばした。
「うぐぉおおお!」
うめき声を上げてロッカの動きが止まる、レオンはその隙も見逃さない。自らも拳を握り、ロッカの顔面を真っ直ぐに殴り抜いた。
「ぷぎっ!!」
鼻を折られて間抜な声を出すロッカ、このままでは拙いと判断し後ろに大きく飛び退いた。だがレオンは攻撃の手を緩めない、飛び退くタイミングで自分は前に出て飛び膝蹴りを叩きこむ、ロッカは後ろに跳んだ勢いも合わさり三軒の家をぶち抜いて吹っ飛ばされた。
土煙の中立ち上がるロッカ、体にはガラスや壁の破片が突き刺さっている。土煙の中から出ると目の前にはすでにレオンが居た。
「ひっ!」
ロッカは思わず身を固める、そんな事は関係ないと言わんばかりにレオンはロッカの腕を掴んで投げ飛ばす。地面をこする度に刺さった破片が体に食い込んだ。痛みに呻くがやられてばかりではいられないロッカは、地面を拳で砕いて掬い上げた。
破壊の力を使って岩を細かく砕く、それをレオン目掛けて思い切り投げつけた。砂礫は広範囲に勢いよく襲い掛かる、レオンは火王の鎧のマントを掴みばさりと煽った。マントから発せられる熱気を受けて砂礫はレオンに届く前にすべて燃え尽きた。
しかしそれはロッカにとって想定内であった。目くらましの為に使った物で、拳と違って広範囲に飛び散る砂礫は避けきる事は出来ない、レオンが確実に防御に移ると踏んでいてた。破壊の力で周りの家を次々と崩壊させて、レオンの周りを土埃で包んだ。視界を完全に奪ったところで、土埃に向かって瓦礫をどんどん投げつけた。ロッカの剛力で投げつけられた瓦礫は、当たれば大砲の弾に匹敵する威力で、見えない所から豪速で飛んでくる瓦礫を避ける事など出来ないと、ロッカは投擲の手を止めなかった。
土埃が収まりロッカも投擲を止める、徐々に姿を現すレオンがボロボロになっているものだと想定していたロッカは驚愕した。
無傷。レオンは無傷だった。足元には切り捨てられた瓦礫が転がっている、奪われた視界の中豪速で飛び交う瓦礫をすべて切り捨てた。
「何なんだお前は…一体何なんだ!!」
ロッカは恐怖を感じて飛び掛かった。ここまで手玉に取られて、何も出来ずにただ蹂躙される経験は初めてだった。今すぐ目の前の異物を排除しなければ、その一心で拳を振り下ろした。
「俺はお前達が弄ぶ人間と同じ存在だよ」
振り下ろされた拳を躱しレオンはロッカの腹を切り裂いた。そして開いた傷口に手を突っ込み神秘の種火を取り出した。血を吹き出しながら倒れるロッカは、地に伏せる瞬間にその姿を消した。
「魔王アラヤ、回収したか…」
ロッカを仕留める事は叶わなかったが、魔族を退け種火を取り戻したレオンは、エクスソードを天に掲げて勝鬨を上げた。呼応するようにウルヴォルカの民達も声を合わせて叫んだ。




