三十二話
ソフィアとベリルは火神から授かった種火を炉に入れた。今だか細い火はゆらゆらと揺れている、種火を前にしてベリルは自分の考えをソフィアに話し始めた。
「ソフィアさんはウルヴォルカに来る前に、フィオフォーリで木神様のご加護を受けている、そうですよね?」
ソフィアは頷いて右手の甲をベリルに見せる、木神の紋様が刻まれているのを見てベリルは話を続けた。
「火神様から授かった種火はまだ弱弱しく、神秘の火種の代わりにはなりません。そして火神様の力が失われつつある今、ベリルが皆の祈りを届けてもそこまで火を大きくは出来ないでしょう」
「そうね、私も同じ考え」
ソフィアの同意にベリルは頷いた。
「ベリルは瞑想の場に籠っている間文献を読み漁っている時に、伝説の御伽噺のようなものを見つけました。その話で、木神様が火神様を助けている場面があったんです」
「その話私も読んだことあるかも、五神様がそれぞれ助け合ったりいがみ合ったりするのよね」
「そうです。それで思いついたのですが、木は火が燃えるのを助けますよね?」
ベリルの発言の意図に、ソフィアも気付いたと言わんばかりに手を叩いた。
「そっか燃料ね!」
「上手くいくかは分かりません。だけど私の火の神子としての力を種火に捧げて、ソフィアさんの木の加護を与えれば、火はより強く燃え上がるのではないでしょうか?」
ソフィアはベリルの手を取った。驚くベリルの顔をソフィアはきらきらとした目でしっかりと見据えた。
「流石だよベリル!やっぱり貴女は凄い、私はそんな事思いつきもしなかった。きっと上手くいく、いや私が必ず上手くいかせてみせる!だから一緒にやろう」
ベリルはかあっと顔が熱くなるのを感じた。嬉しさと気恥ずかしさが入り混じって下を向く、ぐちゃぐちゃとした感情が心の中で渦巻いた。自分の考えに自信が無かった。神子として出来る事など無いと思っていた。しかしウルヴォルカで生きる人達を見て、偉大な父と神子の役目を引き継いだ母を想い、共に悩み神子として導いてくれたソフィアの力を借りて火神と交信に成功した。新たに希望の火を託され。
万感の思いでベリルは顔を上げた。
「やります!力を貸してください!」
炉の火は静かに揺らめく、前に立つは二人の神子。
火の神子は跪く、胸の前で手を組み祈りを捧げる。ウルヴォルカに生きる人達の声を願いを希望を、その力を集めて神子は火にくべる。
すると小さく頼りなかった火は、徐々に勢いを取り戻す。祈りと願いを注ぐ事によって神という器は満たされていく、炉の火は高く立ち上り星を散らすように火の粉を飛ばした。
星の神子は神授の杖を手に願う、授けられた木の加護の力を燃料に、火はさらに強く強く燃え上がる。その場は二人の神子と燃え盛る火によって神秘に満ちていた。
「ベリル、ソフィア、目を開けなさい」
深く集中していた二人は目前からの突然の声に驚く、顔を上げて目を開くと炉の火は透き通るような青色に輝き、その火の奥に火神が浮かび上がっていた。
「二人共よくやってくれました。新しい種火は今ここに完成しました。私の小さな力の欠片を人々の手によってよくぞここまで大きく強くしてくれました。感謝いたします」
「では火神様、これでようやく…」
ベリルの言葉に火神は頷いた。
「人と神との絆の証、神器の製造に取り掛かってください。炉にこの火を灯し、火の国ウルヴォルカを取り戻すのです」
火神がそう言うと、国中の炉に一斉に新しい火が灯り始めた。業火山が震え、国中に火と熱が戻り始めた。
神子達の尽力によって、失われた火に代わり新たな火がウルヴォルカについた。
燃え上がる火を前にして国民は沸き立つ、そして以前のような熱が国を包み込む、火と熱と鉄の音響く豪気な国が復活し始めた。
王バンガスと職人たちはソフィアとベリルに感謝を述べると、神器の完成を急いだ。足りなかった物が戻った今彼らの勢いを誰も止める事は出来ない、それぞれの作業が急速に進められて国中がお祭り騒ぎの様な活気に沸く、本来のウルヴォルカの様相に戻って行った。
ソフィアとベリルも手伝いに慌ただしく駆け回り、クライヴは義手の調整を兼ねて力仕事に従事していた。
そしてついに、新しく作り上げられた神器「火王の鎧」は完成した。白銀に輝く鎧に取り付けられた真紅のマントには、新たな火の色を思わせる青色の模様が施されて、中央には火神の紋章が刻まれた。鎧を見た者すべてに火炎と勇気を思い起こさせる至高の物が出来上がった。
国民は達成感を心に、勇気を胸に、気概を手に取り戻した。
バンガスは希望に満ちた国民の顔を見て一人涙した。国王として自分はすっかり腑抜けてしまったとそう思っていた。しかし皆の喜ぶ顔を見て、自分に出来る事としなければならない事を思い出す事が出来た。いつまでも魔族にでかい顔されたままでいられない、戦いの時は来た。そう思った。
しかし肝心の火王の鎧を装備するレオンがまだバフの所から戻ってきていなかった。神器はレオンの為に作られた物、本人がいなければ意味がない。
「クライヴ、レオンはまだ戻らないのか?」
「それが私にも分からなくて、何度か無事だと知らせに顔を見せに来ていましたが、それ以外の時間はずっとバフ様と一緒に居るようでして」
バンガスは苛立ちを誤魔化す為に頭を乱暴に掻きむしった。出迎えに行きたいのだが、それをレオン本人から止められていた。バンガスだけでなく、ソフィアやクライヴまでもそう言い含められている。
ソフィアとベリルも合流してレオンの帰りを待った。心配そうにそわそわとしているソフィアにベリルが声をかける。
「大丈夫ですよソフィアさん。お爺様は状況の変化をもう感じ取っている筈です。修行だってきっと上手くいっていますよ」
「ありがとうベリル、でも何か嫌な予感がするの。レオンがと言うよりもっと違う何か…」
ソフィアが言い切る前に、街中から何か大きな物が落ちてきたかのような轟音が響き渡った。
「広場の方からだ!」
バンガス達は全員屋敷から飛び出す。ソフィアの嫌な予感は当たってしまった。
広場に大岩と見まごう大男が仁王立ちしていた。山から一跳びで着地したため、地面がクレーターのように沈み込んでいる。
「腹の火が大人しくなっておかしいと思って外に出てみたら、随分明るくなったじゃあねえかよ!」
そう言って大笑いするのは魔族ロッカだった。
「坊主がいねえなあ、尻尾巻いて逃げたかよ?まあ俺様はどっちでもいいがな。いい加減じっとするのも飽きてきたからな、時間切れだぜ!皆殺しだ!」
ロッカの雰囲気ががらりと変わる、息苦しく押しつぶされるような殺気をその場にいた全員が感じた。ソフィアとベリルは動けなくなり、バンガスも震えが止まらなくなった。クライヴでさえ一筋の汗が額から垂れた。
「丁度いい獲物が近くにいて助かったぜ、どれ食っても美味そうだ」
ロッカがぎらりと睨みつける、クライヴは大剣を抜いて構え前に出た。
「お前は一番美味しそうだから勿体ないな、しかしごちゃごちゃ言うのは性に合わねえ、お前から殺してやるよ」
巨体には似つかわしくない跳躍をし、振り上げた拳でクライヴに殴りかかる。それに対応しようとしたクライヴの前に、目にも止まらぬ速さで何者かが躍り出た。
クライヴの前でロッカの拳を片手で受け止めたのはレオンだった。
「おおっ?」
拳を引こうとするロッカは困惑した。掴まれた手がびくともしない、ぎりぎりと握力を強めて締め付けられる度に鋭い痛みが走る。
「皆遅れてごめん、でももう大丈夫。ここは俺に任せてくれ」
レオンは驚きの顔で固まる皆に笑顔を向ける。
「坊主、少し見ない間に変わったなあ!どんなからくりだ?」
「変わったように見えるか?お前の目も存外節穴だな」
「何だと?」
「変わったんじゃない、力が使えるようになったんだ。俺は俺のままだよ、さあロッカ一対一でやろう。お前の高慢な鼻っ柱をへし折ってやるよ」
レオンの不敵な笑みを見てロッカも笑った。ロッカにしてみれば御馳走が眼の前に飛び込んできたも一緒だった。
手を離されたロッカが距離を取る、レオンはバンガスに声をかけた。
「火王の鎧完成したんですね」
「あ、ああ」
「突然で申し訳ありませんが、鎧を譲り受けてもいいでしょうか?」
「それは勿論、お前の為の装備だ使ってくれ」
バンガスはクライヴに声をかけて鎧を取りに行かせる。人間対魔族一対一の大喧嘩が始まろうとしていた。




