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三十話

 謎の老人の後を追うレオン、高齢とは思えない速さで歩く背中を追う事は一苦労だった。


 街外れの開けた場所で老人は立ち止まる、息が上がっていない老人に対してレオンは少しだけ呼吸を乱していた。


「爺に追いつくのにその調子かい?」


 老人はけらけらと笑いながらレオンに聞く。


「あんた何者なんだ?」


 息を整えてレオンは聞き返す。


「儂はただの老いぼれよ、少し長生きしとるだけのな。まあそれはどうでもいい事よ、名前は何だったかな?」

「レオンだ」

「レオンよ、エクスソードがどんな代物か分かっているか?」

「初代オールツェル王が振るった。神々と人とが作った破邪の剣だと聞いている」


 老人は分かっていないなと言いたげに首を振った。


「それはな、大層なもんだ。剣に使われた金属は神々の力宿る特別な物、五神と星神の神子の祈りが込められ、人々は力を合わせてそれを作った。その刀身は欠けも朽ちもせず、常に瑞々しく輝く、斬りたいものを正しく斬り、それを振るう者には常に力を授ける。だがな、本質は何だ?」


 老人の問いの意味をレオンは図りかねた。エクスソードの本質と問われても、何と答えていいかレオンには分からない、そんな事を考えた事が無かった。


「分からんか?」

「というより考えた事がない、この剣がとてつもない力を秘めていて、その力の一端を使っているが。聞きたい事はそう言う事じゃないんだろう?」

「ああ、それを理解出来なければ剣はいつまで経っても本当の姿を目覚めさせないだろう」


 どういう事だとレオンは思った。フィオフォーリで使った加護を受けて放った一撃より強力な何かが、このエクスソードに秘められているのだとしたら、レオンはそれを知って使えるようにならなければならない。


「貴方はそれを知っているのか?」

「バフだ」

「え?」

「儂の名前、バフと言う。レオンそれを知りたいか?」


 レオンはバフに問われ頷いた。


「なら教えてやる。明日の朝またここに来い、待っとるぞ」


 それだけ言うとバフは足早にレオンの前から去っていった。やはりレオンには止める間も無く、先程より軽やかな足取りで素早かった。何が何やらという気持ちのまま、それでも何かを知っているのなら聞かなければならないとレオンは思った。


 次の日の朝、レオンは早朝から約束した場所で待っていた。


 朝に来いとバフから指定されたが、具体的な時間を指示された訳ではなかった。仕方がないので毎朝の素振りをしながら待つ事にした。


「ほっほっ精が出るのレオン」


 突然の声に驚いてレオンは振り返る、声の先にはすでにバフが居た。レオンはまったく気配もなくどうやってここに来たのか不思議に思った。


「バフ爺さん、あんたいつの間にここに居たんだ?」

「気づかないとはまだまだ未熟未熟、老いぼれの気配一つ感じ取れんとはな」


 指摘されむっとしたが、同時にその通りだとも思った。人一倍気配に敏感になってきている筈で、事実すでにクライヴよりも先に魔物に気が付くようになっていた。それなのにバフには気が付かなかった。素振りの最中でも気を抜いた事はない、むしろその時間は特に気を張っている、それを掻い潜られたとすれば良くないとレオンは思った。


「ま、それでも剣の腕前は見事なものじゃ。鋭く速く正確、ただ闇雲に振るうのではなく実践を想定しているのは誰かの教えか?」

「仲間の騎士が俺の剣の師匠だ」

「そうか、良い師だ。教え方も完璧だな、戦士としての技量はもう一角のものだな」


 クライヴの事を褒められて内心満更でもないレオン、しかしバフが続けた言葉に眉を顰めた。


「それだけの技量を持ち合わせておきながら、握っているのが棒切れとはな」


 レオンが振るっていたのは宝剣エクスソード、神と人との絆を示す希望の証、それを棒切れ呼ばわりされてはレオンも黙ってはいられなかった。


「俺を馬鹿にする事は構わない、だけどこの剣を貶めるような言葉は謹んでくれ」

「お、挑発に乗ってきたな。それでいいそれでいい、建前は大切だからな。ほれ」


 バフはレオンの足元に拾ってきた棒切れを一本投げた。もう一本の棒切れはバフが握っている。


「勝負といこうじゃないかレオン、お前が勝ったらその剣について儂の知りうる洗いざらいを説明してやろう、勝てればだがな」


 棒切れを手でくるくると回しながら、バフはちょいちょいと指を動かしレオンを挑発した。足元の棒切れを拾い上げて構えるとレオンはバフに問うた。


「決着はどうつける?」

「儂がまいったと言ったらお前の勝ち、儂に勝ちはなくお前に負けはない」


 勝つまでやれ、バフはレオンにそう言った。


 始まりの合図などなく勝負は始まった。


 普段振っている剣より軽く形も歪な棒切れでも、レオンの攻撃に隙はない。縦横無尽、変幻自在に棒を振る、どれもが真剣であったら致命的になりうる攻撃だった。


 しかしそんなレオンの猛攻を、バフはすべて躱す。大きな動きは無く、足を引き半身を反らせ体を捩り、死角からの攻撃でさえ紙一重で躱す。相手にしているレオンはまるで風を斬っているような感覚に襲われた。


「ほれ手が止まっとる」


 猛攻の中レオンの疲弊の一瞬の隙間にバフは攻撃を差し込む、叩かれた手は棒切れとは思えない程重くて痛い、思わず声を上げてレオンは下がる。叩かれた手はじんじんと痛むが怪我はなかった。


「ほっほ、さあさあまだまだ」


 バフはそう言ってにやりと笑う、その態度に向きになってまた攻撃を仕掛けるも、そのすべてを躱されてしまう。そして攻撃のお返しと言わんばかりに、レオンの攻撃をバフは出足で止めて、無防備になった足元を払った。姿勢を崩されたレオンはどさりと地面に転ばされた。すぐに立ち上がって体勢を整えるも、息が上がり始めているレオンに対し、バフに疲れはみられない。


 結局日が暮れかけてきた頃まで戦っていても、レオンは一撃もバフに入れる事は出来なかった。逆に手や首胸に腹にと打ち込まれて、何度も転ばされ崩され地に伏したのはレオンだった。


 しかしレオンは何度打たれても転ばされても立ち上がった。その目から輝きは失われる事なく、倒される度に考えて攻撃に引っ掛けや誘いを組み込み、硬軟織り交ぜた攻撃を繰り出した。レオンに諦めるという選択肢は無い、どれだけ無様に甚振られようとも戦う意志に一つも陰りを見せなかった。


「こいつはすげえ、筋金入りだ。レオン、まいったよ降参だ。お見事」


 バフが構えを解いたのを見てからレオンは膝から崩れ落ちた。体力の限界はとっくにきていて、意地と精神力だけで戦っていた。バフはそれを見て、ぱちぱちと短いながらも拍手で健闘を称えた。


 レオンが目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。体を起こして辺りを見まわすと、どこかの家の一室に寝かされていたのが分かった。


 立ち上がって体を確認する、細かい擦り傷はあったが目立った外傷はなく、多少の疲労感だけが残っているだけで問題はなかった。エクスソードは壁に立てかけられていて、レオンはそれを持ち部屋を出た。


「おう、起きたな。取りあえず飯を食え」


 扉の開く音に気が付いたバフがレオンを手招きする。テーブルには沢山の料理が並べられていた。誘われるがままに席について手を合わせる、いただきますと礼をしてレオンは料理に食らいついた。疲労に満ちた体に美味い料理が染み渡る、腹の底から元気と熱が沸き立つようだった。


「ご馳走様でした」


 食事を終えてレオンは手を合わせた。バフは嬉しそうにうんうんと頷いてレオンにお茶を一杯注いで手渡した。


「いやあいい勝負だったレオン。エクスソードに選ばれた者として申し分ない結果じゃ」

「そうだろうか?一方的に叩きのめされただけに思えるが」


 お茶を受け取ってぐいと飲み干す。レオンはようやく人心地ついた。


「いやいや、儂が見たかったのはあの覚悟。どうあろうとも立ち上がる強い覚悟が見たかったのじゃ、それに真剣でやり合えばお前さんの方が儂より遥かに強いわい」


 バフはそう言って自分もお茶を一口飲んだ。


「本当か?俺にはそうは思えないが…」

「儂はもう老いぼれだと何度も言っておろうが、剣なんぞ重たい物振り回せるか、棒切れだったから勝負になったんじゃ」


 バフの言葉にレオンは納得がいかなかった。


「そうは言っても、俺の攻撃はすべて躱されてたし何度も打ち込まれたじゃないか」

「そこは年の功じゃ、年季が入って基本的には役立たずじゃが、それなりの知識や立ち回り方だけはあるって事よ」


 やはりいまいち納得がいかなかったが、その問答の前にバフが本題を切り出した。


「勝負はお前さんの勝ち、約束通りエクスソードについて色々教えてやろう」


 テーブルの上を片づけてエクスソードをそこに置いた。レオンとバフは剣を挟んで話を始める。


「まず初めに儂がお前に問うた本質の答えだが、どの武器にも当てはまる事だ。詰まるところどれ程の美辞麗句で飾った所で、そいつが使いようによっては沢山の命を奪える力を持つ暴力の道具である事は変わらん事よ」


 成程とレオンは思った。初代王はエクスソードの力を悪用されないように、強大な力を手放し封印した事を思い出した。


「儂はお前さんがその本質を捻じ曲げちゃいないのは分かっとる、しかし理解しているかいないかの差は大きいぞ。今お前さんを突き動かしているものはなんだ?」

「命を弄ぶ魔族を討ち果たし国を取り戻す。その一心のみ」

「それをな人は正義感と呼ぶのだ。そして正義とは時により残酷な結末を招く事を忘れてはならん。お前さんは心配いらぬようだが、力はそれを可能とする」


 バフの言で初代王がエクスソードを封印した理由がレオンにも分かった気がした。力をどんな事の為にどんな目的で使うのかを、力を持つ者は常に自分を問いたださなければならない、それがどんなに難しい事かは言われなくともレオンには分かっていた。


「成程、バフ爺さんの言っていた事が理解できた気がする。エクスソードは確かに象徴的な物であるが、剣である事を忘れてはならないと言う事だな」

「そうだ。そいつには人々の希望となり闇を切り払う力がある、だがそれを叶える為に剣をどう扱うかは常に持ち主が考え続けねばならない、ゆめ忘れるでないぞ」


 エクスソードは人々の願いと神々の奇跡が込められた特別な力がある。しかしその力は突き詰めて言うと暴力であり、叶えたい願いが為にそれを振るう時持ち主はその責任と向き合わねばならない、レオンはそれを心で理解した。

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