二十九話
ソフィアとベリルは瞑想の場に急いだ。交信に成功したとはいえ火神から感じ取れる力はまだ弱く微かなものだった。
二人は瞑想の場で祈りを捧げた。神授の杖を介して火神の呼びかけると、辺りの景色が変わり二人は真っ暗な闇の中に居た。そしてその空間の中央には弱弱しい火を身に纏う火神が横たわっていた。
「火神様!」
二人は慌てて火神に駆け寄る、燃える火のドレスを身に纏い、炎の髪を美しく揺らす女神が火神の姿だった。しかし今その体は小さくなり、火も消え入りそうになっていた。
「ベリル、よく応えてくれました。そして星の神子よ、会うのは初めてですね」
「はい、ソフィアと申します」
「ソフィアよベリルをよく助け導いてくれた事を感謝します。そしてベリル貴女もよく神子としての役目を果たしました」
火神の言にベリルは首を横に振った。
「ベリルは何も出来ませんでした。こうして声を聞く事が出来たのも、ソフィアさんが居なかったら…」
そう言って暗い顔をするベリルを火神は優しく諭した。
「それは違います。ベリルが様々な方法で私に語りかけて続けてくれたお陰で、私は火を消す事なく保つ事が出来たのです。一人であったらきっと諦めて消えていた事でしょう、しかし貴女が私に語り掛けウルヴォルカの人々の願いを届け続けてくれたから、今こうして私達は出会う事が出来たのですよ」
ベリルの交信は失敗していなかった。声は確かに届いていて、願いは火神の希望となっていた。懸命に方法を探してもがいた時間は無駄ではなく、消えかけていた火を消さない為に諦めなかった証であった。
「しかし火神様、何故今になって交信が成功したのでしょう?」
疑問に思っていた事をソフィアが聞く。
「それはベリルが神子として成長したからです。私は弱っていて力が足りなかった。私の力不足で声に応える事が出来なかったのです。しかしソフィアがベリルの心の成長を促してくれたお陰で、ようやく私の微かな力でも届かせる事が出来た。二人とも本当によくやってくれました」
この成果は、ウルヴォルカの民が皆諦めかけていた時に、一人火の神子として諦めずにいたベリルの努力が結実したものだった。神子は希望の火を人知れず守りきったのだった。
二人は今ウルヴォルカで起きている事を火神に説明した。神秘の種火をロッカに飲み込まれて以来、力を急速に失ってしまった火神は現状をまったく把握できていなかった。
「そうですか、新たな火王の鎧を皆の力で生み出そうとしているのですね」
「バンガス様がウルヴォルカをもう一度燃え上がらせる為に思いついたのです。皆神器の製造という大仕事にやる気を取り戻しました」
「流石はバンガス王です。自分を含め国民の事をよく弁えている、皆に活気が戻った事も私が少しだけ力を取り戻す事のできた要因です」
火神は嬉しそうに笑顔で頷いた。
「しかし火神様、それには大きな問題が残っていまして、ベリルはその為に火神様に交信を試みていたのです」
「分かっています。神秘の種火ですね」
火神そのものであり、人に与えられた火神の加護でもある神秘の種火は、炉に灯せばどんな金属でも溶かし、その火で作った物に火神の加護を授ける特別なものであった。
「神器は人と神の力を合わせて作られた物、火神様のお力が必要不可欠です」
「その通りです。そして人々が新しい物を作り出そうとしているのなら、私もまた新たな火を皆に授けるべきでしょう」
火神は手のひらをかざした。そこに小さな火がぽっと灯る、それは弱弱しく頼りなくて今にも消えてしまいそうだった。
「ベリル、この新たな火を貴女に授けます。その火はまだ生まれたばかりの小さく弱い力しか持たないもの、しかしどんなに小さな火であろうとも、人々の願いや熱意がその火を大きく強く燃え上がらせる事でしょう。そしてそれが出来るのは火の神子である貴女です」
ベリルは火神が差し出した火を、恐る恐る手のひらで包むように受け取った。吹けば消えてしまいそうな火を見て、ベリルは不安を募らせる。
「ベリルにそんな重要な事が出来るでしょうか?もしこの火がベリルの力不足で消えてしまったらと、ベリルはそんな事を考えてしまうのです」
ベリルの震える手を、火神はそっと両手で包み込んだ。
「大丈夫、私は貴女を信じています。だから貴女も私を信じてください、きっと貴女が新たな希望になると信じていますよ」
ソフィアもベリルの肩に手を置いて言った。
「私もベリルを信じているわ、貴女はこうして人と神を繋いだ。誰から何と言われ様とも立派な火の神子よ」
火神とソフィアの言葉を聞いて、ベリルはいつの間にか自分の体の震えが収まっているのに気が付いた。期待や責任を重く思う気持ちは確かにあるが、自分を信じて励ましてくれる人たちがいる。そう思うとベリルは不安な気持ちより、信じてくれた事に応えたいと思うようになった。
「では火神様、ベリル達は行きます。必ず火神様をお救いし、ウルヴォルカに火を取り戻します」
ベリルの力強い言葉に、火神は嬉しそうに微笑んだ。
火神からの新しい種火、バンガスはそれを聞いて大いに喜んだ。そして国民にその事を伝えて、ベリルの活躍を称えた。
沢山の人に囲まれて称賛の声を受けるベリルは、困ったような顔をしていたが、ソフィアには誇らしく見えた。
「ベリル、やったな!俺達も誇らしいぜ。お前は諦めずに戦い続けていたんだな、恥ずかしいよ」
「そんなことありません、ベリルも何度も挫けそうになりました。でもその度にお父様とお母様の顔を思い出したんです。二人ならきっと諦めないって」
「そうか…その通りだな。俺もせがれから怒られたよ、父ちゃんがだらしないからベリルが大変なんだってな」
「マットがそんな事を…」
マットの父親はベリルの肩をぽんと叩いて言った。
「俺達も諦めずに戦ってみるからよ、ベリルだけにいい所を持ってかれないようにな」
そう言って笑い声を上げてマットの父親は去っていった。
「よかったねベリル」
「ソフィアさん」
ソフィアはベリル達の会話が終わるタイミングで声をかけた。
「皆に元気が戻ってきた事が喜ばしいです。でもベリルの力が本当に必要なのはこれからです。火神様から授かった火を神秘の火種と同じくらい大きくしなければ」
「方法は考えてあるの?」
「実は少し考えがあります。その為にソフィアさんのお力をお借りしたいのですが、いいでしょうか?」
申し訳なさそうに聞くベリルにソフィアは笑って答えた。
「勿論いいに決まってる。私も神子で貴女と同じ、力を合わせて頑張りましょう」
ソフィアの迷い無い答えを聞いてベリルも安堵の表情で胸を撫でおろした。二人は考えている方法を検討するためにベリルの家へと戻った。
レオンは一通りの採寸や調査が終わってからやっと人々から解放された。皆のやる気が戻ってよかったと思っているが、職人気質の人達が集まって話し合いを始めると、本人そっちのけで様々な相談が始まってしまい、その熱量の中にいると中々に堪えた。
体の疲弊より精神の疲弊を覚えながらバンガスが用意してくれた宿に戻る途中、道端で佇む老人に声をかけられた。
「お前さんの腰の剣、見覚えがあるなあ」
老人はかなり高齢に見え、腰や背も曲がっているが。ただならぬ風格を身に纏う不思議な雰囲気の人だった。
「おお、思い出したぜ。そいつあエクスソードだな?」
「そうです。精霊の隠れ里に封印されていた物を俺が引き抜きました」
「どれ小僧、その剣抜いて見せて見な」
老人の言葉をレオンは訝しむが、早くしろと催促されるので渋々抜いて剣を見せた。
「おお、こりゃひでえもんだ。お前さんエクスソードに選ばれたってのに、こいつの力をちっとも使えちゃいないな」
「何だって?」
「そいつがただの剣だと思ったら大間違いよ、お前さんはまだその辺分かっちゃいないようだな。どおれ着いて来な、少しばかり教えてやろうではないか」
そう言って老人は踵を返すとすたすたと歩き始めた。腰や背が曲がっているとは思えない足取りですぐにでもついて行かなければ見失ってしまいそうだった。レオンは一瞬迷ったが、そんな暇もなく進む老人を見失わない為に急いでその後を追った。




