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二十八話

 バンガスが新たな火王の鎧制作を宣言してから国民達の行動は急速に動き始めた。レオンは採寸や調整の為にあちこちを行ったり来たりと引っ張りだこになり、自分自身は何をするでもないが忙しなく走り回っていた。


 王であるバンガスも随分と握っていなかった大槌を握り鍛冶の腕を振るっていた。しかし動きだし活気が戻りつつあるウルヴォルカに、一番重要なものが欠けていた。


 その欠けたものを補う鍵を握っているのは、火神と交信する事の出来る火の神子ベリルだった。


「ベリル!どこに行ったー!!」


 その神子を探して怒声を上げながら駆けずり回っているのはソフィアだった。


 ソフィアはベリルと共にどうにかして火神との交信を試みる為に相談を重ね、色々と試行錯誤を繰り返していた。


 しかしベリルの性格か、失敗する度に自信を失って何処かへ引きこもってしまうベリルにソフィアは手を焼いていた。時に飴を時に鞭をと何とかベリルの自信を失わせないようにとソフィアも手を打っていたが、成果は芳しくなかった。


 かと言ってベリルがこのままでは駄目だった。神秘の火種が無い今、鍛冶に使える火神の加護を受けた新しい火が必要だ。どんなに人々がやる気を取り戻したとしても、神器は人と神とで作りだす奇跡、どちらか片方だけでは駄目だった。


「ベリル!ここに居るんでしょう?出て来なさい!」


 ソフィアが向かった先は、初めてベリルと出会ったあの洞窟だった。岩の戸が閉じている、この場を自由に出入りできるのは火の神子だけだった。


「ソフィアさん、ベリルはもう駄目です。こんな駄目なベリルにもう期待しないでください!こんな事なら神子の座を誰か他の人に譲り渡した方がいいんです!」


 何度もこの調子でソフィアも困り果てていた。ベリルは怠惰な訳ではない、むしろ頑張りすぎてしまうからこそ結果が出ない事に誰よりも責任を感じていて、その責任を背負うにはまだ幼かった。それがソフィアには分かっているからこそ、あまりベリルに強く言う事が出来ない、実の妹のように感じてはいても実際には違う。


 どうしたらいいのかソフィアには分からない、しかし考えに考えて一つ方法を思いついた。


「ベリル、貴女の言う通りです火神様の事は諦めましょう。その代わり私と一緒に街の様子を見に行きましょう、行先は貴女に任せます。好きな所に行って好きな物を食べましょう、私にウルヴォルカを案内してください」


 提案を聞いて暫くはしんと静かな時間が過ぎた。ソフィアが駄目かと諦めかけた時、ずずずと音を立てて岩が動きベリルが中からひょっこり出てきた。


「ソフィアさん、こっちですよ!早く早く」


 ベリルがソフィアの手を引いて走る。


「そんなに慌てなくても大丈夫、それより転ばないようにね」


 手を引かれまずソフィアが連れてこられたのはベリルの家だった。家の中に入るとソフィアが思っていたような散らかった家ではなかった。


「綺麗にしてますね」

「はい、ベリルのお母様が綺麗好きでした。だからベリルもお母様が亡くなってから、自分の部屋以外は綺麗にしようと思ってお掃除を頑張っています」


 ベリルの手招きに従うと、三枚の写し絵が飾られている部屋に案内された。一枚はドワーフの男性、威厳のある顔つきに立派な髭が風格を思わせるが、写し絵に慣れていないのか姿勢と表情は固い。もう一枚はベリルの髪色にそっくりな真っ赤な髪の美しい人間の女性、しゃんと伸ばした姿勢に手足を美しく揃えて優しい微笑みを浮かべている、優しくも厳しい人だったのだろうかとソフィアは思った。


「こっちはベリルのお父様、こっちはお母様、お父様は戦士で戦いの中他の人を庇って命を落としました。お母様は長い間病に侵されていました。本当は立つのだって辛い程に弱っていたのに、最期まで神子でありつづけました」


 ベリルはもう一枚の写し絵を手に取った。そこに写っているのはベリルの両親とその間で楽しそうな笑顔のベリルだった。


「ベリルのお父様とお母様は性格がまるで正反対でした。大雑把で豪胆な父、厳格でしっかりとした母、それでも二人はとても仲が良くて、ベリルはそんな二人が大好きでした」

「そうね、これを見るとそれがとても伝わってくる」

「ありがとうソフィアさん、ベリルの宝物何です。とても大切な思い出です」


 ベリルは写し絵を飾り直して言う。


「二人共立派な人でした。バンガス様がベリルに色々両親の事を教えてくれました。だからベリルは何度も何度もお母様に聞くんです。ベリルはどうしたらいい?お母様のような立派な神子になれる?って」


 ソフィアはベリルの寂しそうな背中を見て声をかけようとしたが、くるりと振り返ったベリルが、次の場所に行きましょうと言ってまたソフィアの手を掴んだ。


 ベリルがソフィアを連れてきた場所は公園だった。


「両親がよく連れてきてくれたんです。ベリルの好きな場所です」


 公園で遊んでいた子供達がベリルの姿に気が付いて駆け寄ってくる。


「ベリル久しぶりじゃん!元気だったかよ」


 見るからにやんちゃそうな男児がベリルに嬉しそうに話しかける。


「マット、何度も言ってるけどベリルの方が年上なんだから敬語を使いなさい敬語を」

「何言ってんだよ、敬語ってのは敬ってなきゃ使わないんだぜ!ベリルのどこに敬う要素があんだよ」

「何ですって!おもらししたマットを助けてあげたのはベリルでしょ!忘れたとは言わせないからね!」

「お前それいつの話だよ!それにこんな綺麗な人の前で言うんじゃねえ!」


 恥ずかしそうにソフィアの顔をちらちらと見ているマットに、ソフィアは困ったような笑顔で手を振る。


「マット…あんたにソフィアさんは無理に決まってるでしょ。身の程を知りなさいよ」

「うるせえそんなんじゃねえよ!それより勝負だ勝負!この前の決着がまだついてないんだからな」


 それから暫くベリルは公園に集まっていた子供達と公園を駆け回って遊んだ。途中からソフィアも子供達から請われて一緒になって相手をしていた。子供達と遊んでいる時に見せるベリルの笑顔は、とても輝いていて年相応の少女のものだった。


 子供達は目一杯遊んだ後早々に家に帰って行った。本当は親たちは子供達を外で遊ばせる事も恐ろしいだろう、魔族の興味が子供達に向かないとは言えない、それゆえ時間を決めて子供達を公園で遊ばせている、見張りの兵が何人かいたのをソフィアは見た。


「疲れました~」


 ベリルがふらふらとした足取りでソフィアに言った。


「私もよ、子供達は元気一杯ね、でもとても楽しかった。皆とてもいい子達、本当にいい子達ね」


 ソフィアはそう言いながら拳を握りしめ胸に当てていた。この笑顔を素敵な時間を魔族に奪われてはならないと思っていた。そんな様子を見たベリルは決まりが悪いように俯いた。


「ねえベリル、少し広場の方に行きましょう」

「え?あ、は、はい!」


 ソフィアの急な提案にベリルは慌てて返事をする。二人は公園を後にして広場へ向かった。


 広場に向かうと様々な人々が忙しなく働きまわっていた。新しい神器を作り出そうという試みを皆が心を躍らせていた。それぞれの得意分野を生かし相談し合い、何が必要かとか、どんな技術がいるだとかと駆けずり回る。


 人々の表情は輝いていた。意気消沈していた事など覚えていないかのように、目の前の事に精一杯取り組んでいた。


「見てベリル、皆この国の為に出来る事を探して戦っている。見てどう思った?」


 ソフィアに問われてベリルは俯いた。


「どうって、やっぱりベリルは出来損ないです。こうして皆さんが頑張っているのに、ベリルはまだ火神様と交信できずにいるんだから…」

「そういう事じゃないの、私が聞きたいのはここにいる人たちを見てどう思ったって事」


 言われている事の意図を図りかねてベリルは怪訝な表情を浮かべる、そして動き回っている人たちの姿を見た。


 どの人も懸命だとベリルは思った。未知の脅威を前にして皆不安な筈なのに、神秘の種火を奪われて落胆しているだろうに、皆ひたすらに前を向いている。


「どうして皆不安に勝てるんでしょうか?」

「ベリルは皆が不安に勝っていると思うの?」


 問い返されてベリルは困った。


「だから皆前向きでいられるんじゃないんですか?」

「私はそうは思わない、皆心の奥では不安と恐怖で押しつぶされそうだと思う。だからああやって希望を繋ぐ為に必死になってるんじゃないかな」

「何でそう思うんですか?」

「私も同じ気持ちだから」


 ソフィアはそう言ってベリルに微笑みかける。ベリルは驚いた表情で言った。


「驚きました。ソフィアさんはそんな様子を一度も見せないのに」

「そんなのやせ我慢よ、私はずっと怖い気持ちを心の奥に仕舞い込んでいる。でも私は星の神子だから、私が挫けてしまえば人々はきっと希望を失ってしまう」

「なら何故そんな優しい顔で微笑む事が出来るんですか?」


 聞かれた事に答える前にソフィアは人々を手で指示した。


「まだ皆諦めていない、だから私は絶対に諦めないしどんなに辛くても笑顔を失くさない。もし世界中の人々が戦う事を諦めたとしても、絶対に諦めない人がいる。それを知っているから私は星の神子でいられるの」


 そう言ってソフィアはベリルに微笑みかけた。その笑顔は優しくて、でもどこか勇ましくも見えた。


 ベリルはもう一度ウルヴォルカの人々の顔を見た。どの人も確かに前向きに見えたが、どこか必死なようにも見えた。止まりたくないと叫んでいるようにも見えた。その姿を見て、ベリルは初めての感情を抱いた。


「ベリルに何か出来る事はないでしょうか、火の神子だとかそんな役目の為でなく、皆の為に何か」


 ベリルがその言葉を口にした瞬間、ソフィアの神授の杖が眩く輝き始めた。その光はやがて炎のように燃え上がるように変わり、ベリルの頭の中で声が響いて来た。


「ベリル、火の神子よ。私の声が聞こえますか?」

「火神様…?」

「そうです。ああ、やっと声を届ける事が出来ました。貴女が必死に私を呼び続けてくれたお陰です」


 交信は成功した。ベリルが嬉しそうな顔でソフィアを見ると、ソフィアも嬉しそうに頷いた。

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