二十七話
ソフィアがベリルを連れて出てきたと思ったら、そのまま風呂場に担ぎ込んで行った。その早急さに呆気に取られているとベリルの喚き声が聞こえてきた。レオン達は男子禁制の場にどうする事も出来ずただ待っている事しか出来なかった。
「改めて紹介するぜ、ウルヴォルカの火の神子ベリルだ。ちっとばかし引っ込み思案な所はあるがまあ仲良くしてやってくれ」
バンガスに背を叩かれウッと呻いたベリルは、渋々一歩前に進み出た。
「ベリルです。火の神子です。よろしくお願いします」
形式だけの挨拶をするとベリルは急いでソフィアの背に隠れてしまった。その様子を見てバンガスはため息をついたが、ソフィアは満更でもなかった。姉に甘える妹の様で新鮮だったからだ。
「俺はレオン、こっちはクライヴ、ソフィアとは仲良くなれた様で何よりだ。火の神子、よろしく頼むよ」
レオンの挨拶をソフィアの後ろで聞いたベリルは小さくか細いがよろしくと返した。コミュニケーションは難しいようだが、あまり急くのもよくないと判断しレオンはソフィアに目配せした。それを察してソフィアも頷く、自分を介してやり取りした方がいいとソフィアも思った。
「それで話を戻すがよ、あいつと喧嘩すんのには色々と足りないぞ。その辺はどうする?」
「それは私も同意見です。討伐せねばならないのは事実ですが、たった一人でこれだけの数の人を無力化させる相手です。無策では無謀ですよ」
バンガスとクライヴはそれぞれに意見を口にする。実際対峙したレオンも同じことを思っていた。
「ハッキリ言って俺達だけでは実力は遠く及ばないと思う、バンガス様にも言われたがすり潰されてお終いだ。だけど皆で戦ったら結果は違ってくると思う、ウルヴォルカの戦士たちは皆屈強だし、強力な兵器を運用する事も出来る」
レオンの言にバンガスは待て待てと口を挟む。
「確かに俺達は一方向に向いている時は強いけどよ、今国民の心はバラバラだし、火が失われちまったから兵器もろくに手入れや修理も出来てないし、今の俺には皆をまとめ切る力がない。俺も大分腑抜けちまってたからな」
脂肪で厚みを増した腹をぽんと叩いてバンガスが言う、ストレスからの暴飲暴食が体に現れて、戦う機会を奪われて魔族に負けた事実がカリスマ性の足を引っ張っていると考えていた。
「バンガス様は自分にその力が無いと言われますが、俺はそうは思いません。今でも貴方がこの国の王だ」
「でもよ…」
「聞いてください、火は失われたと皆は思っていますが、俺はそうは思いません。今は燻っているだけ、俺の知っている貴方は火のようであり日のようでもあった。燃え盛る火の熱さと皆を温かく照らす陽光を持った人です。王が立ち上がらねば人心はついて来ますまい、それともこのまま戦わずに負けますか?」
その目と言葉は真剣そのものだった。バンガスを真っ直ぐ捉えて離さない、強い意志が込められていた。
「俺は戦わずに負ける事だけはしません。もし戦わない選択をしたとしたも、俺が殿となって国民を逃がす時間を稼ぎます。今のフィオフォーリなら皆を受け入れてくれるでしょう、木神様のお力も戻って強力な結界も張られています。暫くは持つと思います」
「分かった分かった!やめろレオン。もう十分伝わったよ、俺もこのままいいようにされて終わるつもりはない、ああそうさそんな気はさらさらない!だけどそのせいで国民が死ぬのは耐えられん!また武器を手に立ち上がれと、そう伝える事が俺には恐ろしい!」
弱音を吐くバンガスの体は震えていた。
「分かっています。だから戦闘で矢面に立つのは俺だけでいい、その覚悟が俺にはある。だからこの宝剣エクスソードを掴んだのです。ただ、俺は皆に戦う意志を失って欲しくない、それさえあればきっとどこに居たって前を向く力になる。そしてその火を灯せるのは王である貴方だけだ」
その言葉に迷いは微塵も無かった。その瞬間だけ、バンガスの目にはレオンの姿は、あの岩のような大男魔族ロッカより遥か大きく見えた。覚悟と意志がそうさせたのか、それとも過去の王が手にした剣がもたらす重責と義務が青年をそう変えたのかは分からなかったが、確かな風格がレオンには在った。
「そうか、お前の息子はこんなにも立派に育ったんだなルクス…」
「えっ?」
急に出た父の名に驚くレオン、バンガスは何でもないと言って話始めた。
「一つ考えが浮かんだよ。ウルヴォルカ流のやり方がな、お前ら全員俺に手を貸しな!」
そう言ったバンガスの目の奥底では小さな火が揺らいだ。この逆風にこそ燃えなけらばウルヴォルカ王とは言えないと、バンガスの心は密かに躍り始めていた。
バンガスが一人向かった先には、国宝であり神器が納められた神聖な場であった。業火山から火が失われて尚、その神器からは炎が揺らいでいるように輝いている。
神器の名前は「火王の鎧」それを身に着ける者を強固に護り、はためく真紅のマントは燃え盛る火炎を思わせる、烈火の如き攻めの力を与え、これを着たオールツェル先王の苛烈な戦いぶりを見た者は勇気と士気が自然と沸き上がったと伝わっている。
鎧を手に取り眺める、掴んだ手からもただならぬ神秘的な気配が伝わってくる。さらに微かに震えているのが分かった。バンガスは直感で鎧はレオンを求めていると分かった。王の為に作られた装備が王にかえりたがっている。
「だけどよ、それじゃあ駄目なんだ。俺の考えに賛同しちゃくれないか?」
バンガスは鎧に語りかける。酔狂ではない、武具を扱う者だからこそ武具に宿る魂を感じていた。その魂に語りかけていた。
「頼むよ、国がまた一つになる為に必要な事なんだ。全員の力が必要なんだ。それには勿論、火神様と神器の協力も必要だ」
語りかけているうちに火王の鎧の震えは徐々に収まってきた。まるでバンガスの語りかけに応えるように、すっかりと落ち着いて静かになった。
「恩に着るよ、ありがとう。きっとうまくやってみせるからな」
鎧を手にバンガスはその場を後にした。
レオン達はバンガスが鎧を取りに行っている間に国民の招集を頼まれていた。国中を周って国王の招集の報せを伝え歩く、いくらやる気や生気が削がれているとは言え、国王の命であるならばと国民は広場に集まった。
国民の前に立ちバンガスは声を張り上げた。
「皆よく集まってくれた!この国の情けない現状王として申し訳なく思っている。この通りだ許して欲しい」
頭を深々と下げる王に国民はざわついた。
「聞いて欲しい、今国は危機に陥っている。このままでは俺も含め皆死ぬ。あの魔族にすべてを奪われて死ぬんだ」
ざわめきはより一層大きくなる、しかし聞かれる声は諦念が多かった。
「俺も何度もぶちのめされて心が折れかけた。俺達は強いと思っていた。だけど結果は愛する国民の命を失う事になった。生き残ってしまった事を無念に思う日々が続いた。だが、嬉しい事が起きたオールツェル王国の王子レオンが生きていたんだ!それに星の神子と最強の騎士を連れて俺の元へやってきた」
バンガスは並んで立つレオン達を紹介する。国民からは驚きの声が上がった。
「しかもだ!レオンが手にしている剣はあのエクスソードだ!伝説と思われていた剣が今俺達の目の前にある!俺達の先祖が鍛えた剣だ。レオン抜いて見せてくれ」
促されレオンは鞘から剣を抜き掲げる。その美しく神々しい輝きを放つ刀身を見て、人々は俄かに沸き立った。
「俺達なら一目で分かるだろう?伝説が目の前にあるぞ、どうだ皆ワクワクしてこないか?」
隣にいる人の顔を見て、皆は頷き合った。物作りに関わるウルヴォルカの民にしてみれば、これほど興奮を覚える事はない。それが祖先が作った物となれば尚更だった。自分たちもあんな剣をいつか作りたい、あの武器に匹敵するほどの物を作れる筈だと、皆が口々に話し始めた。
「皆見てくれ、この鎧は国の宝であり神器火王の鎧だ。オールツェル先王の為に作られた人々と神々の合作だ。レオン達は魔族と戦う為に神器と火神様の加護を求めてこの国にやってきた。諦めず戦う為だ」
火王の鎧をバンガスは掲げる、皆をそれをレオンにそのまま渡すと考えていた。だが、バンガスの考えは違っていた。
「俺はこの火王の鎧はレオンには渡さない、その代わり皆に提案がある。俺達の手で新しくレオンの為に神器火王の鎧を作ってやらないか?先祖が出来たんだから俺達に出来ない道理はない!新しい火王の鎧を作り出すんだ!」
バンガスの驚きの提案に、最初のうち人々は戸惑っていた。しかし皆の中で燻っていた物作りへの情熱がゆっくりとだが火が付き始めた。戸惑いの声はいつしかやる気に満ちた歓声に変わり、先程までの暗く沈んだ表情はどこへやらと、皆新しい火王の鎧の為にアイデアを出し合い何が出来るかを相談し始めた。
「レオン、お前の言った通りだったな」
「ええ、流石ですバンガス王」
「いや俺の力じゃない、ウルヴォルカの民は強いんだ。槌で打たれては強くなる鉄のように、燃え上がる炎のように何度だって立ち上がれるんだ。それを教えてくれたのはお前だ、ありがとう」
バンガスはレオンに手を差し出した。その手をがっちりと握りしめ、打倒魔族ロッカに再び燃え始めた火をレオン達は嬉しそうに眺めた。




