二十六話
ソフィアとクライヴと合流するとレオンは今までの経緯を説明した。一人で勝手に魔族の所へ向かった事をレオンは二人に咎められたが、結論として魔族ロッカ討伐の志は一緒であった。
「それで二人の収穫はどうだ?」
そう聞かれてまずクライヴが答えた。
「国中のやる気が削がれているのは、やはり先の挙兵での失敗と御山の力が失われた事によるもののようです。話を聞いて回ったのですが、皆オールツェルを救えなかった事を悔やんでいるようです。それに加えて神秘の種火が奪われてしまったので、皆仕事がないのです。誇りある職人気質の方が多いですから尚更ですね」
鍛冶に一番重要な火を取り上げられてしまってはどうしようもない、人々を明るく熱く照らしていた御山も、今ではすっかり国に影を落とすだけ。これではやる気を失うのも無理はないとレオンは思った。
「ソフィアはどうだ?火の神子から話は聞けたか?」
「それが誰に聞いてもどこに居るか分からないって言われちゃって、仕方ないからバンガス様に聞こうと思って戻ってきたの」
バンガスはソフィアの言った事を聞いて頭を抱えた。
「あの馬鹿また引きこもってやがるな…」
「バンガス様はやはり居場所をご存知ですか?」
「知ってはいるが、会えるか分からん。気難しい上にすぐ引っ込んじまう質でな、取りあえず案内してやるから皆で行ってみよう」
やれやれと頭を抱えるバンガスに案内されて、レオン達は神秘の種火の場所とは反対側にある洞窟の前までやってきた。この洞窟は神子が火神と交信する時に使われる瞑想の場、しかし洞窟の入り口は大岩で塞がれていて、中の様子を伺う事は出来ない。
「ベリル!居るんだろう?話があるから出て来い!」
岩をどんどんと叩いてバンガスが大声で話しかける、何も返事が返ってこないと思っていたが、耳を澄まして聞くとか細い声が岩の隙間から少しだけ聞こえてきた。
「ここにベリルはいませんよ~」
「馬鹿!俺にはお前の声だって分かるんだよ!いるじゃあねえか」
バンガスの怒鳴り声を聞いて、岩の向こうにいるであろうベリルと呼ばれた火の神子の声は更にか細く小さくなった。
「いないって言ってるのに、ベリルの事は放っておいてくださいよ~」
「そう言う訳にもいかないんだよ!いいから出て来い!」
どんどんと岩を叩けば叩くほど中にいるベリルの声は小さくなっていく、そのやり取りの埒のあかなさからソフィアがたまらず口を挟んだ。
「バンガス様、ここは一度私に任せてもらえませんか?」
岩を叩くのを止め、ソフィアに場所を譲る。出来る限り近づいて声が届くように大声で声をかける。
「こんにちは!私星の神子のソフィアと言います!火の神子であるベリル様にお力をお借りしたく参りました!話だけでも聞いてもらえませんか?」
声をかけて暫く反応がない、バンガスはやっぱり駄目かと頭を抱えていたが、岩の戸がずずずと音を立てて少しだけ横にずれて、小さな手がそこからひょこっと出てきた。手招きするようなしぐさをしてか細い声をまた出した。
「ソフィアさんだけ入っていいです。他の方はどっか行ってくださ~い」
全員は顔を見合わせると肩を竦めた。そして言われた通りソフィアだけ中へと入り、残っていても仕方がない男達はすごすごとその場を後にした。
最低限開けられた隙間から無理矢理洞窟の中へ入る。暗いかと思われていた中は明るく、机や椅子、クッションや様々な娯楽品が沢山詰め込まれていた。
囲まれた物品の中に埋もれるように、小さな女の子がいた。癖のついた長くて真っ赤な髪の毛が特徴的な、やや幼い見た目をしている。着古されて伸びきったシャツを一枚着ていて、辺り環境も相まって少しだらしがなく見えた。
「あ、あ、あ、あのベリルがベリルって言うんですけど。貴女が星の神子様で合ってますか?お、お、お、お目にかかれて光栄です」
動揺が隠せないのかベリルの声は震えている、がちがちとした動きで差し出してきた手をソフィアが取って握手を交わした。
「貴女が火の神子ベリル様ね、改めて私はソフィア。星の神子としてオールツェルの王子レオンと騎士クライヴと一緒に魔族討伐の為に旅をしています」
それを聞いてベリルは表情を暗くして力なく手を放した後、また物の中に埋もれてしまった。何か悪い事をしてしまったかとソフィアが慌ててどうしようかと狼狽えていると、ベリルがぼそぼそと喋り始めた。
「ソフィアさんは立派な神子でいいですね。ベリルは駄目な神子です。火神様の化身である神秘の種火を守る事も出来ず、声を聞く事も届ける事も出来ない。ベリルは出来損ないなんです」
事情が分からないソフィアにしてみれば、ベリルの言い分はよく分からない。ひとまず何があったのかを聞く事にした。
「ベリル様、火神様の声が聞こえないのは本当ですか?」
「ベリルの事はベリルと呼んでもらって構いません。敬称なんてベリルには必要ないですから。火神様は魔族に食べられてしまって以来お声が聞こえないんです」
ベリルは神子でありながらその力を使う事の出来ない今の状況に、他の国民と同じように自信を失ってしまっている様だった。それでもソフィアには分からない事があった。
「声が聞こえない事なんてありえるんでしょうか?私は以前フィオフォーリで力を失いかけていた木神様と交信しましたが、問題なくお声を聞く事が出来ましたよ」
状況が違うが、レオンから聞いた話では神秘の種火はまだ失われていない。封印されている訳でもなく、腹の中にあるというだけだ。力は大幅に抑えられているだろうが、交信できないと言うのは妙だと考えた。
「それはきっとベリルが出来損ないだからです。力不足なのです」
「ベリル、私の目を見てください」
ベリルは不思議そうな目でソフィアを見る。
「私達は何故神子に選ばれるのか、何が私達を神子たらしめるのか、何一つ分かっていません。神子の修行もしますが、結局最後には神のお声を聞いた人が神子になります。ベリル、選ばれたと言う事は重い責ですが、選ばれたと言う事は意味がある事なのです。自分を卑下しては駄目です」
意志の強い眼差しを受けベリルは怯む、自身も神子に選ばれた事を誇りに思っている、しかし声が聞けず声を届ける事の出来ない現状に焦っている。
「ベリルは、神子になって日が浅いです。ベリルのお母様が前の神子でした。病気で亡くなり、次の神子として火神様に指名されて、神事のやり方を覚えるので精一杯で火神様との対話もまだまだで、その内にあの魔族が現れて神秘の火種を奪われました。ベリルは、ベリルはどうしたらいいか分かりません!」
それは心から出た本音だった。自分が神子になってから国から火は消え、民は日に日にやる気を失い、ウルヴォルカから熱と鉄は失われてしまった。ベリルはその事を誰も責めない事が辛かった。経験の浅い神子、力なき子、皆そう考え火の神子に期待しなかった。本人にもその自覚があるからこそ追い込まれた。
「ここで火神様との交信をずっと試みていたんでしょう?ここは一見しただけでは怠惰な空間に見えますが、よく見ると神事の為の文献や歴史書等が沢山広げられています。何度も何度も開いて癖のついてしまった本を見れば分かる、ベリルはここで寝食を惜しんで努力してたんだって。今ここにいる神子は一人じゃない、私も居ます。相談すれば皆もきっと力になってくれる、ベリルはこんなに頑張れる人なんだから」
重責や鬱憤、役目に縛られて動けないでいた感情が解きほぐされ、ベリルはソフィアの胸に飛び込んだ。泣いて声をあげるその小さな体を抱きしめ、頭を優しく撫でた。
「それはそれとしてここから出ますよベリル、お風呂に入って頭と体を洗いなさい、臭うから」




