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二十五話

 バンガス王にフィオフォーリ長シルヴァンからの書状を手渡す。バンガスはそれを受け取って目の前ですぐに開いた。


「いいんですか?」


 レオンがそう聞くとバンガスはいいからと言って読み始めた。


 静かな部屋にレオンと書状を読んでいるバンガスが向き合って座っている、クライヴは様子を見に回りたいと申し出て、ソフィアは火の神子に会いに行くといってそれぞれ散っていった。


「成程なあ」


 書状を読み終えたバンガスはそれをばさりと机の上に置く、深くため息をついてその内容をかいつまんでレオンに説明をした。


「俺達とエルフってのはよ、まあ仲が良くないと言うか、というより相性の問題だな。ウルヴォルカに住むエルフだっているし、個人間では問題ない事の方が多いんだが、フィオフォーリとウルヴォルカの考え方の相性が悪いんだよな。うん」

「まあそれについては何となく分かります。フィオフォーリは合議あっての国の方針ですからね、比較すると保守的で慎重派です」

「そこだよ、俺達はどいつもこいつも直情型で、悪く言っちまうと考えなしだ。悪い事や恥じる事をしてないつもりでも、俺達の事情や感情ばかりで動いちまう、他国の感情や考えを無視しがちだ。今回の一件でも痛感した事だな」


 バンガスは俯いて乱暴に頭を掻きむしる。相当に堪えたのだとレオンは思った。


「書状には、お前達から聞いた話と大体同じことが書かれている。フィオフォーリでの魔族戦の事とかな、それと別に書かれている事は単純に言えば協力体制を敷きたいって頼み事だな。最低でも情報の共有とか、とにかくこれからは交流と連携を大切にしたいらしい」

「それについては私からもお願いしたいです。バンガス様ならその重要さが分かると思います」


 バンガスはレオンの意見に頷いた。


「勿論分かる。だからすぐにでも返事してやりたい所だが、目下の大問題が残っている。こいつを解決せにゃなんともならん」


 業火山の神秘の種火、火を奪われた事で国力が弱っているだけでなく、皆生きる目的を失ってしまった。響く鉄の音飛び散る火の粉、技術を磨いて鎬を削り合う職人たちの国としては、根幹を揺るがす最悪の状況だった。


「それで何から始めますか?」

「ううむ、正直言ってやらなきゃならん事は分かっているのだが、どこから手をつけるべきなのかがなあ…」

「魔族討伐が最優先では?」

「それは目的だな、今のまま戦うだけなら皆すり潰されて終わりだ。あの魔族、動きはまったくないが戦い始めたら止まらねえぞ。しかも馬鹿みたいに力が強い、この俺を真正面からぶっ飛ばしたくらいだからな」


 レオンは声を上げて驚いた。バンガスと真正面から力勝負して勝つ者がいるとは考えた事もなかった。


「そいつは俺をぶっ飛ばした後こう言った。お前は殴りがいがあるから生かしてやるまた来いってな。訳が分からねえが、あいつの謎基準で殺す相手を選んでやがる。腹が立つぜ」

「一体どんな奴何ですかそいつは?」

「でけえ図体の大岩みてえな見た目の大男だ。でけえ癖に素早くて運動性能は高い、しかも馬鹿力だ。二、三発拳食らってノックダウンよ」


 魔族ランスは武器を使用して戦っていたが、魔族ロッカは素手と己が肉体のみで戦う、それに加えて何か特殊な能力を持っている事も推測できる。ランスは魔物を改造したり、その能力を自ら扱えるようにする力があった。ロッカにも何かあって然るべきだろうと考えた。


「今そいつはどこに?」

「御山にある洞窟、神秘の種火は燃え続ける場所にいる。どかっと座り込んでちっとも動きやしねえ、一体何を考えているのかさっぱりだぜ」


 ただそこに座っているだけという事は妙だが、ウルヴォルカにしてみれば致命的な事である。レオンは置いていた剣を手にして立ち上がった。


「どうした?」

「一度会いに行ってみようと思います。何にせよどんな存在なのか知っておかないと」

「馬鹿野郎!危険だ!死にに行くようなもんだぜ」

「それについては大丈夫、当てがあるので」


 レオンはそれだけ言うとバンガスが止める間もなく飛び出して行った。


 業火山を少し登った所にその洞窟はあった。種火が失われている為か洞窟は真っ暗闇で、何が居るか視認は出来なかった。


 レオンは森羅の冠を起動させた。バイザー越しに見れば暗闇でも問題なく見る事が出来る、洞窟の真ん中に言葉通りの大男が座って居眠りをしていた。レオンは明かりの魔法を唱えて洞窟に放った。突然明るく照らされて魔族は驚いて辺りを見渡している。


「どうも、俺の名はレオン。魔族のあんたなら知っていると思うが、オールツェル王国の生き残りだ」


 レオンが声をかけると、ロッカはそれに気が付いて向き合う。


「おお、最近は誰も来やしないから退屈していたが、まさかお前さんが来るとは思わなかったな」

「単刀直入に聞くが、あんたここで何してるんだ?ウルヴォルカを弱体化させたいだけだったらもう十分だ、皆殺しにしたいのならもうやってるだろう、それともお前も悪趣味な魔物作りにご執心か?」


 ロッカは聞かれた意味が分からないように頭を捻った後、ああと合点がいったように頷いた。


「お前さんランスの野郎と会ったのか、俺様はあの手のとは違うよ。魔物についてもお前さんと同意見だ。魔王様もランスもあんなもん作って何がしたいんだか、人間をぶっ殺したけりゃぶん殴るのが一番早いしそれが強い者として正しい姿だろう?」

「知らん。お前達と相いれる事は絶対にありえない、人を殺すのと魔物を作るのを止めてすべてを元に戻すって言うのなら考えてやらん事もないがな」

「そりゃ無理だ!死んだら元に戻りゃしないし、ましてこれは俺様達とお前さん達の生存競争だ。死ぬか殺されるか、終わりはそこしかないさ」


 ロッカは膝をバンバンと叩いて答えた。レオンは今の所敵意がない事と意外と話せる相手だったので真向いに腰掛けた。


「話を戻すが、あんたここで何をしているんだ?神秘の種火を食べたって話だが」

「おう、そうだな。俺様は物を破壊する能力がある」


 ロッカはそう言うと、地面の岩場をまるで水を掬うかのように手で削り取った。切り取った岩は手のひらの上で見る見るボロボロに崩れ去り、砂になっていった。


「こんなもん必要ないんだが、まああるものに文句言うのも可笑しな話だろ?それは置いといてだ、俺様はこの力を使って神秘の種火を消化してやろうと思ったんだ」

「は?」

「だからよ、神秘の種火は見たら分かるがとてつもない力の塊だ。多分俺様が思うにあれこそが火神そのもの何だろうな。だから食って消化して吸収してやろうと思ったのよ」


 無茶苦茶な言い分に呆れかえるが、疑問も残った。


「お前腹の中に種火があるままなのか?」


 ロッカの目論見が叶っているのならここにいる意味がない。


「そうなのよ、こいつは恐らく俺様には破壊できない物なんだろうな」

「なら吐き出してしまばいいだろう?」

「馬鹿言うな、俺様はそれならそれでもいいんだよ。ウルヴォルカの奴らは強くて殴りがいがあるやつが多い、この種火取り戻す必要があるんだろ?」


 ロッカはそう言うとニヤリと笑った。


「つまりお前自身が餌って事か」

「そういう事だ。俺様は殴り合いが好きだ、殺し合いが好きだ、このままウルヴォルカの馬鹿共が腑抜け続けるのなら皆殺しにするつもりだったが、お前さんが来たのなら話は別だ。シンプルだろ?敵は俺様人質は神秘の種火、俺様に勝ってそれを取り戻さない限り火の国は火を失って死に絶える。お前さんはそれを黙って見過ごすか?」


 レオンは立ち上がって言った。


「見過ごす訳がない、お前を倒して神秘の種火を取り戻す。首を洗って待っていろ」

「良い啖呵切るじゃねえかよ、待ってるぜ坊主。ちなみに俺様はお前を殺せないが、向こう何十年とまともに動けない程に痛めつけてやるぜ。死んでなきゃいいんだからな、負ければお前達以外は皆殺しにするし次は他の国の奴らだぜ」


 じゃあなと言って手を振るロッカに、レオンは何も言わず踵を返してその場を後にした。


 戻ってきたレオンを見てバンガスが慌てて駆け寄る。


「おい!大丈夫か?怪我はないか?」

「問題ありません。それよりやる事が分かりました。バンガス様もいつまでも腑抜けていないで武器を手にしてもらいますよ」

「何だと?」


 レオンはバンガスをまっすぐに見据えて言った。


「あの薄気味悪い馬鹿魔族をぶっ飛ばします。火は取り戻すんじゃない、自分達の手でまた燃え上がらせるんです。あの魔族と殺し合いの喧嘩をします」


 レオンの心に火が付いた。人を見下して笑う魔族に意地で負けるわけにはいかない、そしてウルヴォルカの人々が馬鹿にされたままなのが腹立たしかった。


「しかしよレオン、あんな化け物に勝てるのかよ」

「勝てる勝てないかで喧嘩しますか?ウルヴォルカの人達、バンガス王達は確かに今回魔族にしてやられました。だけどそれは反省すべき点であって、欠点ではない、ウルヴォルカは燃え上がれば燃え上がるほど強く勇敢になれる。それは他のどの国にも真似できない事だ」


 勢いよくバンガスに詰め寄る。


「命を弄ぶ魔族に負けちゃならない、戦いましょうバンガス王!進むべきは前、止まっていては飲み込まれておしまいです!」


 レオンの強い宣言に、初めのうちは戸惑いを隠せなかったバンガスだが、強く気高く成長したレオンの姿を見て頷いた。


「よし!やってみるか!」


 バンガスはすっかり贅肉が乗ってしまった腹をポンと叩いた。その様子が面白くて思わず吹き出したレオン、いつしか二人とも笑い合って、その姿は在りし日の子供のレオンとバンガスの姿の様だった。

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