二十四話
長い道のりを越えて一行はようやくウルヴォルカに辿り着いた。そして近くに来て感じていた異様さを肌で感じる事になった。
ウルヴォルカは恐ろしく暗かった。一つとして明かりに火が灯っておらず、業火山が日陰となって昼とは思えない空気感を醸し出していた。
「これは余りに不自然だな」
「ええ、一体ウルヴォルカに何があったのでしょうか」
一行は不気味さを覚えながらも門へ近づいて行く、ウルヴォルカのドワーフ兵が二人門に立っていた。武器を手にしていてもどこか覇気を感じられない出で立ちであった。
「あの、すみません」
「んああ?」
レオン達が近づいても動く様子が無かったので、レオンの方から声をかけた。
「えっとここは火山の国ウルヴォルカですよね?」
「見りゃあ分かんだろ、でっけえ山があるだろ?あれが業火山よ」
火山の麓にある国だから確かに見れば分かるが、聞きたい事はそういう事ではなかった。
「何故国全体がこうも暗いのですか?」
クライヴが聞くとドワーフは耳の穴に小指を突っ込みながら答える。
「そういうのは王様に聞けよお、門は押しゃ開くからよ。入っていいぞ」
「貴方達門番でしょ?そんな簡単に人を通していいの?」
ソフィアがそう問うてもどこ吹く風に答える。
「お前らが魔物だったならぶっ殺すけどよ、なり見りゃそうじゃねえって分からあよ。なら出入り自由だ」
レオン達は会話に埒が明かないので門を押し開け国へ入った。
ウルヴォルカ国内はやはり暗かった。明かりが灯っていない事もそうだが、それ以上に国民達に覇気が感じられなかった。皆陰鬱な顔をしている。生活の為に取りあえず動いている人たちばかりで、会話らしいものも聞こえてこない、ふらふらと今にも転びそうに歩いている人たちや、地面に倒れ込んでぶつぶつと空に何かを呟いている人もいる。どこを見ても異様な光景であった。
「レオン様これは明らかに異常です。ウルヴォルカは鉄を叩く音が響き渡る、熱気と活気溢れる大国です。ドワーフの方々も陽気な方が多いのに、この沈みようを見てください」
「ああ、それにこの暗さも気になる。何故皆明かりをつけない?」
「この雰囲気も変だよ。絶望感と言うより無気力みたいな、フィオフォーリと違って魔物の被害は少なそうなのに」
三人はこの異様な雰囲気に底知れぬ不気味さを覚えながらも、取りあえずの目的を果たす為にバンガス王の元へ向かう事にした。国が今どんな状況に置かれているのか聞く事が出来れば力になれるかも知れないと思ったからだ。
バンガス王が居る場所は、ウルヴォルカでも大きく立派な建物ではあるが城ではなかった。バンガス王の屋敷は国民が自由に出入りして、王に自由に陳情する事が出来る。バンガス王は国民から直接声を聞き、受け入れるものとそうでないものをはっきりと分別するメリハリのある治世を敷いており。明るく豪胆で陽気な性格は国民皆の父のように慕われていた。
レオン達が屋敷に入ると、人の姿は無くがらんとしていた。やはり明かりはついておらず、室内ともなれば本当に暗くなっていた。拭えない不穏な空気のまま一行は応接間の扉を開ける。
「バンガス王!?」
レオン達はそこに居た王の姿を見て驚きの声を上げる。
バンガスは小柄なドワーフの中では体が大きく、筋骨隆々で鋼の様な肉体を持ち、王だけでなく鍛冶師としても有名で、身の丈より大きな槌を振るい武器や鉄製の道具を数々作り出していた。レオンが知る姿もこの時のもので、持ち上げて遊んでもらったり、器用な手つきで玩具を直してもらったりしていた。
今目の前にいるバンガス王の姿は、その時とは大きく異なっていた。彫刻のように鍛え上げられた筋肉は分厚い贅肉の下に隠れて、丸々とした体つきは玉のようだった。髪も髭もぼさぼさにして横になりながら菓子をぼりぼりと食べている、こちらに気が付いても居直る訳でもなく、菓子を口に運ぶ手を止めずに言った。
「誰だお前ら?何か用か?」
レオン達は目を丸くして顔を見合わせた。驚きと動揺は消えぬまま、取りあえずと王の前に空いている席に着いた。
「あのバンガス王、お久しぶりです。私オールツェル王国の王子だったレオンです。覚えておいでですか?」
オールツェルの名前が出た途端、バンガスは体をがばっと起こした。そしてずんずんと足音を立ててレオンに近づくと、顔をじろじろと見て驚いた表情をした。
「おいおいおい!本当にレオンじゃあねえか!生きてやがったのかお前!そうかそうか、そいつは何よりだよ!本当に良かったぜ!」
突然立ち上がって大声を上げたせいかバンガスはむせて咳き込む、レオンはこの国を訪れて初めて人間らしい感情を見た。
「あーびっくりしたぜえ、よく見りゃ別嬪な娘っ子はソフィアに、優男の方はクライヴじゃねえか!ってクライヴお前腕はどうした?」
「これはその、色々と事情がありまして…」
態度の豹変にクライヴも狼狽えている、レオンとソフィアは取りあえず一度バンガスを宥めて、今まであった事を説明する事にした。
レオン達は今までの出来事をすべて説明した。バンガスはそれをうんうんと頷きながら聞いた。
「そうか成程な、内情がそんな事になっていたとは知らなかったぜ。俺たちゃ勢いと喧嘩っぱやさだけで挙兵しちまってな。それを上手い事魔族に利用されちまった。何せその時はアクイルの姿でいやがったからな、随分と手玉に取られちまったな」
バンガスはウルヴォルカで何が起こったのかを説明し始めた。
真っ先にオールツェル王国に向かう兵を起こした事は、ウルヴォルカからすれば善意でしかなかった。国民性か気性の荒さからかオールツェル王国に何か異変が起きている事はどの国より真っ先に気が付いて「助けがいるだろう」と本能で動き始めた。
アクイルを乗っ取っていたアラヤは、ウルヴォルカで戦争準備ありと他の四国に流布した。事実として大軍団を率いていたウルヴォルカを見て、まだ情報を掴みきれていない段階での軍事行動について他国から非難の声が上がった。更にアラヤは、中央オールツェル王国が落とされれば次の矛先はどこかと牽制した。
結局そのつもりが無かった筈のウルヴォルカ兵は、仮想ではあるがすべての国の敵国として警戒される事となる。その事実に納得がいかなかったウルヴォルカの国民達は緊張状態を刺激するような行動を取り続けてしまい、兵器製造の技術に優れていた事もあって過剰な程に武具をもっていたウルヴォルカは武装解除を求められる事となる。
オールツェル王国の為だという主張は認められる事はなく、いくら協力な兵装を持っていたとしても他国すべてが敵対という状況に、ウルヴォルカはじりじりと自国へと押し戻されてしまった。
「そのまま押しとどめられて、結局魔物が現れてからはどいつもこいつもそれどころじゃなくなった。まあ俺達には自慢の武器がたんまりあるからよ、魔物なんて敵じゃなかった。この辺には魔物が少ないだろう?俺達があらかた始末した後、めっきりその数を減らしたっちゅう訳だよ」
フィオフォーリは積極的な介入を避けた事で別の弊害が起きていたが、積極的に動いた結果それを利用されてしまったという結果に、レオンは魔王の狡猾さを窺い知った。
「しかしその状況から如何にしてこのような状況に陥ったのですか?皆覇気を失い無気力になって生気を感じませんが」
レオンが聞くとバンガスはばつが悪そうに頭を掻く、言いにくそうに苦虫を噛み潰したような顔をした後語り始めた。
「俺達は業火山と運命共同体よ、火神様も御山に宿っているしな。俺達が物作りに長けてるのは御山の火の力あってこそ、どんな金属だろうと自在に扱えるのはそいつがなきゃ出来ない事なんだ。その御山の神秘の種火がよ、よく分からねえ大男に食われちまったんだ。俺達と御山は火の力を奪われちまった。火が無ければ俺達は何にもできやしないのさ」
「その大男とは?」
「詳しくは分からねえが、魔族のロッカと名乗っていた。俺達はそいつに立ち向かったが悉く返り討ちに遭って、国民が沢山死んじまった。そいつ一人に負けて負けて今やもう俺達全員日陰者よ」
ウルヴォルカが暗く火も灯らない原因が分かった。ロッカと名乗る魔族に火の力を奪われて、その加護と恵みが無くなった人々が希望を失ってしまった。火を消されてしまった火に生きる民達が、生きる気力を失ってしまうのは当然の帰結ともいえる事だった。
「だけどレオン、お前達が生きていた事を知りゃ皆希望を取り戻すかもしれねえ。心苦しいが、皆の火を取り戻る為に手を貸してくれねえか?」
バンガスはこの通りだと言って頭を下げた。
レオン達にそれを断る理由はない、勿論手を貸すつもりだと返事をして力になる事を約束する。魔族ロッカから火を取り戻す為、レオン達はその方法を模索していく事となった。




