二十三話
フィオフォーリの樹海を抜ける為歩みを進めるレオン達、道中何度か魔物の襲撃に遭ったが、その悉くを打倒して行く。
神器森羅の冠と木神の加護を受けた宝剣エクスソードを手に入れたレオン、その加護を使いこなしレオンとクライヴを的確に補助するソフィア、片腕を失っても尚剣の腕に陰り無く更なる閃きを見せるクライヴ、三人は大戦の経験を経て戦闘力を高めていた。
何度かの野営を挟みながら旅を続けると、森の終わりが見え始めた。自然豊かな大地は、段々と岩肌がむき出しになっている山道に変わっていく、遠く見えるそびえる高い山はウルヴォルカを象徴する火山だった。
「あの山が業火山か」
レオンはその姿を写しで見た事はあっても本物を見るのは初めてであった。その大きさは見る者を圧倒させる。
「ええ、あの業火山の麓に国を構えるのがウルヴォルカ。ドワーフの王バンガス様が治める国です」
クライヴがレオンに説明する。
「しかし少し妙ですね」
「何がだ?」
「いえ、ウルヴォルカは火の国と呼ばれていて常に煙が上がっているのですが。それが見えませんので」
クライヴは訝しむ顔で山を見つめる。
「常にと言っても火がついてない時もあるんじゃない?」
ソフィアの指摘にクライヴは困った顔で答える。
「まあそう言われてしまうと、私もそこまで詳しい訳ではありませんので見当違いという可能性も大いにあります」
「しかしフィオフォーリも内情は見て取れなかった。前例がある以上警戒しすぎるのも間違いじゃない、慎重に…」
レオンは話している途中で剣の柄を握った。それを見て二人もスッと戦闘態勢に入る。
岩陰から体長三メートルはあろうかというトカゲの様な魔物が二匹現れた。剣を抜き戦闘態勢に入ると、魔物も姿勢を低くして警戒するようにチロチロと長い舌を出し入れする。
「ロックリザードだよ。肌が岩石の様に堅いから気を付けて」
「了解」
ソフィアの魔物についての説明に二人は声を揃えて返事をする。先制はレオンが飛び出して剣を振り下ろす。ガキィと岩を殴るような音がして剣が弾かれる。
「成程確かに硬い」
ロックリザードはレオン目掛けて尻尾を振り回す。硬く重い尻尾を鞭のようにしならせた一撃は食らえばただでは済まない、レオンは飛び退いて躱す。
刃が通らないとなれば別の手が必要になる、レオンはソフィアに目配せするとその合図に頷いて詠唱を始める。
クライヴは二人の準備の時間を稼ぐために前に出る、大剣を振りかぶって思い切り一体のロックリザードを殴りつける。刃が通らなくとも重さを乗せた一撃はその巨体を弾き飛ばした。もう一体が出来事に驚き戸惑っている所を、クライヴは上あごを思い切り蹴り上げて口を無理やり開けさせると、口の中に大剣を突き立てて体を貫いた。
「クライヴ下がれ!」
レオンの指示でクライヴはすぐに下がる。
『風よ吹け、剣に纏いてその一閃に乗り敵を斬り裂け!』
「ウィンドスラッシュ!」
ソフィアの魔法を纏ったエクスソードをレオンが振るう、剣から飛んだ風の魔力を纏った剣閃は、クライヴに殴り飛ばされてひっくり返っていたロックリザードの体を真っ二つに切り裂いた。
二体の魔物は塵となって消えていく、三人は武器を納めると一息ついてまたウルヴォルカに向けて歩き始めた。
フィオフォーリの道は樹の根や蔦で歩きにくい道であったが、ウルヴォルカへの道は山道で転がった岩やなだらかでない山肌はまた別の歩きにくさがあった。
荷物を担いで山道を歩く事は体力に余裕があっても厳しい、都度休憩を挟みながらゆっくりと進んで行き、日が落ちる前に野営の準備をする。
「しかし、思ったより魔物と出会わないな」
食事を終えてたき火を囲んでいる時にレオンが言いだした。
「確かにそうですね、種類も少ないし生息域もまばらです」
「ロックリザードとキラーコンドルが何体かいたくらいだったね」
クライヴとソフィアもレオンに同意する。
「それに魔物以外の生き物も少ない気がするな、あまり自然もないしこんなものかとも思うが」
「もしかして何だけど…食べ物が少ないんじゃない?」
「それはどういう事ですか?」
ソフィアの意見にクライヴが質問する。
「フィオフォーリにいた魔物は動物型の魔物が多かったでしょ?他の動物や、時には人を襲って食べてたり、草や木の実を食べてる魔物もいた。元になった動物とかの食性を残しているんじゃないかな」
「元…?」
レオンが元という言葉に反応する、ソフィアはあっとした表情で慌てる。クライヴがすかさず説明に入った。
「元と言うのは実験に使われた生き物の事で、レオン様に伏せていたのは私の判断です。雫の泉での魔族ランスとの交戦の際に得た情報で、魔物は王国内で魔王と魔族によって実験改造を施された元は普通の生き物です」
クライヴは努めて冷静に補足したつもりだったが、その慌て方にレオンは違和感を覚えた。
「クライヴ」
「はっ」
「俺を見くびるなよ、隠していた事はそれだけじゃない筈だ。全部話せ」
レオンとクライヴの間でひりつくような緊張感が走る、ソフィアがどうしたらいいか分からず慌てていると、クライヴが口を開いた。
「分かりました。今ならば説明しても問題ないでしょう、フィオフォーリでは大戦が控えていましたので黙っていました。魔物の材料として使われているのはオールツェル王国の国民達もです」
「何故黙っていた?」
「私がこの腕を失った原因だからです。魔族ランスと戦いの際に明かされた事実によって私は取り乱して不覚を取りました。この事実を知っているのは私だけでいいと考えたからです。ソフィア様が知ったのは偶然です。私の様子がおかしい事を見破られたので話しました」
レオンは暫く黙った後「そうか」と呟いてふらふらと立ち去った。クライヴは目を閉じたまま厳しい顔を崩さず黙っていた。ソフィアは慌ててレオンの後を追った。
野営地から少し離れた場所でレオンは星空を見上げていた。ソフィアはおずおずと近づいて話し始める。
「あのねレオン、黙っていた事は悪いと思ってるけど、それでも私は間違ってたとは思ってないよ」
レオンは黙ったままでいる、それでもソフィアは話を続けた。
「あのクライヴでさえ辛そうにして悩んでいた。今まで手にかけてきた魔物達が元は守るべき人達だった事実に、だからレオンには上手く伝えられなかったの。私のせいで台無しにしちゃってごめんなさい」
「ソフィアは」
「え?」
「ソフィアは何故その事を知っても戦えたんだ?」
レオンの問いに逡巡した後、ソフィアは神授の杖を握った。
「見てて」
ソフィアが杖で地面をとんと叩くと、レオンとソフィアの周りを霧のようなものが包み込んだ。そしてソフィアが神授の杖を受け取った際に見せられた。魔族と人との戦争の歴史が数々の映像となって浮かんでは消えた。
「これは神授の杖に刻まれた戦いの記憶、私はこの杖を始まりの神子アリア様から受け取る時に見せてもらった。だから魔族が何を使って魔物を作るのかを知っていたの」
レオンは数々の凄惨な出来事を前にして言葉を失って立ち尽くしている。ソフィアがもう一度杖で地面を叩くと、包んでいた霧は消え元の景色に戻った。
「私達が立ち止まればオールツェルで起きている今が世界中に広がる、もしかしたら今でも魔族の暗躍によってじわじわと世界を蝕んでいるのかも知れない。魔族ランスがフィオフォーリの民を狙ったように、だから私は戦うと決めた。例え一人になったとしても魔族の暴挙を一人の人間として許すわけにはいかないから」
レオンはやっとソフィアの顔を見た。その決意と覚悟に満ちた瞳は揺らぐことなくレオンを見据えている。その姿を見てレオンはうなだれるように言った。
「ごめん、俺が頼りないばかりに二人にだけ重荷を背負わせてしまって」
「レオンは頼りなく何かない!悲しい運命に負けずに立ち向かっている、だけどレオンは迷い悩み傷ついたとしても歩みを止める事が許されない、だからこそどうやって伝えようか分からなかったの。だからこれは私のせい、クライヴは悪くないの。悪いのは私」
そう言って服のすそを握りしめるソフィア、レオンはその固く握る手を解いて自分の手で包み込んだ。
「ソフィア、話してくれてありがとう。一度クライヴの所に戻ろう」
野営地に戻ったレオンはソフィアとクライヴに向かって謝罪した。
「二人共申し訳なかった。少し頭を整理したかったんだ」
「いえレオン様が謝るような事はありません」
「それでもだ。クライヴにも随分気を揉ませてしまった。ソフィアも気を遣わせてごめんな」
レオンはすぅと息を吸い込んで言った。
「魔物に生き物の面影がある事は俺も何となく気が付いていた。そしてフィオフォーリで見たメルトドールは人の形を多く残していた。だから俺は薄々感づいていたんだと思うんだ。ただ指摘される事が怖かった」
「レオン様…」
「魔物の出処が王国内部からなのは分かっていたし、魔王が即鎖国体制を取ったのも国民を逃がさない為と言うより魔物を作り出す目的があったのだろう。考えれば分かる事を見ないようにしていた」
「それは私も同じことです。薄々感じていた事を事実として突き付けられて自分を見失った。その結果がこれです」
クライヴはもうない腕を指さす。
「そうだな、クライヴが不覚をとるなんて事は相当な事だ。俺も戦場でその事実を突きつけられていたらどうなっていたか分からない」
レオンは両手の平を見つめる、自分が手にかけてきた魔物の中に国民の命が使われていたかもしれない、その事実が重く圧し掛かる。
「二人から聞けて良かったのかもしれない、それにこの事実を俺が背負わないなんて一番駄目な事だ。二人共教えてくれてありがとう」
レオンはそう礼を述べると、先に休むと言ってテントに入った。残ったソフィアがクライヴに話しかける。
「ごめんなさいクライヴ、私が口を滑らせたばかりに…」
「やめてくださいソフィア様、むしろ私は少しだけ安堵いたしました。レオン様はこの事実に耐えられないと思っていましたので」
ぱちぱちと音を立てるたき火を見つめて二人は押し黙る、レオンに打ち明けられた事で肩の荷が下りた気持ちになった。そしてそれは同じ罪を一緒に背負うという事だった。
「ソフィア様、見張りは私が引き受けます。おやすみください」
ソフィアは頷いて自分のテントへ入った。一人になったクライヴは自分の甘さを痛感した。
レオンを守るべき子供の様に考えていた気持ちがクライヴにはあった。でもそれは間違いだった。レオンは自らの覚悟でエクスソードを手に入れて戦いの運命に身を投じたのだ、子供の頃を知っているクライヴからすれば情が判断を鈍らせていた。戦場に立つレオンの姿は勇ましく立派なものであった。仕えるべき君主として申し分ないと贔屓目なしに思えた。
クライヴは包み隠す事なき事を心に決めた。レオンはすべての運命を背負って立ち上がったのだ、粉骨砕身にそれに仕える事は自分の勤めであり運命であると分かった。
夜風が吹くと身に冷たい、それは抱えている一抹の寂しさをクライヴの身に沁み込ませるようだった。




