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二十話

 レオンが目を覚ましたのはランスのフィオフォーリ侵攻戦での勝利から三日後の事だった。


 目を覚ました時にレオンが目にしたのはソフィアの姿だった。ずっと眠りにつくレオンの看病をしていたソフィアは疲れていたためベッドにうつ伏せになって寝息を立てていた。


 目を覚ましたと言ってもすぐに動ける訳ではない、痛みに悲鳴を上げる体を何とか起こす。壁を背もたれにして座るとレオンは戦いの後どうなったのかを考えていた。


 あの戦でどれ程の被害が出たのだろうか、汚染された土地は、腐り落ちた草木は、森の様子はどうなったのか、気になる事が山ほど浮かんでは消えた。痛みと疲労からかどうにも考えがまとまらないと考えていると、サラが部屋に入ってきた。


「レオン起きたのか!?」


 サラの大声でソフィアが飛び起きる。


「起きた!?誰が?私?レオン?」


 突然起こされたソフィアは寝ぼけて混乱している。


「ソフィア!レオンだよ、レオンがやっと目を覚ましたんだ!」


 サラに言われてやっとレオンの方を見る。


「心配かけて悪かったなソフィア」

「起きたなら起こしなさいよ!馬鹿レオン!」

「気持ちよさそうに寝てたからさ、何か声かけにくくて」


 ソフィアはふんと言ってそっぽを向いた。そして目を服の袖で拭いた。


「ソフィア、ありがとうな。ずっと見ててくれてたんだろう?」

「私だけじゃない、クライヴもサラもリラもエルフの皆も、全員が入れ替わり立ち替わりレオンの様子を見に来てたよ」

「それでもずっとそばに居たのはソフィアさ、私も何度も足を運んだがね」


 サラがそう言って近くに来て座る。ソフィアが必死に人差し指を口に当ててジェスチャーを送る、そんな様子を見てレオンとサラは笑い声を上げた。


「それでサラ、申し訳ないのだがここ数日の出来事を教えてくれないか?戦いの後どうなったんだ?」


 レオンの問いにサラは頷いてゆっくりと語り始めた。


 レオンとランスの激しい戦いの間、ソフィアとクライヴとエルフ達は襲い来る魔物を食い止めていた。数が多かった為加勢する事も出来ず、一番の脅威であったランスはレオンが単独で抑えた。


 その決着がつく頃に魔物をやっと倒しつくしたが、まともに動けたのはクライヴとソフィア、そして数名のエルフの兵達だけだった。しかしレオンがランスを倒したお陰で防衛は大勝利を収めた。


 それでも被害は甚大であった。死傷者も多く出たうえ、森の汚染は深刻だった。メルトドールの大群はランスの目論見通りに森を破壊した。魔物との戦いの被害よりそちらの方が大きかった。


 そこからの戦いは神子と木神、そしてフィオフォーリに避難していた人々の出番であった。


 戦いで汚染された草木を伐採し、沼地と化した地面は木の神子リラの祈りによって浄化がなされた。戦死者の遺体を神樹の下へ届け、木神の力によってその魂は森に生える草木に変わった。英雄たちの御霊は慰められ、生きる者の為の明日を作り出した。


 フィオフォーリは戦いによって大きな傷を負ったが、徐々に戦場に戻る緑の芽吹きは、人々の心に大自然の強さを取り戻させた。


「今、父上と代表達が話し合いを進めていて、対魔族の戦線を築く為に他国との交流を模索中だ。リラは力を取り戻した木神様のご加護を受け、森全体に強固な結界を張り巡らせる儀式をしている、魔物の侵入を完全に防ぐ事は出来ないが、それでも被害を抑える事が出来るし、我々も戦いやすくなる。森を国を護る為に皆が一丸となって動き始めているよ」


 サラの説明を聞いてレオンは心から安堵した。悲しみをなくすことは出来ない、だけどその先にある強さを皆が信じる事が出来た事が、レオンには一番嬉しい事だった。


「俺も戦死者達に祈りを捧げたい、だけど体がまだ言う事を聞かない。皆には申し訳ないがもう少し休ませてもらってもいいだろうか?」

「勿論だ、まだ絶対安静だときつく言われている。レオンはこの戦いの英雄だ、ゆっくり養生してくれ」


 サラはそう言うと挨拶も手短に去って行った。サラにもやるべきことが山ほどある、忙しい中時間を作ってくれたのだとレオンは思った。


「回復魔法で傷は治っているけど、失った血や消耗した体力はまだ戻らないから、レオンは今は食べて寝て体力を取り戻して。私はクライヴに目を覚ました事を伝えに行ってくるけど、疲れているだろうから寝ていてね」


 ソフィアに言われた通り、話を聞いているだけでも体に疲労が溜まっているのがレオンには自覚できた。レオンは軽く詫びをいれて再び横になる、そして意識が溶け出すように眠りについた。


「お休みレオン」


 ソフィアはレオンの前髪をかきあげると額に優しく唇を寄せた。その後自分の大胆な行動に顔を耳まで赤くして、急いで飛び出してクライヴを探しに向かった。


 クライヴはリラの護衛について森を回っていた。汚染された大地を浄化する事が出来るのは木の神子の力が必須だった。大部分は片付いたとは言え、少しでも残してしまえばそこから汚染が進みかねない、それと並行して結界を張る準備をする為、木神から託された種子を大地に蒔く作業を行っていた。


「ここはこれでよしと…」

「順調ですねリラ様」

「あ、は、はい!お手伝いありがとうございますクライヴ様」

「いえ、今の所私は本当にただついて回っているだけですから」


 リラはかがんで土のついた膝を手で払い立ち上がった。


「それでもクライヴ様がお側にいてくれると思うと心強いです。魔物でも獣でも恐いものなしですから」

「そんな事ありませんよ、私もまだまだ修行が足らぬ身です。しかしリラ様をお守りする事はお任せください」


 クライヴは真っ直ぐにリラを見つめて言う、リラはクライヴの騎士然とした態度に逐一顔を赤らめてしまう、顔を隠すために前を向いて次の場所へと向かう。


「そういえば、私が贈ったマントはどうでしたか?動きの邪魔になったりしませんでした?」


 クライヴはリラから贈られたマントを貰ってから常に身に着けている、勿論戦場でもそうだった。


「動きの邪魔だなんてとんでもない、とても心強くて気に入っています。それにこれを着けていると少し動きやすくなるように感じます」

「そのマントに使った糸は神樹から作られた糸です。木神様のご加護は活性化の魔力も含まれていますから、そのお陰かもしれませんね」

「そのような貴重な物を、重ねてお礼申し上げます」


 クライヴがぴしりと頭を下げるので、リラは慌てて頭を上げてくれと言った。


「私に出来る事は少ないですから、皆さまのように戦ったりできませんし、少しでもクライヴ様のお力になったのなら何よりです」


 そう話すリラの顔は少し曇った。戦えない負い目を感じての事だった。


「リラ様、戦いとは何でしょうか?」

「え?」

「魔物と戦う事だけが戦いですか?剣を交える事だけをそう呼びますか?私は違うと思います。日々は常に戦いです。生きる為の糧を得るのも、誰かの無事を祈る事も、皆それぞれがそれぞれの立場で戦っているのです。私は偶然剣の道を選んだに過ぎません、そしてそれは生き死にを強制させる道です。人の道を外れてしまえば外道に成り下がる、守るべき人達がいるから私は戦えるのです」

「そう、何でしょうか、私にはまだよく分かりません」

「それでいいのです答えなどないのですから。しかしリラ様は神子として常に戦っています。時には人々からより多くを求められる事もあるでしょう、それは自らの手に余る事もある。それでも私はリラ様は負ける事なく挑み続けると信じていますよ、他者を思いやる優しい心が貴女にとっての剣なのです」


 クライヴの言葉にリラは肩を震わせた。今まで我慢していた言葉が、涙と共に込み上げて来て、リラはクライヴに抱き着いて鳴き声を上げた。クライヴはリラを慈しむように抱きしめて頭を撫でて慰めた。重圧にも負けずに神子として立ち振る舞う彼女にクライヴは心の中で最大限の敬意を捧げた。

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