表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/80

十七話

 レオンとサラが集めた兵を運用する為の作戦はクライヴが担った。レオンは知識を持っていても経験がない、サラ達エルフも集団で狩りをする事があっても集団で戦闘を行った事はない、クライヴは今回戦闘に参加しない事もあって兵の差配に尽力した。


 配置と準備を整え、ソフィアとリラに伝令を送る。二人は報告を受けて木神に祈りを捧げ始めた。神授の杖を介して木神の加護を前線に届ける、加護を受けて憂いを絶ったレオンはエクスソードを抜き放ちキマイラの前へと進み出た。キマイラも周りに漂う戦いの気配を感じ取って起き上がる。目の前にいるのはレオンとサラだけだった。


「行くぞ!!」


 レオンの短い掛け声で戦いは始まった。キマイラは体長7メートル程ある巨体、大きく鋭い牙と爪に、巨体に似つかない俊敏な動きに、双頭の口と尻尾の蛇からは強力な炎を吐く、容易に近づこうものなら引き裂かれるか丸焦げにされるかのどちらかである。


 しかしレオンは怯まない、爪の一撃を躱して懐に潜り込むと剣を振り一撃を加える。傷は入ったが浅いと判断すると二撃三撃と切りつける、血を流し怯んだキマイラは炎でレオンを焼き払おうとするが、サラがそのタイミングで的確に開いた口の中を射抜く、矢はキマイラ片方の頭の舌に突き刺さり堪らず悲鳴を上げる。もう片方の頭が炎を吐こうとした時には先ほどまでいたレオンの姿が見当たらなかった。


 レオンは二つの頭が混乱している隙をついて背後に回っていた。尻尾の蛇がそれに気が付き火炎を吐く、それに直撃したレオンの体は火に包まれてキマイラは仕留めたと思った。だが炎の中からレオンが無傷で飛び出してくる、勢いのままに尻尾の蛇を切り飛ばすと体から分かたれた蛇は塵となって消えて行った。


 炎が直撃した筈のレオンが飛び出してきた事はキマイラにとって完全に予想外の出来事であった。完全な油断。これによって後方の視覚を失ってしまった。


 炎に焼かれて無事であったのは木神の加護のお陰であった。しかし完全に耐性を得られるのは一度切りで、レオンはこれで炎に対処する為には射程外に離れるか、避けきる事しか出来なくなった。それでもこの不意打ちで得られた成果は値千金のものだった。


「かかれええ!!」


 レオンが剣を振り上げて号令を上げると同時に、木々に潜伏していたエルフ達が一斉にキマイラ目掛けて矢を飛ばす。全方向から同時に大量に飛んで来る矢を懸命に炎で焼き落とすが、尻尾を失った事で後方はカバーしきれない、それに片方の頭は口に刺さった矢のせいか火炎の勢いが弱く、焼き払えた数十本の矢以外はすべて体を突き刺した。度重なる負傷でキマイラは体勢を崩した。


 それでも周りで次の矢を番え構えるエルフ達は一人も油断していなかった。狩りを生業とする彼らにとって、手負いの獣程仕留める事が難しいものはないと知っていたからだった。勿論レオンとサラも油断はしていない、近くで対峙している二人にはキマイラが体に力を溜めているのが分かっていた。


 手負いのキマイラは目の前の敵を殺す事にのみ集中していた。自らより遥か小さな存在であるもの達に、勢いよく巨体ごとぶつかればバラバラに出来る。鋭い爪も掠るだけで肉を削ぎ臓物を散らす事が出来ると確信があった。傷のせいで加速が十分ではないが、残った力を後ろ足に乗せる。キマイラは決死の勢いでレオン達に突っ込んでいった。


 突進が来る事はレオンもサラも空気で感じ取れた。サラが手で合図を送ると後方に控えていたエルフ達が矢を構えて立ち上がる、レオンはエクスソードを地面に突き立て、エルフ達とソフィアと協力して準備していた魔法を発動した。ソフィアの魔力を糸のように凝縮し網状にした『フォトンネット』が木と木の間を塞ぐようにかかる、勢いよく突っ込んできたキマイラは減速できずネットにかかった。身を焼く光の魔法のネットに絡めとられ身動きを封じられたキマイラに、サラと控えのエルフ達の矢が突き刺さる、目に、鼻に、口に、頬に、喉に、胴体に、容赦なく襲い来る矢の雨をその身に受けるしかないキマイラ。レオンがエクスソードに力を込めて、放たれた渾身の光の刃はキマイラを両断した。


「勝った」


 戦いを終えて誰かがぽつりと口にした。その言葉を聞いた誰かがまたぽつりぽつりと呟いた。その連鎖はやがて多くの人に伝搬していき、いつしか大歓声となって勝利を知らしめた。


 レオンはキマイラが塵となって消えたのを確認して、やっと構えを解いて剣を鞘に納めた。サラが近づいてレオンの肩を叩いた。


「勝ったぞレオン」

「ああ、勝ったな」


 自分たちが巨大な魔物を討った。力を合わせて、脅威を退けた。その事実がふつふつと腹の奥底から煮えたぎり、喜びの感情を爆発させた。二人が雄たけびを上げると、一緒に戦ったエルフ達もそれに呼応するように皆雄たけびを上げた。


 勝利はすぐに長と代表達にも伝えられた。シルヴァンはほっと胸を撫でおろし、代表達は狂喜乱舞して騒いだ。


 ソフィアとリラにも報せはすぐに届いた。リラは急いで神樹の元へ向かう準備を整え始めた。ソフィアは一足先にレオンの元へ駆け出した。


 また街中にも勝利の報が伝えられ、重苦しい空気感であった避難民達も、戦って勝利を手にした戦士たちに感謝して喜んだ。閉塞感漂う重苦しい空気は、少しずつではあるが明日を夢見る希望に変わりつつあった。


 戦いを終えてソフィアとクライヴに合流したレオンは、長シルヴァンの所へと向かった。リラは神樹にて祈りを捧げていて、サラはそれに付き添っていた。


「まずは此度の勝利大変に嬉しく思う、そして貴方達の尽力に皆を代表して感謝申し上げる」


 シルヴァンはそう言うと頭を深々と下げた。


「勿体ないお言葉ありがとうございます。この勝利はフィオフォーリに住む者皆の勝利、神樹での祈りが届けば木神様がお力を取り戻す日もそう遠くないでしょう」


 レオンの言葉にシルヴァンは頷いた。


「しかし依然として魔族に対する脅威は去っていない、まだまだ貴方達の力を借りる事になりそうだ。そこでここに訪れた時の要件に今一度立ち返ろうと思う」

「もしかしてそれは…」

「うむ、代表達も皆納得してくれた。貴方に我が国に伝わる神器を託そう」


 シルヴァンについて来るように言われ、レオン達は後に続いた。


 合議の場がある建物は他の建物とは違って広く大きい、裏手に回ると妙に頑丈に作られた扉があった。鍵がかけられたその扉をソフィアが木神から受け取った鍵を使い開ける。開いた扉の先には下へ向かう階段が続いていた。


 暗がりの中をシルヴァンの明かりの魔法を頼りに進んで行く、道すがらここがどういう場所なのかを説明が入る。


「ここは神樹の根に続く道です。しかし神樹は巨大ですから、辿り着く先は根の一部ですが」


 深く深く下りていく、外の明かりは疾うに尽きて光源は魔法頼りだった。


「我々の祖先が作り出した神器は頭に戴く冠であり兜でした。神器とは皆を繋いだ先のオールツェル王の為を想い、五大国の人々がそれぞれの力と神々の力を合わせて作り上げた王の為の装備だと伝え聞いています」


 話を続けていく内に最下層に辿り着く、足を踏み入れた瞬間辺りに松明の光のようなものがいくつも広がる。


「ご覧ください、あれがフィオフォーリに伝わる神器、森羅の冠です」


 シルヴァンが指差す先に祭壇のような物があり、その上にあったのは一見するとサークレットの様な形をしていてあまり派手な装飾は施されていないが、美しい羽根の装飾が施されていて、美しく輝く深緑色の宝石が二つはめ込まれている。


 レオンは何かに導かれるかの様に歩みを進め祭壇の前に立つ、森羅の冠を手にすると、腰のエクスソードの光が鞘から漏れ出した。お互いを呼び合うように森羅の冠も輝きを増し、レオンがそれを装着すると光は収まった。


 強い力が体とエクスソードに流れ込むのがレオンには感じられた。森羅の冠は持ち主を待っていたかのようにレオンの頭にぴったりと収まった。


「何と神々しい事か、木神様が鍵を託された理由がよく分かりました。森羅の冠は王を待たれていたのですね」


 シルヴァンがそう言うと、レオンは少し気恥ずかしそうにした。


「私は王と呼ばれるにはあまりに未熟です。でも神器を授けていただけた事、深く感謝します」

「いえ、私は使命を果たしたまで。森羅の冠に選ばれたのは確かに貴方なのです。では戻りましょうか」


 戻る道すがらソフィアがレオンに声をかける。


「カッコいい、似合ってるよレオン」

「よせよ恥ずかしい、でも選ばれたからにはそれに見合う人を目指さなくちゃな」


 そう言って前を見据えるレオンを見てソフィアは微笑んだ。レオンならいつかきっと、そう言おうとした所でソフィアは言葉を飲んだ、言わずとも前に進むだろうし、自分も言われなくてもレオンの隣に居続ける覚悟だった。


 森羅の冠を頭上に戴いたレオンは、シルヴァンと代表達に混ざって合議に参加していた。これから迫りくる脅威にどう対応するべきか話し合いを続けている。


 ソフィアは神樹の元に向かい木神の加護を得る為の瞑想を始めた。リラの祈りで力を取り戻した今なら木神から加護を授かる事が出来る。


 それぞれがどうすればいいかの行動を始めた時、片腕を失ったクライヴはただ無心に大剣を振っていた。


 重心は崩れバランスは乱れた。一振りに伝わる力も元には戻らない、しかしクライヴは考えていた。自分はどんな時どんな状態でもレオンの剣であり盾、修練の日々は嘘をつかない、鍛え上げた体も剣技も衰える事はない、自分が出来る事は戦う事、立ちふさがる敵を切り伏せ迫りくる危機からレオンを守り通す。それこそがクライヴの芯であり騎士道だった。


 クライヴは気配を感じ取って剣を止めた。見るとリラが傍でクライヴの事を見ていた。


「どうされました?」


 声をかけられてリラはびくっと体を反応させる。クライヴは剣を鞘に納めてリラに近づいた。


「何かありましたかリラさま?」

「あ、あの、助けていただいたお礼をしていないと思いまして」

「そんな、私は騎士として当たり前の事をしたまでです」

「そ、それでもです!これ私が織りました!フィオフォーリの伝統的な織物で、私の魔力も込められています。良かったら使ってください」


 リラが差し出したのは肩にかける為のマントだった。ベルトで固定できるようになっていて、丈夫な作りであるだけでなく防御魔法の力も感じられた。


「これは?」

「か、肩にかけておけば腕が見えなくても恰好がつくかなと思いまして、あ、いえ腕がないから恰好悪いと言っている訳じゃありませんよ!?ただ、レオン様とソフィア様がクライヴ様を見る度に辛そうなお顔をされているので…」


 クライヴはリラからマントを受け取って広げた。白銀色の布地に金色の糸で文様が施されている、美しい出来栄えのマントであった。


「着けるのを手伝っていただけますか?」

「あ、はい!」


 リラに手伝ってもらいクライヴはマントを装着する。無くなった左腕を覆うマントはクライヴによく似合っていた。


「リラ様ありがとうございます。とても気に入りました。それに私を気遣ってくれた事、とても嬉しく思います」


 そう言って微笑みかけるクライヴにリラは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。素敵な贈り物をもらったとクライヴは喜ぶと共に、騎士としての覚悟を大剣とマントに誓った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ