十六話
フィオフォーリ本国へ戻ってきたレオン達一行はさっそくリラを連れて長の所へと向かった。リラの無事な姿を見て喜びを見せる一方でクライヴの姿を見てシルヴァンは大層驚いた。何が起こったのか事情を説明して、レオン達が話し合った作戦についても相談をする。一通り聞いたシルヴァンは暫く考え込んだ後口を開いた。
「皆がフィオフォーリについて深く考えてくれている事は分かる。だが、私は長という立場として代表達を集めて合議を開かなければならない、そして恐らく話を纏めるには時間がかかるだろう、皆混乱の最中にあって魔族の侵攻の話を聞けば、代表達も自分たちの意見を取りまとめる事が難しくなる」
シルヴァンの言にサラが反発する。
「父上!それでは動きがどんどん遅くなります!意見を取りまとめている内に手遅れになる事は目に見えています!」
「そうがなり立てずとも分かっている。お前の言う通り確実に手遅れになるだろう、しかし受け継がれてきたものを否定する事も痛みを伴うのだ」
「しかし!」
サラがまた反発しようと身を乗り出した所で、リラがそれを止める。
「お姉ちゃん、お父さんにも代表達にもそれぞれ事情があるんだよ。責めるだけだとそれこそ話が進まないよ」
「リラ…」
リラに窘められてサラは引き下がる。
「それでも、サラの言う事が正しいのは皆理解できる筈、国を思う気持ちは皆同じなのだ。そこで、私から提案したい事がある」
「提案ですか?」
レオンが聞くとシルヴァンが頷く。
「先ほどの情報を聞かせれば代表達も戦力を整える事が急務である事は、議論するまでもなかろう、細かい文句も私の一声で何とかなる。サラを筆頭にしてフィオフォーリ防衛軍を編成する、兵を集めるのも自分でやるのだ、お前がこの国を守る力を纏め上げろ」
シルヴァンはサラに対して厳しく言い放つ、ここが踏ん張り所だと発破をかけるようだった。
「サラが編隊した兵でレオン様に協力する事は何も問題はない、小娘一人がかき集めた兵力に文句を言う狭量な者はいないさ、居たとしても私が黙らせる。その代わり誰の力も借りる事は出来ないぞ、覚悟はいいな?」
「お任せください!」
サラの勢いある返事にシルヴァンは顔にはあまり出さずとも嬉しそうにした。次にソフィアとリラに向かって言う。
「ソフィア様とリラは今すぐにでも儀式に取り掛かってもらいたい、神樹へは遥か遠いが、二人の力を合わせれば祈りを届ける事は出来ないだろうか?」
「出来ます!私が持つ神授の杖の力と木の神子であるリラさんの力を合わせれば、星神様を通して木神様に語りかける事が出来ます」
ソフィアは前のめりになって答える。
「私もソフィア様と共に全力を尽くします!」
リラもそれに応える、二人の神子の気持ちは同じだった。
「よし、使う場所は祈りの場を使ってくれ、国民が神樹に近づけない代わりに祈りを捧げる場所だ。これ以上に適した場所はないだろう、リラはソフィア様を案内してあげなさい」
シルヴァンに言われてリラは頷いた。
「ソフィア様行きましょう」
「うん!あ、ソフィアでいいよ。私もリラって呼んでいい?」
「え、あ、うんいいよ!よろしくソフィア」
リラはソフィアを連れて早速祈りの場へと向かって行った。それに合わせてサラも行動を起こすと言って足早に去っていった。
「レオン様、クライヴ殿、改めて娘を救っていただいた事を感謝いたします。クライヴ殿、何かと不便な事も多いでしょう、よければ世話係として誰かをつけようと思いますが」
クライヴは首を横に振った。
「お気持ちだけ受け取らせていただきます。それよりも、リラ様とソフィア様の件はともかく、サラ様の募兵については反発も大きいのではないですか?」
レオンも頷いて続く。
「フィオフォーリのやり方を否定する意図は我々にはありません。最悪キマイラ討伐については、シルヴァン様から我々に依頼されたという形をとって行ってしまうのはどうでしょうか?」
シルヴァンはレオンの提言を却下する。
「いえ、それでは駄目です。そもあの魔物の実力は未知数、戦力を揃えて数で叩く事は定石です。そして何より、代表達の目を覚まさしてやらねばなりません」
「というと?」
「このままではキマイラを倒し、木神様の力を取り戻し、国を護る事が出来ただけで満足してしまうでしょう。これからも先頭を行く覚悟を持つレオン様の足枷となってしまう、魔族との戦いは五大国が足並みを揃える必要があります。森だけを護れればいいという考えを捨てさせなければなりません。代表達もそれは分かっているのです。ただ根付いている保守的な思想はそう簡単に覆らない、我々にも戦う力と意志があるのだと見せつけねばなりません」
だからこそサラを自由にさせるのだとシルヴァンは語った。サラには護る為に戦う意志がある、一緒に行動を共にしたレオン達もそれは分かっていた。
「分かりました。では我々はサラ様の手伝いをしてきます。兵に必要な事はクライヴが教えられます。私はサラの補佐にまわります」
レオンが言った言葉にシルヴァンも同調した。
「よろしくお願いします。私は代表達を集めてこれからの事を説明してきます。恐らく長引くでしょうが、きっと形にしてみせますので戦いの用意を頼みます」
それだけ話し終えると、レオンはクライヴを連れ立ってサラの元へ、シルヴァンは代表の招集の為会議の場へ向かった。
ソフィアとリラは祈りの場で瞑想の準備をしていた。ソフィアが神授の杖を使って場を作り出す。二人はそこへ跪くと互いの顔を見合わせて頷き祈り始めた。
『神々から与えられし神授の杖を持ちて願います。星の神子と木の神子が、木神様に祈りを届けます。我々を守り慈しみ育てたもうた偉大なる木々を司る神よ、願わくばこの声を聞き届けたまえ』
二人の祈りに合わせて神授の杖が光を増していく、その光は祈りを続ける二人の体を包み込み、二人を取り巻く景色は様変わりし、目の前に木神が姿を現した。
「久しいな木の神子リラよ、まず無事に目覚めた事を喜ばしく思うぞ」
木神は巨大な一本の木が人の様な見た目をした姿をしていた。足は根の様に地面に張り、その周りには常に花や草木が咲き誇る、巨体を切り株に腰掛け、枝のような手で頭に生えている葉をわしゃわしゃと掻いた。
「そしてお前が星の神子ソフィアだな、星神から話は聞いている。木の神子への協力を感謝する」
木神はゆっくりと頭を下げる、動作の度にぱきぱきと枝が折れるような音が聞こえてきた。
「木神様、長い間祈りを届ける事叶わず申し訳ありません」
「いやリラよ、お前が眠りに落ちていた間もお前の祈りの声は聞こえてきていた。不甲斐ないのは儂の方だ、神だ何だと大層な事を言いながら森に生きる民を苦しませてしまった。森の木々を通してすべてを見ていたが、何も出来なかった。すまなかった」
リラの言葉に木神は力なくうなだれた。悔しく思う気持ちは神も人も同じなのだとソフィアは思った。
「木神様、まだ間に合います。私の仲間、オールツェルの生き残りであるレオンが、エクスソードを手に戦う準備をしています。神樹への道を塞ぐ魔物を退治する事が出来れば、リラがもっと近くで祈りを捧げられる。この森に生きるすべての者の願いを届ける事が出来ます」
ソフィアの言葉に木神が顔を上げる。
「そうか、そうであったな。エクスソードと神授の杖、オールツェルの王子と星の神子が手を取り戦っている。先の魔族戦争においても戦う事を諦めない者達と神々が手を取り合った事が決め手となった。儂の無力を嘆いている場合ではないな」
木神はそう言って立ち上がる、その雄大な姿は勇ましく頼もしいものだった。
「木と星の神子よ、魔物と戦う際はこうしてまた祈りを捧げてくれ。フィオフォーリ全体を守護する力はないが、二人の力があれば神樹一帯と戦う者達への加護を授ける事ならば出来よう」
木神の言葉にリラとソフィアは感謝を告げる。
「ありがとうございます木神様、貴方様のお力が姉やレオン様達をきっと助ける事でしょう」
最後に木神はソフィアに木で出来た鍵を渡して言った。
「ソフィアよ、その鍵を長シルヴァンに渡せ。儂からレオンにと伝えればあ奴にはすべて伝わろう」
「分かりました。確かにお預かりいたします」
ソフィアが鍵を受け取ると先ほどまでの景色は消え去り、元居た祈りの場へと戻った。リラは木神からの言葉をサラ達に伝えに、ソフィアは託された鍵をシルヴァンに届けに行くためそれぞれ行動を始めた。
サラは兵を集めるにあたって元々声をかけていた弓矢の扱いが上手な者達にさっそく事情を説明した。元よりサラに同調していたのですんなりと勧誘は成功したが、精々個人が声をかけていただけの人員なので、集められたのは十二人だった。
途中から参加したレオンとクライヴを混ぜて全員で話し合ったが、皆の意見は一致していた。
「数が足りない」
いくら志が高くとも腕が立つと言えども、このままでは数が足りなかった。集められた者が精鋭だとしても数は力に直結する。あくまでサラが長の許可を得て持つ私兵なので多すぎても都合が悪いが、少なすぎても問題であった。この程度の人員で勝てるのかと、返って周りの不安を煽る事に繋がりかねない、そしてここでサラが集められた戦力は、見える形での支持なので戦いの意志を示すにしても物足りないのだ。
「どうすればいいレオン」
集まった兵はクライヴに任せて、サラはレオンに相談していた。
「やっぱりここはサラの気持ちを正直に皆に伝える事がいいと思う、きっと言い出せないだけで同じ気持ちを持つ者がいる筈だ。正直で真摯な姿勢がその人達の心に火をつけると思う」
レオンの言葉で決心を固めたサラは大急ぎで準備を進めて、広場で集会を行う事にした。矢面に立つのはサラであるが、後ろにレオンも控えた。携えたエクスソードは人々が手を取り合った証でもある、分かりやすい目印として使えると考えた。
人々の集まりはあまり良くない、まばらな人々が珍しげに足を止めるだけ、しかしサラはこの程度の事で折れるような軟な性格ではなかった。
「皆さん、聞いてください。とても、とても大切な話です」
拡声の魔法が込められた魔石を手にサラは話し始める。
「皆さんは魔物の被害を目にしましたか?それとも被害に遭われたか、隣人が被害を受けたか、今我々の国は魔物によって脅かされています。神樹への道は閉ざされ、森は加護を失いつつある。長と代表達が方々手を尽くしてくれています。しかしそれにも限界がある、出来ないのでありません、助けが必要なのです。私は弓矢を手に魔物と戦います。何故戦うのか、それは護る為です。皆が生きるこの森が私は好きです。自然と共に生きる暮らしが好き、野を駆けて木々に飛び移り、恵みと試練を与える森と共に生きる事が誇りです。それを好き勝手に乱す魔物を許していいですか?森に生きるすべてを破壊するだけの魔物を無視して自分たちの平和を守りますか?私は嫌です。皆の誇りが穢されていく事を黙って見ている事など出来ない、だから戦います」
それだけ言うとサラは魔石をレオンに投げてよこした。受け取ったレオンの顔をまっすぐに見つめサラが頷く、それに応えるようにレオンも頷いて話し始めた。
「私はオールツェル王国で王子と呼ばれていたレオンです。我が祖国はすでに魔族の手に落ちました。だから今の私は何者でもありません、亡国から零れ落ちた塵芥です。だけど私はそれに甘んじるつもりはありません、封印されたエクスソードを掴み取り立ち上がった。魔族と魔物を討ち果たすその日まで止まるつもりはありません。その上で救いたい助けたいと思った事があればすべてやるつもりです。私は憎しみを晴らす為に立ち上がったのではない、悲しみを止める為に立ち上がったのです。この事はわが師であり友人である人に教わりました。大きな喪失と痛みと引き換えに私に教えてくれた。だから私は何度でも立ち上がります。戦えなくてもいい、ただ見ていてください」
レオンはそう言って頭を下げた。言うべきことは言った。サラもレオンもそう思って壇上を去ろうとしたその時、いつの間にか集まっていた人々の一人から小さな拍手が起こった。その拍手はまた別の誰かの拍手を呼び、連鎖していくそれはあっという間に大歓声へと繋がっていく、ぼろぼろと涙を零すサラにレオンはハンカチを渡すとその背をもう一度壇上に押しだした。
戦うと言い出してサラの部隊に就く事になった人数は百人になった。他にも口々に戦うと言い出す人々はシルヴァンと代表達が受け入れた。準備は整った。キマイラ討伐の為にレオンとサラは動き出した。