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十五話

 雫の泉で目的は達したものの、手痛い代償を負ってしまったクライヴを連れて、レオン達はフィオフォーリに帰る道を歩いていた。

 クライヴは戦えると主張したが、高熱が下がらず朦朧とする事が度々あるのでレオンが駄目だと厳命した。代わりの戦力としてサラが弓矢を持ち、リラは後方で片腕で足場の悪い道を歩くクライヴを支えた。

 泉へ行く道程より、帰りの進捗はやや鈍化した。サラが戦力としてクライヴより足りない事も理由の一つだが、大きな理由はレオンが異常なまでに慎重を期するようになり、足を止める回数が多くなっている事が原因だ。何度も休憩を挟み、その度に一人で周囲をくまなく警戒する、安全を確認できるまで動こうともしなかった。

 夜の森は暗い、危険は日中より遥かに高まる。一同は腰を下ろし野営の準備を進める、ソフィアがふと気付くとレオンの姿が見えない、結界を張り終えていないままでは心配だと皆に相談すると、クライヴが探しに行くと言った。

「でもクライヴ大丈夫なの?足場も悪いし転んだりしたら」

「大丈夫です。リラ様のお陰で歩き方にも大分慣れてきました。レオン様も遠くに行っていない筈、周辺の警戒に行かれたのでしょう、すぐに戻りますよ」

 それでも心配だからとついて行こうか迷っているソフィアをサラが引き留めた。

「ここまでゆっくりレオンとクライヴ殿が話す機会も無かった。レオンも一人で遠くまで行くような考えなしではない、クライヴ殿の言う通り念入りに警戒しているのだろう。二人きりにして少し話をした方がいい」

 ソフィアはサラの言う事も尤もだと思い、クライヴを見送った。まだ少しバランスが悪そうにしているが、もうすでに歩行に支障がなさそうにしている様子を見てソフィアは少しだけ安心した。


「ここに居ましたか」

 クライヴはすぐにレオンを見つけた。野営地から少しだけ離れた所で木の根元で座り込んでいた。

「クライヴ、歩き回って平気なのか?」

「ご心配に及びません。もう剣だって振るえますよ」

 クライヴはレオンが座り込んでいる位置の反対側に腰を下ろす。

「レオン様は変わりませんね」

「何がだ?」

「落ち込まれるとこうして一人で暗く狭い場所に行かれる事です。王城に居た時は中庭に植えられた木の下でよくいじけていました。探しに行く立場としては分かりやすくて助かりましたよ」

「ふっ、そう言われると確かに俺は変わってないな。こうしてクライヴに見つけられる所まで同じだ」

 レオンは昔を思い出して少し微笑んだ。もう返っては来ない優しい思い出、いたずらして怒られたり、ソフィアと喧嘩して落ち込んだり、その度いじけては中庭の木の下で膝を抱えていた。そして見つけ出して励ますのはいつもクライヴだった。

「レオン様申し訳ありません。私は貴方の剣であり盾、そう誓ったのに片腕を失ってしまいました。レオン様とソフィア様の身を守り、その上で自分の身も守る事が騎士としての使命だと言うのに、不甲斐ないばかりです」

「そんな事を言うな、あの場を切り抜けられたのはクライヴがいてこそだった。皆殺しにされていたかも知れない、俺の見通しが甘かったんだ。認識が甘かった。不甲斐ないのは俺の方だ、クライヴの腕を犠牲にさせてしまった」

 全てが自分のせいだと言わんばかりにレオンは吐き捨てた。この程度の実力で何が魔族討伐か、何が王国再建か、人々の前を常に切り開き続けた初代王には遠く及ばない、矮小な自分に何が出来るとレオンは思っていた。

「驕っていますね王子」

「何だと?」

「貴方のその考えは驕り高ぶっていると言っているのです王子、王ではなくその予備でいたいのなら隠れ里で身を隠していなさい、貴方がいようといないと私は歩みを止めません、ソフィア様もそうでしょう、神託を受けた彼女は星神の代理も同じ、その責任を投げ出すような人ではありません。誰かが傷つく度に歩みを止めるつもりですか?犠牲があればすべて自分の責任だと?」

「でも俺は、誰かが傷つくのを見ていられないんだ!俺に力がもっとあればこうはならなかったと考えずにいられない!」

「貴方について行くと決めたのは私です!貴方の為にどんな犠牲も厭わないと決めたのは私です。持ちうる力をすべて使うと決めた。先王がすべてを救い上げて前に立っていたとお思いですか?取りこぼした命を飲み込んでそれでも先頭に立ったのです。王として何を目指すべきか示し続けた。どれ程の悲しみを背負っても膝を折る事なく前へ進んだ。レオン様は彼とは違う、レオン様のやり方で前に進めばいい、だけど思い出の木の下へ逃げ込む事は許しません。がむしゃらにでも前へ進むのです。レオン様の思うがままに!」

 クライヴの語気が強まる度にレオンの心の中は抉れていくようだった。もう自分の事を王子と呼ぶオールツェルはない、王であった父は死に、国は魔族により乗っ取られた。レオンは何者でもない、荒野を歩み宝剣を手に前に進むしかない、その道のりこそがレオンを王たらしめるのだとクライヴは言っているのだ。何度も覚悟を決めた筈なのにその事を本当の意味で理解していなかった。

「すまないなクライヴ」

「いえ、出過ぎた事を申しました」

 レオンは立ち上がってクライヴの前に立った。手を伸ばしてクライヴを引っ張り上げる。

「それでもな、俺は誰かが傷つけば悲しむし、犠牲が一人でも少ない事を願う、誰もが傷つく事なく犠牲にならない道がもう無い事を理解しながらそうある為に前に進む、そう決めたぞ」

「それでいいのです。貴方は貴方が目指すものの為に進みなさい、私はどんな事があってもレオン様の騎士として剣を振るいます」


 レオンとクライヴが野営地に戻ると、ソフィア達が食事の準備をして待っていた。疲れた体に温かい食事が染み渡るようだった。人心地ついた所でクライヴが魔族との交戦で得た情報を話し始めた。

「魔王が何を考えているか分かりませんが、予想通りレオン様とソフィア様は分かっていて見逃されているようです。厳命されているのはお二人の身柄だけの様ですが、この情報は有利に働くと思います」

 レオン達が即襲われて殺されない事はやはり理由があったのかとレオンは納得した。安心できる要素はないが、相手がこちらに猶予を与えると言うなら相手の手の届かない程先に行けばいいだけだ、レオンもソフィアもそう思った。

「そして残念ながらフィオフォーリで魔族が暗躍していた事は確定です。キマイラを配置し、リラ様に呪いをかけて国の弱体化を進め、木神様の力を削いだのはあの魔族の策略です。フィオフォーリを落とすつもりだと語っていました」

 サラはその事を聞いて大きくため息をついた。

「父上の考えは大方当たっていた訳だ、しかし正直旗色は悪いぞ、代表達の意見は割れ始めている。その混乱の最中を突かれれば一気に落とされてしまうかも知れない」

 サラの意見にレオンが口を挟む。

「確かにサラの言う事も一理あるが、俺はそれほど悲観的になる事もないと思う。木の神子であるリラを目覚めさせられた事は大きな成果だ、木神様が少しでも力を取り戻す事が出来れば、混乱もそこまで大きくならないかもしれない」

 ソフィアもレオンに同調する。

「私も星の神子としてリラさんと協力して木神様に語りかけて見ます。神子が二人いれば多くの人々の声を届ける事が出来ます。そうすれば木神様もすぐに力を取り戻します」

「私も木の神子として全力を捧げる事を誓います。きっと木神様のご加護をフィオフォーリに取り戻して見せる」

 リラの言葉にも強い意志が宿っている、神子としての意地と誇りがあるのだ。

「そうだな、皆がいれば心強い。父上の判断を仰ぐ必要はあるが、きっとすぐに行動に移れる筈だ。しかしまだ懸念はある、あのキマイラをどうするかだ」

「確かにあのキマイラは厄介です。あの魔族は魔物をいじくる能力があると言っていました。想定外の力を持ち合わせている可能性もあります」

 もしクライヴの腕を腐らせたような強い毒を持っていれば、被害は相当なものになってしまう、しかしレオンは言った。

「確かに未知の力を持っているかもしれない、神樹への道を塞ぐ脅威だ。だからこそ俺が前に出て戦う」

「レオン様それは」

「危険なのは分かっている、捨て鉢になっている訳じゃないよ。分かりやすくある目の前の脅威に立ち向かう勇気をフィオフォーリの人達に示すんだ、言葉だけじゃ駄目だ。これは俺が前に立ってこそ意味がある」

 レオンはこの事について引くつもりはないとクライヴに目で伝えた。

「レオンが戦闘で前に出るなら私も出る」

 ソフィアはそう言ったがレオンはそれを止めた。

「いや、ソフィアはリラと一緒に木神様の力を取り戻す事に専念して欲しい、火の問題があるからな、戦いに勝っても焼けた野しか残っていないのでは意味がない。だからサラ、君に頼みたい」

「私か?」

「ああ、俺の戦いに手を貸して欲しい。それか戦う意思のある者を集めてくれるだけでもいい、とにかくエルフに立ち向かう意思があるのだと示したい。そうすれば何人かは俺達に力を貸してくれる者が現れるかもしれない」

 レオンの決意に満ちた顔を見てサラは頷いた。

「分かった私はレオンに力を貸そう、元より私は戦うつもりであったんだ。他にも一緒に戦いたい者も探そう、長の娘である私とレオンが前に出ると言えば、誰か物好きな奴も現れるかもしれない」

 サラの協力を得られてレオンは自信を持って頷いた。

「決まりだ、戦おう。フィオフォーリを魔族の好きにさせてはならない、どんな力を振りかざしてきても屈する事がないと、あの魔族に見せつけてやるんだ」

 レオンの言葉に皆が頷いた。


 深夜、交代で見張りをしている時にソフィアとクライヴがたき火の前に座っていた。

「クライヴ、体調は大丈夫?」

「ご心配ありがとうございます。おかげさまで大分感覚も取り戻してきました」

 流石クライヴと言ってソフィアは微笑んだ。

「ソフィア様、実は先ほどの話の中でレオン様達には言っていない事があります。正直ソフィア様に話すべきなのかも迷っています」

「何となく分かってた。クライヴが何か隠し事をしてる顔してるから」

 ソフィアにそう言われてクライヴは驚いた。

「私はそんなに分かりやすい顔をしていますか?」

「ううん、多分私じゃないと分かんないんじゃないかな。ずっとレオンとクライヴを見てきたから、何か重大な事を抱え込んでいるなって事くらいなら分かるの」

 クライヴは感心した。ソフィアは確かに気遣いの出来る人だが、優れた観察眼も持ち合わせているのだと初めて知った。

「なら話します。聞いて欲しい」

 クライヴは魔物の正体についてソフィアに話した。元は人間や動物を魔族によって改造されたもの、その中にはオールツェル王国民が混ざっている事、魔族が人や動物の命を使って実験を繰り返していると言う事を。

「あの魔族が語った事のすべてです。真偽のほどは分かりませんが、私が魔物の中に人や動物等の面影を見ていた事は事実です」

 ソフィアはクライヴの言葉を聞いて静かに涙を流していた。そしてクライヴにとっては意外な事実を語った。

「私は神授の杖を授かった時に、魔族戦争の歴史を垣間見た。その中に魔族が人を使って魔物を作っている場面もあった。だから私は分かっていた。でもやっぱり王国の人達が犠牲になっていたと改めて聞かされると辛いね」

「そうでしたか、ソフィア様はそれを理解された上でレオン様と共に戦う道を選ばれたのですね」

 ソフィアは涙を拭って答えた。

「勿論、王と神子は一対だからね。レオンが残酷な現実に立ち向かうのなら、私はそれを支える。それが人と神を繋ぐ星の神子の役目だよ」

 クライヴはソフィアの気高い魂に感服した。そして自分に出来る事はなにがあるのかと思いを馳せる、例え片腕を失おうとも騎士の魂に一片の曇りはない、ならば剣を取ってまた立ち上がる事が自分の使命であるとクライヴは心の中で強く決意した。

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