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十四話

 ランスと二人きりになったクライヴ、木々がレオン達を守るようにその扉を閉じたのを見てクライブは安堵の表情を浮かべた。


「おいおい、よそ見していていいのか?」


 ランスの笑い混じりの挑発にもクライヴは冷静に返す。


「ご心配なく、いくらでも襲い掛かれる機会があったのにそう出来ない相手なぞ恐れるに足りません」


 クライヴの挑発にぴくりと眉を動かすランス、事実彼は動けなかった。動こうとしたのに動けなかったのだ。クライヴから漂う殺気は、いつでもお前の首を叩き斬ると言外に伝わってきたからだ。


「流石最強と謳われた騎士、一分の隙も無い立ち振る舞いですねえ」


 ガキンと武器のぶつかった音が響く、クライヴが斬りかかったのをランスが受け止めた。手には大きな鉤爪のついた手甲がはめられている、受け止めた逆の手でランスは攻撃するが、クライヴは飛び退いてそれを避けた。


「お喋りの途中だと言うのに、まったく」

「語り合わせる言葉など持ち合わせていない、私は貴様を斬り殺すだけだ」


 クライヴとランスの攻撃がぶつかり合う、クライヴの怒涛の剣戟をランスは巧みに避け、受け、流す。一撃を避けてランスは体を捻り鉤爪をクライヴ目掛けて振るう、攻撃後の隙を狙った一撃は防げるタイミングを逸した一撃に思えたが、クライヴは咄嗟の判断で大剣から手を放し身を反らして躱す。放した大剣を逆手に掴み薙ぎ払う、ランスはその攻撃を手甲で受け止めて後ろに跳び勢いを相殺した。どちらかが一手でも対処を誤れば即死する攻防は、人外の怪物同士の争いを思い起こさせるものだった。


「おいおい、あんた本当に人間かよ。いくら何でも強すぎるぜ」

「鍛えれば誰でもこうなれる、貴様は鍛え方が足りないようだな」


 ランスが息を乱すのに対してクライヴは呼吸を乱すどころか姿勢の崩れもない、地面に太い杭でも刺しているかの様に大剣を構えて立つ、クライヴの大剣は彼が振るうと重さを感じさせない羽根のような軽やかさなのに、その一撃一撃は重く鋭く大地を穿つような強力なものだった。


「ハハハ、面白いジョークですね」

「冗談は好かん、貴様はお喋りが過ぎる。決めさせてもらうぞ」


 クライヴが構えるのに対してランスは攻撃の姿勢を解いた。


「まあもういいでしょう、僕はただレオン王子の顔を見に来ただけですから。魔王様から殺すなと命じられている以上固執するつもりはありません」

「私が引かせると思うのか?」

「貴方の意思など関係なく引きますよ、大体レオン王子達をここに来るよう仕向けたのは僕ですよ?」

「何っ?」


 クライヴは構えを解かずともランスの話を聞いた。


「神樹への道を塞ぐ魔物を配置したのも、木の神子に眠りの呪いをかけたのも、今このフィオフォーリで起きている異変も僕がすべてレールを敷いたんですよ。この泉の存在は魔王様から聞きましたから、癒しの術を探して行動させる事は読んでいました。エクスソードがあればここを見つける事は容易い、それにレオン王子が手を貸さぬ訳がない、きっちり乗ってくれて助かりました」

「貴様、この森で何を企んでいる」

「魔王様がオールツェルを獲ったのなら、僕はここを頂こうかと思いましてね。僕は魔物をいじくる能力がありまして、オールツェルで魔王様が作っているものより、エルフやここに住む動物はいい材料になりそうですよ」


 クライブはそれを聞いて内心冷静ではいられなくなった。ずっと頭の片隅にあった疑問が、ランスの今の言葉で確信に変わろうとしている。


「おや、どうしました?冷や汗ですか?額にびっちりと」

「魔物の出処は王国領内、無から有は生まれない、王国内には多くの人々が取り残されていた。ま、魔物は既存の生き物に似通った所がいくつもある、混ざったり歪められたりしているが、どこか面影を感じる」

「そこまで分かっていながら業が深いですね貴方も、お察しの通りですよ。魔物の元は人間です。貴方達が愛してやまない王国の民達を魔王様がいじくって作ったのですよ、増やしやすくしたり形を変えたり、楽しかったですよ僕も手伝いましたからね、魔物には愛着があります。でも貴方達には単なる障害にしかなりませんか、元は守るべき人今は排除すべき敵ですものねえ!」


 クライヴは己の中で何かがブチ切れる音が聞こえた。音も景色もすべてが遠くに感じる、今はただ目の前にいる悍ましいなにかを細切れにしてやる事しか頭に無かった。クライヴは地面がめくれ上がる程に大地を蹴り、音を置き去りにして飛び掛かった。


「いやあ御しやすいですね」


 脇から飛び出してきた獣型の魔物の爪がクライヴの左腕を引き裂いた。冷静さを欠き、目の前しか見えていなかったクライヴの痛恨のミスだった。すぐさま魔物を蹴飛ばすとその魔物はあっという間に死に消えた。


 脆すぎる、クライヴがその違和感を感じた時に傷つけられた左腕に激痛が走った。深くはない傷跡がすでにぐずぐずに腐り始めている。


「猛毒ですよ、貴方は生かしておくと厄介そうだ。王子と神子の殺害は止められていますが、貴方については何も言われていない。全身腐り落ちて死になさい」


 勝ち誇った表情のランスを見て、沸きあがったクライヴの頭は一気に冴えていった。毒が体に回る前に素早く左腕を切り落とした。そしてその腕を掴んでランスに向けて全力で投げつけた。ランスの顔面に腐ってぐちゃぐちゃに溶けかけた肉の腕が当たる。


「うおっ!」


 突然の腕の投擲と、顔についた腐った肉に怯んだランスは、思わず視界からクライヴを消してしまった。その隙をクライヴが見逃すはずがない、ほんの一瞬でランスに肉薄したクライヴは、目にも止まらない速さの剣戟でランスの両手両足を斬り落とし、胴体を地面に足で押し付けると大剣の切っ先を喉に突き立てた。剣先が首の半分程を過ぎた所で、ランスの体は一瞬のうちに消えてしまった。


「し、仕留めそこねたか、ま、まだまだ未熟…」


 クライヴは大剣を突き立て体勢を保っていたが、片腕を失い多く流れ出た血のせいで意識を失った。後方でレオン達の叫び声が聞こえてきても、一言も発することも出来ず地に伏した。


 クライヴはしばらくして目を覚ました。辺りを見渡すとまだ雫の泉にいた。


「目覚められたかクライヴ殿」


 サラが心底安心した顔でクライヴを覗き込んでいた。隣には目覚めたリラがいる。


「ああ、リラ様ご無事に目覚められて何よりです。先ほどは慌ただしくしてしまい申し訳ありません」

「そんな…クライヴ様、謝らなければならないのは私の方です。クライヴ様の腕が…」


 リラに言われてクライヴは切り落とした腕を見る、切り落とした傷口が塞がっている。


「腕の処置は誰が?」

「泉の力です。しかし私を目覚めさせる為に力を使ってしまったので、傷口を塞ぐ程度しか出来ず、ごめんなさい」

「謝らないでください、元より目的は貴女の目覚め。それに私の腕はすでに毒で腐りかけていた。例え泉の力が万全であってもどうにもならなかったでしょう」


 起き上がろうとするクライヴをサラが慌てて止める。


「クライヴ殿!もう少し休まれていた方がいい、何かあるのなら私が力になろう」

「すみません、しかしレオン様とソフィア様がいらっしゃらないのが気になって、私はお二人の傍にいないと」


 クライヴが無理やりまた起き上がろうとするのでサラが懸命に抑えていると、ソフィアが戻ってきた。目を覚ましたクライヴの姿を見て急いで駆け寄る。


「ああ、クライヴ!目を覚ましてくれたのね!本当によかった。心配したんだから」


 ソフィアの目が赤く涙の筋が頬に残っていた。クライヴは残った右手でソフィアの頬を撫でる。


「すみませんソフィア様、ご心配おかけしました」


 ソフィアはクライヴの手をギュッと握りしめる。無事とは言えないその姿を痛ましく思い、ただただ慈しむように握った。


「ソフィア様、レオン様はどちらに?」

「レオンは魔物が来ないように辺りを警戒して見張ってる、私はこれを持ってきた」


 ソフィアはクライヴの大剣を鞘に納めて持ってきた。傍らには、切り落とした腕についていた装具の破片があった。


「腕も見つけたかったんだけど、これしか見つからなくて」

「いいんですよソフィア様、あの腕はもう毒が回っていましたから。どうしようもないんです。でもお気持ちはありがたく頂戴いたします」


 ソフィアは堪えきれずクライヴの胸に顔を埋め泣いた。命がけで皆を守った騎士の代償は片腕、残酷な現実に我慢がならなかった。


 魔王城の玉座に座り魔王アラヤは逃げ出したランスを見下ろしていた。手足を切り落とされ、喉に穴が開いているランスは言葉を発する事も出来ずアラヤを睨み付けている。


「まあその程度の負傷ならすぐにでも治してやれる、しかし手ひどくやられたものだ」


 アラヤはランスに手のひらをかざす。その手が淡く光った瞬間、ランスの手足が体から生えて喉の傷が塞がった。げほげほと咳き込みながら新しく生えた手足を踏ん張らせて何とか立ち上がる。


「抜かりました。あの騎士にあれほどの爆発力があるとは」

「国最強の騎士だぞ、甘く見積もったお前が悪い。次になます切りにされても我は助けんぞ」

「もう手を煩わせる事はございません。それよりもうフィオフォーリは潰します。あそこのエルフ共は僕が貰う、あの騎士を殺す魔物を作り出すんだ」


 アラヤはフンと鼻を鳴らす。威勢よく吠えているが、それほど期待はしていなかった。成功しても失敗してもアラヤとしてはどちらでもいい、目的の為魔族を減らす訳にはいかないが、それ以外はどうでもいい事だった。


「まあいい好きにしろ、上手くやろうと我はどうとも思わん」

「ええ好きにさせてもらいますよ」

「治したばかりで体が脆いからな、死にたくなければ暫く大人しくしてから行け」


 それだけ言うとアラヤは玉座から去って姿を消した。残されたランスは歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、目的の為の次の一手を考えていた。

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