7 泥団子 牧場へ行く ①
◇◇
あっさー‼
そんな声が歯磨き途中のおてんとう様から聞こえてきそうな晴天です。(寝ぼけた妄想娘やっ)
こっちの世界に来てから早いもので一月経ちました。
わたしはとっても元気です。
え? 今何をしてるかですか? はい。わたしはこれから領主様と一緒に牧場の見学です。
やはりこの世界では豚さんはいらっしゃらないようですが、森に大きな猪がいるようです。森の獣たちはみんな大きいので森へ入るのはもっと慣れてからって言われましたので無理はしません。今思うとあの森で一晩泥の中に居たのよね……。よくぞご無事で のわたしだよね。
セハスさんが言うには「雨が降っていたので獣たちが動き回らなかったのでしょう」ってことでしたが、命大事感謝感謝 です。
あの後 実はこっそり森へ入ったのです。
タブレットやお財布の入ったリュックをね、ちょっと諦めきれなくて。ほんのちょっとの出来心だったんですって言うのとは違いますが。
結果から言うと 山狩り? されちゃいました。
お屋敷を離れていたのは小一時間よ。
探し物~♪ なんて鼻唄を歌いながら崩れた山小屋の周辺を探していたら…………えっと、私設騎士団って言う団体さんにあっという間にか困れてしまいました。
あれは恐怖よ。
泥を棒で突っつきながら夢中で探索していて…… 顔を上げたら濃い紫色のアニメあるあるな騎士服着た人たちに、静か~に取り囲まれていたのよ。そ、音もなく静か~に! 恐怖だったから二回言ったよ。
その騎士団の後ろから絶対零度の微笑みを浮かべた領主様が「獣の餌になりたかったら素直に言え」!!!。
怖かったなぁ。でも、本当の恐怖はリサの涙ながらの「森の獣の犠牲になった人たちの最後」のお話でした。怪談とか恐怖体験が苦手なわたしは、あの後一人で眠れなくて(リサの真似っこ断末魔が耳についちゃって)領主様のお部屋へ引っ越すことになりましたとさ…………。
みんなは忘れちゃったのかな?
女嫌いな領主様にバレないように男装して欲しいって(正しくは少年の格好だが)言ったよね?
おんなじ部屋で、しかもベッドも一緒。これってこっちの世界じゃ 共枕とか同衾 アウトなやつじゃなかった!?
なーんて、慌てたこともありました。
すとーんと頭から被る踝までの寝間着(恐らくハイジのおじいちゃん着てたみたいな?)を着ても、同じくすとーんなお胸では何一つ間違いが起きようもなく。
天国のお母さん ハルは今日も清く正しく穏やか~に過ごしています……なのです。
「ハル様、お目覚めでございますか」
ユンナは軽く扉に触れて気配を伝えてから間を開けてノックをします。他人のベッドを間借りしているという気持ちの強いわたしには、この行為はとてもありがたいのです。
「はい。起きてます」
返事を待ってからの絶妙なタイミングはメイドの嗜みなのでしょうか。是非ご教授願いたいものです。こういった何気ない気遣いって営業向きだと思うのです。わたしにはムリポだけどね、ふふふ。
牛さんの牧場はこのお屋敷から馬車で一時程ですわ……ユンナが教えてくれました。馬車で一時が距離的にどうなのか、勿論馬車で移動したことのない身では疑問符いっぱいです。
「頸は苦しくないですか?」
この世界の貴族のシャツの釦は石を素材にしたものが多いようです。それを植物や好みのデザインに加工して納めるハンドメイドの一点物が主流。たかが釦と侮るなかれで、職人さんとのデザイン決めはお針子さんたちの腕の見せ処なのだとか。
わたしの今日の服はユンナ曰く「初めての視察にドキドキの公子様風」らしいです。なので今回のために用意された服は可愛らしい赤や青の釦が付けられています。何度も言っちゃいますが、この釦拘りの一点物……。コスモス?っぽいデザインは不器用なわたしでは留めることができない作り。意地を通して無理に頑張って花弁部分がバキッ、ポキっとか軽く想像できちゃう代物です~。因みに庶民は胡桃や果実の種、貝殻を加工した物が主流らしいです。貝殻可愛いね。
「くっふっ、、ハル様 絶妙に公子さまですっ!」
うん。ご免なさい 意味わかりません。
ここでの生活でわたしは『異世界からのお客さん』という立ち位置だと説明されました。お客さんが何を意味しているのかわかりませんが、領主様が言うには「歴史書の中には突然消えた『時を跨ぐ者』も居たらしく、それは元の世界へ戻ったらしいと綴られて居る」とのことで、もしかしたら『時を跨ぐ者』は世界の旅行者なのではないか? という学者の見解もあるのだとか。
まぁ、何にしてもその消えた『時を跨ぐ者』から「元の世界へ戻ったよ」的な手紙があったわけでもないので、全ては仮説なのですけれどね。それで『異世界からのお客さん』であるわたしはこの国では国王陛下より上らしいですよ。スッゴいですねぇ~(半目)そんな上座に置かれても期待に添えるものなにも持ってませんけど?
「ーールさま? ハルさーま。戻ってきてくださーい」
あ、イケマセン、イケマセン。ネガティブしてしまいそうになりました。下手な考え休むに似たりです。
「さ、朝食にいたしましょ」
ユンナこの世界の平均的な体格ですが……、多分180~90くらいありそう。わたしの右後ろを音もなく!静か付いてきてくれるんですけど、その際視界の端に彼女の肩?胸?が丁度はいるのですよ。その視界にはいりる部分での想定でそのくらいの身長かな?という感じです。元居た所では世界基準ではちびっこい民族でしたが、民族内では平均身長でしたのでNBAチームの中で生活している感じ?
「牧場へ着いたら色々試食があるようなので、やさしい朝食に致しましょね」
此方の皆さんには正確な年齢は伝えていません。勿論名前も。お世話になっていて申し訳ないのですか、情報過多国で生活して居た身としては「相手への情報は極力少なめに」が、染み付いているのです。危機管理大事ですから。そういったこともありお屋敷でわたしは「ちっちゃいのに(幼い)知らない世界へ飛ばされた不憫な子」という扱いになっています。なのでわたしの食事は必然的に 育ち盛りのお子さま風 になってしまうのです。その気遣いは正直スルーして欲しかったです。ほら、今ユンナが軽めの食事って言ってたでしょ? お母さんが居た頃でも朝からこの品数はなかったですよ。わたしがサラダが好きだって思い込んじゃってる厨房さんは、サラダてんこ盛りがデフォになってますし、加えてまーるいパンがコロンコロン。今朝はオニオンスープとカットフルーツですが、普段はお肉がドンってあっての付け合わせのお芋?なのです。お芋疑問符は お芋っぽい食感 なのですがちょっとまろやかな生クリームっぽい何かとコネコネして表面焼き色付けました的なものです。お母さんが亡くなってから食事は近所のおばさんがお世話してくれて、中央へ出てからはコンビニストしてたので料理には縁のないわたしには、それがどういったものか全く分かりません。寧ろ異世界考えたらアウトな気がしないでもないのですが。