5 座敷わらしと知る
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鏡の中にはレース使いのリボンに金糸の刺繍が施されたベストを着た、少年が所在無げに立っていた。そのおどおどと落ち着かない様子は見るものの庇護欲を掻き立てる。現に側に控えているメイドやお針子たちの少年を見つめる眼差しは酷く熱い。暑苦しい!
「晩餐の用意」とリサに促されて連れて行かれた先は、お針子達の聖域縫製室であった。そこで「急拵えで申し訳ありません」と用意されたのが、この黒を基調としたキラキラ刺繍の衣装。如何にも貴族子息風コスプレな衣装に、日本民族特有の薄い顔・・・衣装がモノスゴーク浮いて見えるのですが?
「まぁ! なんてお可愛らしいんでしょう‼」
「本当に。殿下のお小さい頃のものですが、良くお似合いですわ」
「ドレスをお着せ出来ないのが悔しゅう御座います」
「そこは時間を掛けてですね」
「ええ! ええ! そうでしたわね。懐柔していかなければならない事案で御座いましたわね」
「頑張りましょうね、皆さま!」
「「「はいっ!」」」
お針子達とリサが部屋の隅で緊急会議を始めている様子ですが、わたしは更に袖を通すことなったキラキラ刺繍のローブに卒倒しそうになってしまいそれどころではありません。これを着て晩餐とか、この世界の貴族って大変なのね。
仕上げにリサが薄く化粧をしてくれたのは嬉しかったです。頬のピンクが少し濃いような気がしたのですが、食堂は明かりが少ないのでこのくらいが丁度良いという事でした。・・・ビスクドールってこんなかな? 髪の色は違うけど…… 目の色も違うけど……。
あ、座敷わらし的な‼
「っ! ぶふっ」
これ気がついたらダメなやつだった‼
ふふぉ・・・ぶ、ぷふふ ・・あはははは・ハハハ・・ひぃっひひひ・・はぁ・・・・ふふっ・・・・
「あぁ…… ひぃ、くるしぃ」
坪に入っちゃった‼ ひぃ、お腹が痛い。
「…… ハル様?」
「ふひ……、ご免なさい。何でもないです。思い出し笑いって言うか…… はぁ…… 。素敵な衣装を有り難う御座いました」
不安げな眼差しが痛いです。大丈夫、問題はありません。座敷わらしハル、お仕事頑張ります。
晩餐の部屋はお昼と同じ場所でした。
椅子を引かれて席につくと、ユンナが食前酒だという濃いピンクの液体をボヘミアングラスの様な細工のグラスに注いでくれた。赤ワインの仲間なのかな?
テーブルの上にはお昼とは違って、小皿に取り分けられた料理が並んでいた。どれも彩りが良く原型をなしていなかったのも安心の一つだったのと、独り暮らしが長かったので大皿に盛り付けられたものは正直落ち着かない。
母が亡くなったのが高校受験を控えた年の秋。それは突然だった。職場の慰労をかねた一泊の温泉旅行。
「近場なんだから、お土産とか要らないからね。」
「そんなこと言わないでぇ、お土産選ぶのも楽しみなんだから」
母は年齢のわりに幼い所があり、そのせいで勘違い男に言い寄られたりという、所謂田舎では浮いてしまう無自覚な所があった。それでもそういう人間には不思議としっかりした友だちが着いてくるらしく、その職場の人たちは母を守ってくれるような人ばかりだった。中でも田宮さんという女性は母だけでなく私にも良くしてくれた。
母が職場の旅行に出た夕方、そう、そろそろお母さんたちも旅館で宴会かな・・・そんな時間に社長の奥さんからの電話がなった。
その電話があってからの一ヶ月は、まるで実感の無い霧深い森の中をさまよっているようだった。
事故は旅館に向かう途中起きた。土砂崩れに会いバスごと谷へ落ちた先で数人がバスから放り出され行方知れずなってしまったらしいということと、バスのルートが本来のそれと何故か逸れていた事で捜索が難航して・・・・と、それは人災として大きく報道されることになった。その行方不明者の中に母と田宮さんと社長が居た。重軽傷者18名、死者1名不明者3名。
この事がありわたしは母の知らない部分を知ることになった。
母はどうやら良いとこのお嬢さんだったらしく、事故の直後から多分国内では知らない人が居ないんじゃないかな っていうくらい有名なIT会社の名刺を持った人が遺族会を通してやってきた。酷く無愛想なその人は「後継人」という弁護士さんをわたしに置いていったのだ。
高校進学も考えられない状態の中で、その後継人は淡々と仕事をこなしていった。それはとても解りやすく「母と関わった人のみへの善意」という名の追及。そう、事故に関わった旅館はもとより、行政、マスメディアをあっという間に掌握したのだった。
母の姿の無いお葬式が終わる頃には、わたしの周りはとてもとても静かになっていた。
結局高校は地元を離れ都心の女子高へと入ることになった。男子禁制(親兄弟もアウト)のマンションでの独り暮しである。今までそういう世界に居なかったこともあり、憧れとかは全くなかったコンシェルジュ付きマンション。只戸惑いと申し訳ないような・・・その生活も短大と合わせて五年間。
今、わたしはなぜにこうなった? という思いと、お世話になったかたに親子してまた迷惑をかけてしまったかもな、気持ち。
「…… どうしてこうなったかなぁ」
わたしはピンクの液体をぼんやり眺めながら、かなり長い時間思考していたようだった。そう、いつの間にか席について居たこの屋敷の主の存在にも気が付かないほどに。