表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥団子と公爵様  作者: 狐火
27/28

27 マルガリータの長い一日


《 マルガリータ視点 》


人生の中で幾つかの分岐点と言うものがあるのだと、わたくしを慈しみ育ててくれたといっても過言ではないマナーの先生がおっしゃっていたわ。


わたくしの生まれた国は、それはそれは小さな島国でした。朝は風の音で目を覚まし、天候によって一日の仕事が決まるような自然と共にある、お世辞にも裕福と言われる国ではありませんでした。それでもそれなりに慎ましやかにではありますが暮らしていたのです。

そう、最初の分岐点は国王であるお父様の死です。次期王となるべき弟はまだ幼く、それを補うように母と叔父、微力ではありますがわたくしとでどうにかやりくりしていたのです。

そもそもわたくしたちの国は大陸に幾つかある離れ小島の内のひとつでしたが、小国の暴れ龍の異名をもつ父が亡くなってから、わずか一年で周辺の島国が次々リンバニアース王国に呑み込まれてしまったのです。

船で漁に出た島民が「島から煙が出ていた。」「海に沢山の死骸が浮いていた」「娘の嫁ぎ先の島に大きな船が何隻もとまっていた」などと日々不穏な空気が漂い、島を覆い尽くしていた頃それは届けられました。

『貴国の島民が憂いることなく、島で暮らせるよう助力したい』。恥知らずなリンバニアース王からのわたくしを求める書状。母も叔父も、幼い弟までが怒りと屈辱に涙したものでしたが、わたくしは何処か絵空事、物語の一節のような気持ちでいましたのよ。その助力という名の生け贄の提案ね。神へ差し出されるのであれば心に光を残せるのでしょうが、醜聞なる獣が求めるのであればわたくしは餌なのですわ。小国と言えども島民たちの税で生かされたものとしては、これ以上ない勤めだと……喜びはしませんでしたが、本望というのでしょうか、一つ切り替えることができましたの。勿論リンバニアース国王がわたくし一人を欲して戦をしているとは思えませんでしたから、書簡として違えることの無いように近隣の伝のある国への連絡はいたしましたわ。大国を理由もなく一国で糾弾するのは難しいですけれど、我が国の取引を幾つかの同じような思惑のある国々へ知らせることで、後々反故にされた場合動いてもらうために。その時我が国がまだあるかどうかは微妙な所ですが、王女の矜持として無駄死には決していたしませんわ。



リンバニアース王国へ側妃として輿入れした際、国王は第一王妃と揉めているようでしたので、わたくしは挨拶すること無くそのまま離宮へ通されることになりました。これが幸いしたのか国王と顔合わせすること無く、国から着いてきてくれた侍女とひっそりと暮らすことが出来たのです。

リンバニアース王国の離宮での暮らしですか? なんというのかしら……捨て置かれた方というのはこんなものなのね、と言う感想かしら。最初は食事はおろか水も何もなくて……結局は侍女に化けて二人で厨房から色々戴いて飢えを凌ぎました。他者の台所から無断で物を戴くことには抵抗がありましたけど、まぁ、わたくしの侍女がとても優秀で、そんな小さな拘りを「アレは元々わたくしたちの分もありますのよ」の論破ですっきり影も形もなくなりましたの。生き物の最終的な拠り所は食欲なのかもしれませんわね。

楽しい離宮生活がいつまでも続くとは思っておりませんでしたが、下働きの使用人さん二人と仲良くなりまして、此方の事情を察していただいて差し入れをしてくれるようになりましたの。流石に見つかってしまった時は大陸名物お仕置きと言うのを覚悟しました。島でも悪戯した子供をお仕置きすることはありますが、それは悪戯が命に関わるようなことであった場合で、精々が反省を促すため島をお掃除するくらいです。それが大陸では違うようなのです。大陸から取り寄せた『大陸マナー本』の最後に小さく記された「主の気分次第の折檻」。折檻がお仕置きなのです。…… 幸いにもアナとカーシャには助けられましたが、見つかった時はそのことが脳裏を小走りして侍女と手を取り合って震えてしまいましたの。



その日もごくあり触れた離宮の朝を迎えた。それでも王宮の皆さんが登城してくる前、貴族としては少し早い時間にアナとカーシャが持ってきてくれる食材を待っておりました。そう、作られたお料理より食材のほうが日持ちもしますし、なにより離宮のまわりに生えている野草で量増しが出来るから都合がよいのです。


「今朝は気持ちが悪いくらい静かなんですよ」


アナの言葉に何気無く空を見上げる。いつもの空に薄いちぎれ雲が時を忘れさせる。「もぉ、夏が来るのですね」そんなお天気でしたのですけど、言われてみれば木々のざわめきも風さえも止まっているような。

そう、その時にもっと真剣にアナの呟きに耳を貸していれば良かったのです。それが空腹に泣くお腹の音に心を持っていかれてしまって……。


これはわたくしたちの届かぬものたちが、わたくしたち人間が侵した罪への贖罪を求めておられるのかもしれない。


野草でのお茶会をふたりで楽しんでいる所へそれはやって来た。

明らかに人成らざるモノの咆哮で離宮の窓が大きく震える。

「悪意あるものの来訪」に備えてシュミレーションはしていましたの。側妃として召されたのであれば尚更立場は儚いもの。何時なんどき王妃様やそのお取り巻きに危害を加えられるやもそれない。そういったことは女の世界では良くあること。そちらを含めての訓練ですわ。

優秀な侍女ノーランは窓から外の確認です。わたくしは外へ通じる扉に鍵を掛け、押し入ることを防ぐため扉の前へテーブルを運ぶ。そこまでが初動の手順でしたのに、ノーランは大きな音を立ててカーテンを閉めると、わたくしの手を引いて奥の寝室へ走りましたの。カーテンは静かに、相手に気が付かれないように閉めるお約束でしたのに。


寝室の扉を閉めるとノーランは背を向けたまましゃがみ込んでしまいました。とても動揺しているようで、今の状況が想定されたものよりかなり良くないと言うことを彼女の肩の震えで直ぐに察することができたわ。察することができたのと同時に、外へ通じる扉の鍵を掛けていないことがとても気になってしまいました。だから「外扉の鍵を閉めて参りますわ」って。


「! いけません! ここから動いてはなりません!」


ノーランは本当に優秀な侍女なの。わたくしが五歳になった年侍女見習いとして来たのですけれど、一度として感情の機微を表に出すことはなく、常に少し先を見てわたくしが自然にそうしやすいように気を使ってくれていたのよ。だから初めてかもしれないわね、彼女の大きな声。


「神の怒りが落ちたのですわ! お嬢様。お願いいたします。ここから動かないで下さいませぇっ!」


ノーランの叫びと共に発せられた言葉に被さるように外からの悲鳴。悲鳴? 分からないわ。獣の……いいえ、男性の声ね。離宮の造りだけはとても頑丈なのですが、外からの悲鳴、声が沢山聞こえるの。いいえ、ご免なさい。助けると言う選択肢は出来ないわ。だってあんな声を聞いては、恐ろしくて体が動かないんですもの。


どのくらいの時間が経ったのかしら。わたくしたちはまるで一対の人形のようにベッドで抱き合っていました。カーテンの隙間から夜を知ることができ、そして同じようにそこから周辺の建物が燃えていることを知ることができた。外のモノへ自分達の存在が知られることを恐れながらも、少ない情報の知るすべを閉ざされてしまう恐怖からカーテンの隙間を整えることができなかった。


「この国は終わりました。女神さまの悲しみを作ってしまったお城は滅茶苦茶です」


アナとカーシャが離宮へ飛び込んできたのは、漸く外が明るくなって来た頃。

他に何人かの下働きの方が逃げ延びたらしいのですが、彼女たちは離宮のわたくしたちの事が心配で来てくれたらしいのです。ふたりだけで過ごさなければいけない時間よりずっと心強い気持ちになり、ほっとしてしまいましたの。不思議なもので気を張りすぎているときは気が付かなかったのに、アナとカーシャを見たとたん「あぁ、こんなに肩に力が入っていたのね」なんて、ちょっと笑ってしまいました。



わたくしたちが離宮のままお空の旅をするまで、もうひとつ夜を過ごすことになるのですが、不思議なことに周囲の阿鼻叫喚とは隔絶された、静かな時間の中で守られているような感覚でおりましたのよ。そしてわたくしはこの短い間にもう一つの人生の分岐点となる、素晴らしい出会いを迎えることとなったのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ