24 もぉ離さないよ。離れないよ。
大森林を走る獣たち。
『ねぇ、気が付いた?』
魔狐はその大きな体で木々を跳ねる。無駄に枝を傷付けないように。
『女神さまが泣いてた。凄く凄く……エーンエーン』
それより更に二まわりも大きい魔狐は、銀色の毛を木漏れ日に輝かせながら白樺の木を飛び越える。
『女神さまは悲しんでおられる』
『女神さまを悲しませるものは教育が必要』
『リンバニアースへ迎え!』
リンバニアースへ迎え!
一陣の風が大森林を走る。
大森林の外れにある森は一年の半分が雪に閉ざされた過酷な地である。女神さまの姿が忽然とお隠れになってから、多くの魔獣たちが眠りについた。魔獣の長い生の中でも女神さまに出会えるのは僥倖であり、その殆どは出会うこと無く、微かに女神さまの魂の欠片をもった者を細々と守って一生を終える。
勿論女神さまが戻られたことに大森林は大喜びで、直ぐにでも駆け付けたいもので沸き上がっていた。しかし長老たちは考えた。
『このままみんなが行ったら、マジやばくね』と。そりゃそうだ。大森林の魔獣がスタンピードさながらに移動したとして。。。恐らく途中の町や村は再起不能。幾つかの国が地図から消えることは間違いない。リンバニアースを叩き潰す……ゲフッ、ゴッホン……教育する前に、罪のない国々がお祭り気分の魔獣達によって痛手を受けるのだ。
『リンバニアースへ向かうものは各種族より数名のみとする』
長老たちが出した結論である。勿論長老たちは別枠でちゃっかり向かうことにしているが、若僧には内緒だ。
その頃 サラン王国では、興奮して瞳を充血させた国王が元老院を召集して会議を開いていた。
「今朝方 朕の枕元に四柱様がお立ちになった」
王はまだ寝間着のままだ。そして会議の部屋は国王の私室。城内のどの部屋より強固な結界に守られ、中の様子を確認することも他国の間者が近付くことさえ出来ない魔法が何重にも施された部屋である。
「「「「オオ! 御柱様ですか、それも四体」」」」
元老院たちは一様に信じられないという顔でお互いを凝視した。約一名は国王のアホ毛が気になって仕方なかったが。
「そうじゃ! 朕の枕元にすーっとお立ちになりーー! いやいや、それより先に『サランの王よ』と呼び掛けられてのぉ。いいか、お声を賜ったのじゃ。朕が、歴代王の中で尤も凡庸なる王と陰口を言われておるこの朕が、四柱様に御言葉を賜ったのじゃぞ。」
【自分で言うか 。】
国王 感極まって怒濤の涙である。幸いにも気配り上手な宰相に鼻水は拭いて貰っていたが、なかなかシュールな図ではある。
「国王陛下、元老院がたへ四柱様からお預かりした御手紙を見せて御指示をお願いします。これは一時の遅れも許されない大事でございます」
うん、出来る宰相を持ったね。
「「「な、なんと。四柱様からの‼? 国宝となりましょう」」」
いやいや、国宝となるか悪魔の囁きだったとなるかは、これからの手腕だろう‼ と突っ込みたくなった国王のアホ毛が気になる元老院と宰相だった。
かつてこの世界の魔法は『火』『風』『土』『水』の四つであった。それらの応用から魔力量に合わせて様々な魔法が生まれる。稀に魔力量も多く尚且つ精霊(魔獣)に気に入られる者もいるが、多くはその四大元素の内の何かしら一つに恵まれ生活をしている。それらを司るものをこの世界では四柱様、若しくは四大精霊様と呼んでいいる。そこで かつて と言うのは、既に世界で魔法が使えるほど魔力を持ったものは希である。2000年前から徐々に魔力は薄まり、今ではあの大戦で生き残った僅かな子孫たちに細々と継承されているにすぎない。
四柱様からの手紙の概要はこうだった。
一つ。
今世女神さまが姿を現したこと。
二つ。
精霊に愛されたヘィリアースの姫がリンバニアースに依って惨殺されたこと。それを女神さまが大層嘆かれて共鳴した大森林の怒りに触れたこと。
三つ。
リンバニアースの国は既に滅びの時を迎えた。何人も元凶となる者への助力無用。ヘィリアースの残された姫への不快なる干渉は次の滅びを生むものなり。
そして最後に『2000年前の大戦争を、努々忘れることのなきよう世界へ周知させるべし』とあった。
ここまで読んでサラン国王は椅子から崩れ落ち涙した。
「漸く仕事を与えられた‼ 地味で居るか居ないか分からない王と揶揄され続け屈折○十年、その朕が四柱様から使徒の任を受けることになろうとは! 我が人生に悔い無し!」
しかーしこの王は一番下に小さく書かれた女神さまの取り扱い説明書をテヘペロで見落としていた。
『今世女神さまは歴代女神さまの魂なれど、多分に短気で情熱的である。故に歴代女神さまのように 悲しみに御身を御隠しになる などと生易しいことにはならないだろうが、扱いを間違えた場合四柱と言えど助力することは叶わない大惨事と成やも知れん。重々その辺りは周知して欲しい。人類がこの先一握りとならないことを願う。』
そう、四柱様は願ったのだ。
人類がこの先数年で1割も生存できない世界など面白くない。もふもふの世界もそれはそれでいい。癒し系とちょいワルの世界。しかし人間たちがたまにするカーニバルは密かに四柱様の楽しみでもあった。ワイワイ、キャッキャな賑やかなカーニバル。慎ましやかな村の祭り…………実は四柱様の大好物であった。
少しばかり残念な王様の舞い上がりが、この後小さな事件を幾つか引き起こしてしまうことになるが、それはまた別のお話し。
『あぁ、嫌な臭いがするね。』
『ん、腐った奴等の嫌な魂の臭いだ。』
『どうやら精霊たちが先に掃除を始めているようだのぉ。』
『では我らはヘィリアースの姫が最期の場でほくそ笑んでいた貴族らを教育するか。』
『ああ、一人たりとも逃がしはせん!』
『さっさと掃除を終わらせて』
『教育ダっ! 決して女神さまのお耳を汚すことの無いよう、慎重にな。』
『す、すまん。粛々と教育に取り掛かろう。』
リンバニアースの城の上には無数の龍の群れとワイバーンの群れが辺りを暗くしていた。赤や青の龍は色鮮やかだが、あまりの数の多さに日の光が城下まで下りてこないのだ。その為 昼も近いと言うのに辺りは薄暗く、またワイバーンの空気を震わす鳴き声と合間って阿鼻叫喚の様相だった。勿論なんの罪もない者への教育をする必要はない。ただここの悲劇は『ナニモシナカッタモノ』へも指導がされたと言うことだ。
『ヘィリアースの者を苦しめた者たちは天誅を知るがよい! リンバニアースの愚か者を庇い立てする者たちは業火に焼かれ、氷の矢に朽ち果てるがいい!』
魔獣は匂いで知ることが出来る。「泣く子いないか! 悪い子いないか!」を匂いで嗅ぎ分けるのだ。
早速目を付けられたのは第一王妃のお抱え商家。この商家が先頭立ってヘィリアースの者は魔女だと市井に広めた。勿論裏には第一王妃とその取り巻きが糸を引いていたのだが。ひと月後に侯爵家の三男を婿入りさせて、益々の商売繁盛を目論んでいただろうが、臭い匂いは元から絶たなきゃ…ほら、あっという間に菌が再増殖してしまう。
大商家は瞬き一つで跡形も無く消えた。魔狐は以前の女神さまに教えてもらった技『ファイヤーダンス』を商家の上で繰り広げた。歴代女神さまはどんな方法で魔獣たちに技を教えたのか……。普通の民家4つ分もあるような商家が魔狐によって踏み潰され、近隣の民家に被害が及ばない様に配慮されながら一瞬で炭化した。恐らく中に居たものは上手くいって蒸し焼き、場所が悪いと骨も残らない状態? いや、蒸し焼きより一瞬に炭化のほうが幸せだと思うが。
だが、魔獣たちにはそんなのカンケーねぇ。
『さぁ! 次行くよー』
『『『 オオ!!! 』』』




