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泥団子と公爵様  作者: 狐火
19/28

19 怒れる公爵様は残念な思考を繰り返す





◆◆


ジェレッドはセハスの言葉に愕然としていた。

春の土砂災害を調べているうちに森林伐採不正に気が付いたジェレッドは、それらに関わっていると思われる製紙工場の監査に赴いていた。帰宅は明け方になってしまったが、早期に不正の証拠を掴むことが出来て機嫌が良かった。その機嫌を急降下させたのが「ハル様の姿が見えません」と言うセハスの言葉だった。


また森へ『探し物』へ行ったのか。最初に頭を過ったのがハルが来て森へ『探し物』のため出ていったときの事だった。『探し物』は元の世界の大切なもので「どうしても諦めることが出来なかった」と言うものだった。騎士や樵組合員を動員しての大がかりなものとなったので、流石に森の危険を察してくれたのか目に涙をためて謝罪をしてくれた。リサに抱き付いての謝罪だったのが、何だろう……腹がゴモゴモして気持ち悪かったが。そういうことがあってからは外へ出ることもなくなっていたのだが。


ハルの私室は日中使いとしていたが、夜は一人で眠るのが怖いという事で私の部屋で眠ること多い。いや、まだ幼さの残るハルはこの二ヶ月近くは毎晩この部屋で眠っていた。今夜も同じようにユンナが部屋へ送ったと言う。その際「お茶を飲むか」と尋ねたところ「少し本を読むから後で」と答えたと言う。

それにしては…………。


「美味しいお花の見分け方が見当たりません」


『美味しいお花の見分け方』は薬草に関する初心者向けの本で、最近のハルはそういった本を好んで読んでいると言うことだった。だが その読むといっていた本はハルが『大切なもの置き場』と称した木製のテーブルの上に置かれていた。リサやユンナの話では「ハル様はお片付けが苦手で、放っておくと部屋中足の踏み場の無いほど散らかってしまうと言って、自ら意識をして元の場所へ置くようにしていた」という事で、明らかに書棚にあるものを『大切なもの置き場』へ置くことは考えられない。急ぐ用事ならば寧ろ椅子の上やソファに置いていくだろう。そう言うとユンナは大きく頷いてくれた。正解だったようだ。

ならば答えは一つ『拐かし』だ。


「屋敷の使用人へ召集をかけております」

出来るセハスは仕事が早い。



▽▽


「運命の人?」


「はい。先日のお月見の会でハル様をお見掛けしてから、それはもう大騒ぎで。…… ほら、あのこと」


「あー、ええっと」


促された使用人は言いにくそうに視線をさ迷わせているが、セハスの「隠し事は共犯の嫌疑がかかりますよ」の言葉に慌てたように言葉を繋げる。


「マオニーと言う娘なのですが、確か辺境の貴族だと言っておりました。そのお月見の会の片付けをしている際に、ハル様のお使いになったハンカチをこっそりポケットへ入れているところをカチィーナ様に見つかって、少しばかり口論がありました。」


「はい。それに関してはわたくしからお話しさせていただきたく思います。」


すーっと一歩前へ出たのはカチィーナであった。目を赤く腫らして、それでも気丈にセハスへ顎を上げている。

スイツィール伯爵は元は武人として近衛騎士に名を連ねていたが、八年前に王都で起こった第二王子暗殺未遂のおり、巻き添えになった幼児を助けようとして片腕を負傷してしまった。その事があってから潔く領地へ下がりそこで力を入れている養蚕で画期的な布を作り出したらしいと新聞に載っていたが。おっと、注意が逸れてしまったか。


「マオニーは辺境の貴族という事で挨拶がありましたが、わたくしの記憶からこの国で辺境の貴族にマオニーと言う名のものはおりません。そこを尋ねてものらりくらりとして全く要領を得ない有り様でございましたので、先日後継人とされるカイマン子爵へお手紙を送ったところで御座いました。運命の人と言う言葉は昨今市井で流行りの乙女小説の中にあります『出会って直ぐにこの方はわたくしのためのお方。運命の人 なのですわ』という件から『運命の人』という言葉が出てきたのではないかと思われます。全く散々良い思いをした挙げ句の現実逃避も甚だしい小説の文言をハル様へ向けるなどと、粉殺もので御座いますわ!」


キリリとしたの眉はお父上譲りなのだろう。過激な気性はどちら?

使用人の視界に入らぬように階段の踊り場にしゃがみこんでいたが、なかなか声が響いてここは案外穴場なのかもしれない。普段二階へ上がるのは限られたものたち、であればここはエントランスの様子を見るには良い場所だ。


【いったいこの男は何を計画しているのか。】


「分かりました。今ここに居るべき者が居ない。それが全てだと思います。各自は速やかに部屋へ戻り、この事は他言無用で明日からの仕事に励むように。解散。」


セハスの『解散』は問答無用。それぞれは後ろ髪を引かれるなか文字通り解散となったのだった。


「ハル様がご自分から館を出ることは考えられない」


最後にそう眉間に皺を寄せたのはチャチャだった。深夜の召集に離れからシェフに抱かれながらやって来たのだが、毛布にぐるぐる巻きにされて来たのには二度見してしまった。


「ハル様はカイマンにサクリスタン?……教えるって言ったもの」


サクリスタン? 疑問文が付いたがカイマンに教えるとなれば食べ物なのだろう。先日のおまんじゅうより旨いのか? それはどういうーー。

あぁ、また思考が飛んでしまった。


「カーネル子爵へ早馬を出して事情を聴かねばならないな。場合によっては管理者の資質を問わねばならない」


確かあそこは三代前に爵位を与えたのだったか。その当時は近隣国との領地の奪い合いのような戦乱が続いた時世で、商家として蓄えのあったカーネル子爵の祖父が率先して炊き出しをして市井の者を飢えから救ったとあった。炊き出しと言うものを教会を通じて広めたのも初代であったか。三代目で代を潰す事にならなければよいが。



早馬は屋敷を出て小一時間もしないうちに一人の男を連れて戻ってきた。

ラヴィン・カーン・カーネル子爵。つい今しがたセハスと話題にしていた「今代で終わるのか」の子爵家当主その男だ。

男は本来であればその鼻の下にある髭は頬まで手入れされ、くるりんとカールされているのだろうが、今はどうだろう。目は虚ろに潤んでこの短時間で無理な移動をしたのだろう、頬は痩けて上等なはずの上着は埃を被ってみる影もない。


「こ、公爵閣下にご挨拶申し上げます。初代よりカーネル地方を預からせていただいております、ラヴィン・カーン・カーネル子爵でございます。」


片膝をつくというより、寧ろ倒れ込んで両膝両手のハイハイの有り様となっての挨拶となっている。これは…………思わず白目を向いて視線を逸らしているジェレッドの横でセハスが盛大に溜め息をつく。





次から少し残酷なシーンになります。

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