18 泥団子は微睡む
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領主様には沢山の名前があります。ん? 名前? 違います。呼び方 ですね。
カザフス領主様。ヴィサワーゴ公爵様。閣下。旦那様(これは外からの使用人の人が時々言います)それからジュレッド。
ジュレッドというのが名前なのだと思いますが、この呼び方はこっそり、小さな声で、なにか本当に苛っとした感じて執事さんが口にするくらいです。
もうすぐ夜が明けます。
小豆色のカーテンの継ぎ手を少しだけ……すこーしだけ覗いて明けの空を楽しむのです。
普段からわたしが使っているお部屋は百合の間と言って、領主様のお婆ちゃんが使っていたお部屋です。趣味が高じて壁紙から調度品に至るまで拘り抜いて自分で探し歩いて用意したらしいです。そのお婆ちゃんの建物探訪の旅に同行したのが執事長のお父さんで、執事長が子供の頃にこのお部屋の改装が始まり10数年掛けてこの状態まで漕ぎ着けたらしいです。「大奥さまは志半ばで召されてしまわれました」という話で締め括られていたけど、百合の間は志半ばのお部屋なのでした。…… そういえばサグラダファミリアはいつ完成するのでしょう。
はい。現実逃避の時間は終わりです。
わたしは今ゴトゴト舌を噛んでしまいそうなくらい揺れる馬車の中に居ます。なぜそれが馬車だとわかるかって? だってこの世界の乗り物イコール馬車と脳が解釈したから。そして何よりも獣臭いからでふっ! あ、噛んだのは馬車のえげつない揺れのせいだけじゃないのですよ。体ごと腕と脚を大判の布で拘束されているからなのです。この状態は体感一時間以上かと思いますよ。うんゴ~っと意識が覚醒して のびのび~っと腕を伸ばそうと思ったら「あら、なんということでせう?」みたいな。それからずーっとこんな。
幸いなことにこの状態で寝転がされていても床に厚手の何かが敷かれていたのと、わたしを取り囲むように木箱やら束ねられた枝っぽいのがあるのとで、転がって体を打つことが回避出来ています。
どうしてこうなった?
ん、眠っていたので分かりません。
いつもと違っていたこと?
ン~。いつも一緒にお寝むの領主様が昨日からお仕事で不在ってことだったので、私室で寝た……くらいかな?
ちょっと一人が怖かったのでユンナを呼ぼうと思ったら、タイミングよく夜回りしていたメイドがお部屋訪問してくれたので、お茶したみたいな?
その後は…………………………
うー~ーン 記憶がないから………………
眠ったんだと思う。
馬車?まで移動で目を覚まさない自分もどうかと思うが、なんて考えていると、積み上げられた木箱が一つパズルのように引き抜かれた。秘密基地的な物を想像されるそこからわくわく感はなく、這いつくばって現れたら人物にただただ固まってしまった。寝転がされていて首だけ伸ばして確認する体勢は地味に苦しい。
「あら、嫌ですわ。馬車の中を二つに分けるのは無理がありますわ。」
揺れる馬車ですくっと立ち上がる体幹 ブラボーです。
木箱の向こうから現れたのはメイドでした。昨夜お茶に付き合ってくれた薄いピンクの髪をしたメイド。「新人のマオニーです」って挨拶されましたが?
「改めまして。リンバニアース王国のアマオニーですわ。お見知り置きくださいませ」
天井に頭が着いちゃってますが淑女の礼はするのですね。お見事パチパチパチパチ。途中でドスンドスンとかかなり揺れたけど淑女の礼は微動だにせず。
うん? 微動だにせず……………………??
「あのぉ、お顔を上げてください?」
変なところで疑問符をつけてしまうのは許してほしい。だっていつまで経っても動かないんだもん、怖いわ。
「~ーーー、おっそ! いつまでもお許しが無いものですから息が絶えてしまうところでしたわ。」
うっわー! 淑女の礼は呼吸も止めなきゃいけないものなの?
「お側に侍ることをお許しいただいても?」
侍るっていった? 侍るってハーレム系の奴かな? ってか、この人他国の人なのに言葉が上手。いやいや、それよりこの人ーーアマオニーさんはわたしと一緒に拐われたってこと?
色々突っ込みどころが有りすぎて、何一つ突っ込めずにいるところにアマオニーさんの大きな爆弾が投下!
「わたくし……ハル様を欲しく思いましたのですわ」
「ですわ」じゃねぇわ!
「どうしても我慢が出来なくて、連れてきちゃいましたの」
ずいっと寄るなやっ。怖いわ。
んで、連れて が 釣れてに聞こえるんですが。
「がま…ん つ…れて……ん?」
整理しよう。
この女 なんとか王国の甘い鬼…………じゃなかった、アマオニーはわたしが欲しくて連れてきたーーっと。一人じゃないよね、お馬さんを動かしている人がいるっぽいから。
「いつまでもこの格好はお辛いですわよね。でも申し訳ないのですがわたくしの領地まで解いてはあげられませんのよ。」
うん、縄じゃないからそんなにきつくはないんだけど、動けないと色々辛いです。おんなじ姿勢は内臓に負担がかかるって言うし。
「スミマセン。起こして貰うことは大丈夫ですか?」
ちょっと最初 冷たかったかな。
「勿論で御座いますわ。あら、軽い。軽いですわ ハル様。公爵様のお屋敷でちゃんとお食事いただけておりましたのかしら。まぁ、お可愛いくらい軽いわ。」
最後の方良く分からなかったけど、軽いのは民族の違いですと応えておいた。この世界の人って『小さい』とか『軽い』とか煩いよね。二階建てくらいの牛や獣を毎日毎日食べてたら、そりゃぁ縦にも横にも大きくなりますわいな。かしこいわたしは敢えてそれは伝えずに、アマオニーのちょっと高めの膝枕に拘束されて暫く馬車の旅を続けることになるのでした。
積み上げられた箱の隙間から見える空は今日も綺麗な青でした。ガタンゴトン揺れる馬車の音に混じって、ギャウギャウ言うトリさんの声が聞こえます。わたしはその声が雌のワイバーンのものだと知っています。領主様の森の樵 ロキさんが良く真似て獣を牽制していたから覚えました。雌のワイバーンの方がドスの効いた声でしたので、少し切なくなってしまった事があったのです。
ニコニコご機嫌さんなアマオニーは、止むこと無く自分の領地が如何に素晴らしいかを話して聞かせます。こういうやり方をしなければきっと楽しいお茶の時間として過ごせていたのだと思います。どこで間違えてしまったのかな。




