15 泥団子 お月見の準備で運動部不足を痛感する
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「お月見をしよう」
領主様とチャチャの動きは早かった。
領主様の立場を勝手に知事と国会議員を兼ねたものなのかな? と思っていたわたしですが、もう少し緩いもののようです。だって急な予定でも全然平気っぽいんですよ。
「お月見にはどういった物を準備したら良いのか」を食い気味に聞いてくる領主様とチャチャに大いに引いてしまったのは内緒なの。
結局お月見を開くのは明日の夜となりました。黄色の月が濃くなる夜です。
とっても急な展開に少しドキドキしています。
ここの月の仕組みが良く分かりません。チャチャに聞いても「周期で見える月が変わる」と言うことだけ。気候の予想については星読みという職業があるらしく、それは専門のもので門外不出一子相伝みたいな守られ方をされているみたいです。月については「そこに古より世界を見るもの」としてあるもので、なぜそこにあるかは考える必要の無いものなんだとか。
わたしはというと「考える必要の無いもの」であっても、気になったら考えてしまうという仕方の無い性分のため、部屋の明かりが消されるとこっそりカーテンの隙間から月を眺めたりしています。
あの後ユンナと会いましたが、カチィーナは見掛けませんでした。晩餐でも見掛けなかったので、もしかしたらお家へ帰ってしまったのかもしれません。
そんな事を頭の隅で思いながらも急展開するお月見の準備にこの後忙殺されてしまうのでした。
「ハル様、ハル様。お月見おまんじゅうはこのくらいの大きさで大丈夫ですか?」
「あ、一口サイズでお願いします」
「おまんじゅうの中身ですが、何か他のも入れませんか?」
「そうですね。お芋やカボチャを甘くしてもいいかも。あと、甘いものが苦手な人用に甘辛く煮たお肉や山菜も面白いと思いますよ」
「蓬を練り込むのもアリでしょうか?」
「はい、いいと思います」
普段であれば厨房へ立ち入らないメイドもチラホラです。ちょっとチャチャが落ち着かない感じでシェフの側を離れませんが、がんばって貰わなければね。
保育士を目指していたこともあってついついチャチャとシェフの親子間系に目がいってしまうのだけど、娘が二次成長期にあってこの関係は、ある意味男親の理想なのかもって思ってしまう。だって、世の中の父親は娘の成長に合わせて距離をとられているような寂しさを覚えてしまうものなのでしょ? 「お父様、臭い」とか「煩い、側に来るな」とか。わたしは父親の存在を知らないから良く分からないのだけど、同級生が口を揃えて言い合っていたのを耳にすることがあったからそんなものだと思っていたの。その意識のせいか二人の関係が凄く羨ましいかな。
「カイマンさん、こっちのジャム味見お願いしますわ」
「アシュ! カイマン呼びはあたしだけ! シェフって呼べば良いでしょ」
「うふふ、チャチャをからかっただけたもん」
うん、メイドたちにからかわれてるね。真っ赤な顔をしたチャチャ可愛い。
普段はその半分も使っていない厨房は、どこから持ってきたのか沢山の果物や見慣れない袋で足の踏み場の無い状態になっています。いつの間に、誰が?なんて呆然とその塊たちを眺めていたら「これは食堂へ運びましょう」って、カチィーナ 力持ち。
彼女は実家が伯爵家って言ってたよね? 肩に20キロクラスの袋担いでいるのだけど、わたしの中の貴族令嬢の偶像が色々崩れてしまったわ。
「ユンナ、あれカチィーナ…… だよね?」
ユンナ、どうして眼を逸らすの? んで、何事も無かったかのように布をたたみ直すのは止めて。
「シェフ、これは何処へ運んだら宜しいのかしら?」
言葉使いと動作が合っていないのだけど。子供の頃幼馴染みのイクト君のお兄ちゃんが貸してくれたゲームに大工のケンさんってのがあったけど……「カチィーナ……てやんでぃって言ってみて」ーーーあ、ご免なさい。粉袋?肩に担いだままコテンって首を傾げるカチィーナに萌えちゃったわ。
「え?ーーーあ、あぁぁぁっ!! ハル様?!」
はい。ハルです。
カチィーナ お顔がリンゴの用に真っ赤ですよ。綺麗なのに可愛いって無敵ですか?
「カチィーナ、お見逸れですよ。美人さんなのにガテン系にも食い込んじゃうって、どこの無双ですか?」
「え?、ガテ?、え?え? ムソー?」
あ、呼び止めてごめんね。重いよね。
いくらこの世界の体格が良いって言っても、カチィーナは女の人だもんね。体がプルプルしてるますね。
「ハーイ、カチィーナ。その全卵粉こっちだよー。ありがとうなの~。」
え? カチィーナ苦労人なの? ぅわー、八つ当たり的に酷いこと言っちゃったかも。カチィーナ ご免なさい。
その日は日が暮れるまで厨房でお月見料理のお手伝いです。と言っても、調理器具や火の使い方ができないので邪魔になら無いように隅っこ暮らしですが。
急遽決まったお月見~当日。
「‼ーーー! ひっ! ったぁーーい!」
昨日半日立ちっぱのわたしは今朝から筋肉痛です。
いつもなら目覚める頃には居ない領主様が今は目の前? 違います。目の下に居ます。
遡ること一時前。下半身の怠さに我慢できずに寝返りを繰り返していると…… ほれ、このような状態になってしまったのでふ!
「ハル。お前の世界ではみんなこの様に華奢なのか?」
普段から寡黙な領主様なのですが、前置きも何もすっ飛ばしていきなり掛布を剥ぎ取られてマッサージってありでしょうか?
サスリ、サスリと手が脚の上を動く度に、領主様の顔の半分を隠す髪の隙間から薄いピンク色の瞳がちらりと見え隠れします。
「くっわ"ぐっゎ、そ、そう、いう、お"、国~ー‼ がらぁ"!」
領主様の掌は脹ら脛を最初こそ恐々と擦る感じでしたが、まぁ、それは直ぐに足首グリグリ、両掌でアスリートじゃないしっ!!と突っ込み入れたくなるくらい容赦ないマッサージ? 揉みほぐし?になって…… いまわたしは悶絶しています。薄ピンクの瞳をチラ見してもにょもにょ楽しむ余裕なんてモッテノホカデス!
「うぅ~ー ひっひっひぃ~ー!」
人間は痛いと笑うものなのですね。
「ハル。少し揉み解したが夜まで時間はある。休んでいると良い。ユンナを呼んでくる」
領主様、早口ですよ。ま、ユンナを呼んできてくれるらしいので助かります。解して貰ったのは良いのですが、足に力が入りません。運動部で鍛えられていたらこんな体たらくになっていなかったんだろうけど、生憎お母さんが亡くなってからは帰直部だったからねぇ。
◆◆
なんだ怪しからん。
あんな雪のように真っ白い脚をしてーーー。
あんな、なんだ、生まれたてのハルピュイアだとてもっと…… こう、……… こぅして……… 肉が
‼ーーーだぁぁぁ!
私は何を考えているのだ!
異世界からの者なのだ、ハルも言っていたではないか そういうお国柄だと。
自分の不埒な妄想を否定するため頭を振りすぎたか、ふらふらしながら廊下を歩いている主の姿を、お月見設置班のメイド数名が目撃することとなる。その日の昼 使用人食堂では「朝、主様が両手をにぎにぎしなからふらついてたよ」とあちらこちらで囁かれていた事など、頭の中に多種多様な花の蕾が膨らみかけているジェレッドは知る故がなかった。
にぎにぎにぎにぎ……………………




