11 泥団子 伯爵令嬢と会う ①
◇◇
「ねぇ、あなたちょっと非常識じゃない⁉」
わたしの朝は遅い。
その理由? それはこの世界の貴族の子女子息の朝が遅いから。それを知らなかったわたしは普通に朝日と共に反応してしまっていた。公爵家へお勤めしているメイドは一般として貴族のご令嬢らしく、彼女たちも日常のスタートはゆっくりめなはずなのに、この世界の常識を知らないわたしが早起きなものだから……彼女たちはわたしに合わせて無理な日常を送っていたようです。それを正面から怒鳴り散らしてくれたのはメイドの一人で伯爵家の三女さん。えーとお名前がカチィーナさん。うん、最初から側に居る人じゃなくて突然? 気が付いたらユンナの見習いみたいなことしてたかな。
わたしが知っているメイドさんはあまり多くなくて片手で数えるくらい。基本お部屋から出ることのないわたしとの接点と言えば、此方側に来る人たち。ハウスメイドの二人はエプロンから飴ちゃん出してくれるからすぐ仲良しになれましたし、ユンナとリサは初見で会っているからね。厨房との連絡係りのチャチャはシェフの娘さん。チャチャから聞いたお話では公爵家家としてこのお屋敷は住み込みのメイドが少ないんですってよ。住み込みが10人は子爵家、男爵家レベルが一般的らしいです。その理由は忖度できちゃうけどね。兎に角チャチャが言うには「メイド すっくなーい」ってことらしいです。
その時のわたしはそんな事を知る故もなく、早くから目覚めの歌(ラジオ体操の歌)を口づさみながらベッドからおっきです。領主様は何時に起きているのか朝チュン的な…… ゲフンっ、ゲフンは皆無ですよ。多分惚けて口を開け涎流してる姿を見られてるんだろうな。……ちょっとベッドの上でゴロゴロしながらモチベーションを上げていくわけです。すると良い感じのタイミングでユンナが「朝ですよ~ 」なんて、(どこの嫁だい!)声をかけてくれてね。それが最近ではわたしの活力源になっているのですよ。
目の前に居る方は所謂ゆるふわ巻き毛のメイド。
いつもの朝のいつもの癒しの呼び掛けの前にバタンッと音を……立てなかったですね、ええ、音を立てずにそれでもしっかりと効果音が聞こえる勢いでドアを開けてくださりやがったです。朝の出会いは一日を作る!勝手に格言しちゃいましたが、彼女の行動がやさぐれた気分にさせてくれたのは間違いなかったです。
キョトン ですよ。若しくは 驚愕 という熟語の上にキョトンのルビがあって良いかもです。
「おはようございます?」
挨拶は大事。
「お早う御座います。ハル様」
うんうん。ユンナはわたしのエネルゲンでっすー。
「お早う御座います じゃないですわ。おはようもおはよう、おおおはようですわよ」
早口言葉?
「カチィーナ、ハル様に失礼よ」
あ、わたしったら失礼なことされたのね。
取り敢えずベッドから出て、ユンナから水桶を受けとります。
そうです。この世界の水回り事情はまだまだ改良途中なのてす。一階部分は問題ないのですが、上階になると水を引き上げることができないのです。その為毎朝メイドが洗顔用の水桶を持って、主となるものの部屋へ上がってくるのです。水桶自体はたいした大きさじゃないけど、同時に一日に使うだろう水瓶を運んで控え室へ置く作業もあったりするのです。大変な力仕事だと思うのですが、それを貴族のご令嬢がするって言うのがイメージとして糊付けできない。
テーブルに置いた桶でチャパチャパ。
ユンナからタオルと呼ぶにはどうかなな布を受け取り、プッは~。
「それで、ボクはどうして叱られているの?」
理由を聞かねば対策はできません。はい。
「な、な、あなたね、毎朝毎朝市場の朝出しの人じゃあるまいし、呼び鳥なの? ねぇ、呼び鳥なの?」
呼び鳥がどんな鳥かはわかりませんが、市場の例えはどの世界も一緒かもです。
「ご挨拶状させていただきます。初めまして、ボクはハル。異世界人だよ」
わたしはこういうタイプ嫌いじゃないです。ただ相手構わず噛みつく辺りは理不尽の矢面に立つから生き難いかなって思うけど。
巻き髪さんは大きなおメメを見開いて、次に罰が悪そうにソワソワです。それでもやはり貴族様、直ぐに立て直しましたよ。
「ハル様にご挨拶状申し上げます。スイツィール伯爵家三女カチィーナと申します。」
メイド服を摘まんで、ちょんと軽く膝を折る感じですが可愛いですね。パチパチパチパチ♪
「コホン。先ほどは取り乱しましたこと謝罪申し上げます。」
「はい。謝罪を受け入れます。」
「………… あの、ハル様は本当に時を跨いで来られた方なのですね。」
あれ? さっきの勢いは? 顔が真っ赤だけど興奮しすぎた?
「時を跨ぐってのがここの世界ではどういうモノか分からないけど、異世界から来たモノ とカテゴライズされるなら『はい。そうです』になります。あ、御免ね。ボク着替えて歯磨きしたい。急ぐお話じゃなかったらお茶しながらで良い?」
この世界の医療がどんなか分からないけど、虫歯にはなりたくないですもん。虫歯を麻酔無しの工具でグイッとかの当事者は勘弁ですから。
「あ、お手伝いいたします」
ウーン。ユンナも最初はこうでしたね。お風呂は暫く監視付きでしたから。
でもわたしは貴族でもなんでもない一般庶民。自分の事は人でしたい。寧ろ無理。あ、難しい釦はお願いしますが。
「ありがとう。でもボクの世界では何でも自分でできるように、というのが教育なの。だから大丈夫なんです。」
お断りする際にも意図を汲み取って感謝から伝えましょう。研修でお世話になったニコニコ幼稚園の主任先生が教えてくれました。モンペ対策ですって。きゃ、怖。
着替えを終えて私部屋(百合の間っていったかな?)に戻るとユンナがお茶を準備してくれていた。ハーブティーを嗜む生活はしてこなかったけど、ここの上下水道の状態はまだ発展途上で、潔癖大国から来たわたしには不安だらけ。生水で何度かお腹壊しちゃってからは、申し訳ないけど煮沸済みのものでお茶にしてもらっています。
「ユンナ ありがとう。後でナビファス伯爵様の所の牛乳で作ったレモンラッシーの試食お願いね。」
ヨーグルト無いから正しくはラッシー風なんだけどね。冷やして飲むヨーグルトでも良いし、苺や食感の違うドライフルーツを入れて緩めのアイスクリームも良いかなって考えてる。この領地で採れるものでナビファス伯爵様の事業に提供できたら面白いでしょ。
「ハル様が昨夜遅くまで主様と厨房に居たのは、試作品をつくってらしたんですね?」
「うん、そう。領主様は日中はお仕事で忙しいでしょ。お部屋から出るのは領主様の許可がいるから、そうなるとあの時間になるの。領主様にはお疲れのところ申し訳ないんだけどね。」
「ハル様のお作りになったものは初めての味のものばかりで、とても刺激になると厨房の者たちも喜んでおりましたわ。勿論 この私も毎回楽しみにしております。」
「ズルいッ!」
ああ、ビックリした。そう言えば巻き髪さんまだいたんだね。お茶にほっこりしてて忘れてたよ、御免ね。
「ズルいです。ズルいです、ズルいです。ユンナばっかりハル様と仲良ししてて、ズルいですわ。」
え? 仲良ししててと言われてもだよ。
ユンナとはこっちの世界に来てすぐお世話になっているからね。領主様同様わたしの命綱だよ。起き掛け喧嘩売ってきて何を況んやかな?