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夏詩の旅人

いるはずの無い君とのカウントダウン(夏詩の旅人 スペシャル)

作者: Tanaka-KOZO

 1987年12月31日 大晦日

当時、大学2年生だった僕は、バイト先の仲間たちと新宿で忘年会をやっていた。


忘年会は夜の10時過ぎに終わると、女性陣は帰宅したが、僕と男性陣らはまだまだ飲む気満々で次の店を探しに歩き出したのだった。


 新宿通り(旧甲州街道)を歩く5人。

歩いているのは、僕とタカ(※金髪ソフトモヒカンの片耳ピアスで細マッチョ、顔は三上博史が機嫌悪そうな時の様な顔)と、ヤス(※ロン毛で切れ長の目にメガネをかけたガタイの良いレゲエ好き)と、イナバとディックの5人であった。


イナバは、渋谷のダイニング“D”でバイトする前は、渋谷の吉野家でバイトしていた男で、僕の1つ上の年齢であった。

ヒョロ長で目がギョロッとしており、柔整の資格を持っていた。


ディックは、顔がプロレスラーのディック・マードックに似ている事から、みんなからそう呼ばれている。(※まぁ、俺が付けたあだ名なんだけどね…笑)


彼は売れない漫画家なのだが、ダイナミックプロに所属していた。

普段は、永井豪のアシスタントをしたりして、それでも貧乏なのでバイトを始める事にしたそうだ。


 今回は、このメンバーで大晦日を過ごした話を書いてみる事にしよう。




「こーさん!、昨日、観ました!?、レコード大賞?」

新宿駅の方へ歩いていた彼に、ヤスが突然聞いた。


「ああ…、観たよ…」

素っ気なく言う彼。


「ジュンちゃんが、新人賞獲ったじゃないスかぁツ!」

ヤスが言った“ジュン”とは、今年の7月まで一緒にバンドを組んでいた、高3の女の子の櫻井ジュンコの事であった。


5月の学園祭ライブでスカウトされた彼女は、その後、異例のスピードで8月にシンガーとしてデビューを果たした。


「なんスかぁ!、嬉しくないんスかぁ!?」

あまり反応の無い彼に、ヤスが詰め寄る。


「いや…、嬉しいよ…」(彼)


「そう思ってる様には、見えませんね!」(ヤス)


「ホントだ…。誇らしいとさえ思っているよ…」

そう言った彼を、ヤスは怪訝な表情でジッと見つめるのであった。


彼がジュンの成功に、イマイチ喜べないのには訳があった。

それは、実力派のジュンが、アイドルとしてデビューしたからだ。


ジュンはデビュー前に彼と、シンガーソングライターとしてやっていくと約束をしていたのであった。


 やがて、新宿駅が近づいて来た。


高野フルーツパーラーのビルが左側に見える。

それを見た彼は、今年7月の事を思い出すのであった。



 1987年7月初旬


バンドの練習後、西武新宿駅へ向かって歩いていた彼とジュン。

すると彼女が突然、言い出した。


「ねぇ…?、夏休みになったら、バンドのみんなで海に行くんでしょ?」(ジュン)


「そうだな…?、8月になったら行くんじゃねぇの?」

彼がジュンに、そう応えた。


「私、新しい水着買おうっかなぁ~て、思ってたの♪」(ジュン)


「そうなんだ…?」(彼)


「明日さぁ、バンド練習前に高野に寄るから付き合ってよ♪」(ジュン)


「高野って…?」(彼)


「ほら、ホコ天にフルーツパーラーがあるじゃない?、そこの2Fで水着売ってんの!」

笑顔でジュンが言う。


「喫茶店で水着がぁ~…?」

訝しむ彼


「喫茶店の上だよ!、2Fに売ってるの!、若い女のコは、そこで水着買うんだよ。そんな事も知らないの?(笑)」(ジュン)


「知らねぇ~よッ!」(彼)


「ね!、近くだから良いでしょ?、一緒に来てよ♪」(ジュン)


「やだよ…」(彼)


「1人じゃ恥ずかしいのッ!」(ジュン)


「友達と行け…」(彼)


「水着買う予定の友達が、いないんだってばッ!」(ジュン)


「お前、毎週泳いでんじゃん!(※鷺宮のスポーツセンター)、その水着で良いじゃん!」(彼)


「それ、競泳水着なんだよッ!?」(ジュン)


「着て来いよ…(笑)」(彼)


「おかしいでしょッ!?、ライフガードじゃないのにッ!」

そう言ったジュンを見て、クスクスと笑う彼。


「分かったわ…ッ!、付き合ってくれないんだったら、3月に江ノ島へドライブ行った事、みんなに話してやるッ!」

※「旅立ち」の回を参照。でも実は、既に喋っていたのだが…。(苦笑)


「ああッ!、お前、キタネェ~なぁ…!」

ジュンを指差して彼が言う。


「どうすんのッ!?」

彼を睨んだジュンが聞く。


「分かりましたぁ~…」

ふて腐れて彼が言う。


「別に良いじゃないッ!、練習前なんだからぁッ!」(ジュン)


「はいはい…、で、何時に行けば良いんだ?」(彼)


「4時!、ガッコー終わったら着替えてスグ行くから!」(ジュン)


「あいよ…」

彼が渋々承諾した。


 翌日、高野ビルの2Fで、ジュンは8月に行く海に向けて、水着を選んでいた。


店員さんと談笑するジュン。

それを尻目に、彼は少し離れた場所で、気まずそうに立ちすくんでいた。


試着室へ入るジュン。

しばらくしてカーテンを開けた彼女に、大げさなリアクションの店員さん。


「ちょっと、カレシにも見て貰いましょう♪」

店員さんがジュンにそう言うと、笑顔で彼に手招きをした。


(カレシじゃねーつーの…!)

店員に呼ばれた彼は、そう思いながらジュンの元へ歩く。


「お!」

そう言った彼の目の前に立つジュンは、パレオを巻いたビキニを着ていた。


彼が思わずそう言ったのは、あの当時の主流は、ワンピースであったからだ。

普段はボディコンで身を包む女性たちも、服を脱いだ姿をさらす自信まである女性は、余りいなかったのだ。


水泳で鍛えられたジュンのボディは、華奢だが腹筋が割れていて、美しい身体をしていた。

ジュンは彼に見つめられると、少し照れくさそうな笑顔をした。


「どうです!?、カワイイでしょう!?」

店員さんが、彼に声を弾ませて言った。


「あ…、うん…、良いんじゃないか…?」

コメントに困った彼が、恥ずかしそうに言う。


「カレシ照れてますねぇ…(笑)」


ジュンの方を向いて笑顔の店員さんが、そう言った。

その言葉にジュンは、ほくそ笑むのだった。


 そして彼女は、その水着を購入した。

しかし、その水着を着て、ジュンと一緒に海へ行く事は無かった。


それは、それからすぐに、元バンドメンバーだったマサシやハチたちの、バンド狩り事件に彼は巻き込まれたり、歌手デビューするかどうかを迷っていたジュンが急遽デビューを決心したり、それで7月末にジュンのお別れ会が急遽行れ、ジュンはそのままデビューに向けてレッスンに入ってしまったからだ。


そしてジュンは、異例の早さで8月には歌手デビューを果たしたので、彼は彼女と音信不通となってしまった。

だから8月にジュンと海に行くという予定は、叶う事はなかったのであった。

(※「JOKER」と「旅立ち」の回を参照)


彼は、高野ビルの前を通過した時、そんな事を思い出すのであった。




「次はどこで飲みます?」

新宿駅前に着くと、タカが彼にそう聞いた。


「あ…、ううん…、そうだなぁ…」

突然話し掛けられた彼は、そう言うと考えるのだった。


「池袋はどう?」

その時、ディックが急に言う。


「池袋…」

彼が考える。


「良いじゃないすかぁ、池袋!」

ヤスが賛同した。


「久しぶりだなぁ…池袋…」と、イナバ。


「じゃあ池袋にすっか…?」と彼が言う。


「タクシーすか?」(ヤス)


「いや、電車で行こうぜ」(彼)


「うす…」

ヤスがそう言うと、みんなは駅へと向かって行った。


「なんで池袋が良いんだ?」

隣を歩くディックに彼が聞いた。


「僕、住んでるアパートが東池袋なんで…(笑)」


「なんだよそらぁ…(笑)」

ディックの話に、彼が言った。



 10時半頃、池袋に着いた5人は、サンシャイン通りを歩いていた。

ところが首都高やハンズの方へ歩けば歩くほど、歩いている人は居なくなり、ガランとした状態となった。


「なんだよぉッ!、せっかくナンパでもしようと思ったのに、誰も居ないじゃん!」

ヤスがその状況を残念そうに嘆いた。



信じられないだろうが、あの当時の池袋は、西口方面では立教大生を始めとした若者たちで賑わっていたのだが、反対側の東口はビジネス街として栄えており、夜の10時半を過ぎればサンシャイン通りでさえ、若者など、ほぼ居ない状態であったのだ。


当時の若者は、ほとんが渋谷に集まっていた。

今の様に、若者が池袋の東口にも集まる様になって来るのは、それから数年先となる。


それは渋谷で数年後、四駆に乗った暴走族がチーマー狩りをやり、その為しばらく渋谷ではチーマー達の姿が消える様になったからだ。


その後、彼らチーマー達は活動拠点を、池袋や上野などに移す様になり、それで他の若者たちも引きずられる様にして、池袋や上野などに集まり出すのであった。



「まさか、誰も居ないとはな…」

彼がそう言うと、ディックがポツリと話し出した。


「いるよ…、ほら、そこ…」


ディックが指を差して言う。

しかしそこには誰も居なかった。


「誰もいねぇぞ…?」(彼)


「いるよ…、ほら、あそこにも、あっちにも…、向こう側にも…」

ディックが次々と、誰もいない場所を指差して言う。


「そ…、それって…?」(彼)


「僕には見えるんだ…、霊の姿が…」

そう言ってニヤッと笑うディック。


「お前、ヘンな事言うなよぉッ!」(彼)


「ほら…、僕が気が付いたんで、彼(霊)らが近づいて来ましたよ…」

不気味な笑みでディックが言う。


「うわぁあああああ~~ッ!」

ディック以外のメンバーは、そう叫ぶと、やつから慌てて離れるのであった。

※ディックは霊感が強く、しょっちゅう心霊体験をしていた。(※実話)


 さて、それからしばらくして、彼ら5人は、駅の方へトボトボと歩いて引き返すのであった。


すぐ正面に西武百貨店が見える頃、客引きの店員が彼ら5人に声を掛けて来た。


※その店のジャンルは「サパー」になるのか…?

サパーとは、若者が行くカラオケパブみたいなモノだと僕は認識しているが、違うのかな?


BARみたいにカウンターで1人客などもいるが、メインは若者のグループで、女性の接客が付かなく、ステージにはカラオケがあって、客が順番に歌うシステム。


分かりやすく言えば、内装がHUBとかスポーツ観戦BARで、それにカラオケがあって、店の中の広さは居酒屋チェーン店並という感じか…?



「カウントダウンパーティーを今やってますよ!、いかがですかぁ!?」(客引き店員)


「カウントダウンパーティーかぁ…?」

彼が考える。


「女のコ(※女性客)、いっぱいいる!?」

ヤスが笑顔で店員に聞いた。


「い~っぱぁいいますよぉ~~~~ッ!」

満面の笑みで店員が言った。


「こーさん!、ここにしましょうッ!」

ヤスが、すかさず彼に言う。


「もお、歩き疲れた…」(イナバ)


「じゃあここで、カウントダウンを迎えるとすっか?」

彼がそう言うと、みんなは雑居ビルの中に入り、エレベーターへと乗り込んだ。



チン!(エレベーターが止まる音)


ガーーーッ


エレベーターのドアが7Fで開く。

開いたドアの正面は、すぐ店内になっており、イベントは既に盛り上がっていた。


「はい、これどうぞ…」

エレベーターを出たら、入口に立つ男性スタッフが、すぐCDのシングルを僕に手渡した。


「何これ?」(彼)


「無料で配布しているんです(笑)」

店員がそう言って手渡したCDは、全部で4枚だった。


JAZZやHIPHOP、ハウスミュージックなどのもので、全てアメリカのアマチュアミュージシャンの作品であった。


だが、アマチュアと言ってもレベルが違く、単にチャンスに恵まれていない若手実力派ミュージシャンたちばかりの作品だ。


この時もらったCDの中で、今も大切に保管しているお気に入りが1枚だけある。

NYの若手JAZZメンが、Stardust と、 Fly Me To The Moonを演奏したものだ。


特に Fly Me To The Moonの方はめちゃくちゃカッコイイ!

アレンジをスイングJAZZにして、軽快なリズムにメジャーコードを使っている。

また、ウッドベースのソロプレイが出て来たりして、カッコイイのだ!


 さて、それから彼らは入口で5000円を払い、カウントダウンパーティーへと参加するのであった。



 所変わって、石神井公園のカズ自宅


「すげぇなジュン!、観たぜ昨日のレコード大賞!、新人賞おめでとう!」


その頃、バンドメンバーでギタリストのカズは、歌手デビューしたジュンと自宅の電話で久々に話していた。

※ケータイの無い時代だったのです。


「ふふ…、ありがとう」

カズの言葉にジュンが微笑んで言う。


ジュンとカズは、高校時代からの先輩後輩関係であった。

カズが高3の時、ジュンは1年生であった。

カズにバンド加入を誘われて、高2の後半にジュンはバンドに参加した。


歌手デビューしてから、連絡が取れない状態だったジュンであったが、久々のオフでカズに電話を掛けて来たのだ。


「紅白(出場)は残念だったな…」

カズがジュンに言う。


「いいの…、新人賞で十分だよ」(ジュン)


「まぁデビューが8月だったからな、それから、じわじわとブレイクし出して暮れが近づく頃には、紅白の出場歌手も決まってたからな…」(カズ)


「このまま頑張って、紅白は来年出れる様に目指すわ」(ジュン)


「そうか…、それよりアイツとはその後、電話で話したりしたのか…?」(カズ)

※アイツとは、主人公の事である。


「ううん…」(受話器を持って首を左右に振るジュン)


「なんで電話しない?」(カズ)


「だって、あの人、毎日バイトでしょ?、時間帯が合わないから…」(ジュン)


「そうか…、アイツは毎日バイトしてっからな…」(カズ)


「今夜だって、家でじっとしてる人じゃないでしょ?、こーくんは…」(ジュン)


「そうだな…、アイツは今日もバイトのはずだ…」(カズ)


「あの人…、私の事、なんか言ってた…?」

ジュンが突然、カズに聞いた。


「何かって…?」(カズ)


「私の歌手活動について…」(カズ)


「ああ…、まぁ、何と言うか…」

カズが歯切れ悪い口調で言う。


「言って…」(ジュン)


「う~ん…、アイツは、ジュンがアイドルでデビューした事が気に入らないみたいだな…」

カズがジュンに仕方なく説明する。


「そう…」

ジュンは、彼との約束が果たせていない現状に、やっぱりあの人は怒っているんだと理解した。


「なあジュン…」

カズが、ジュンに語り掛ける。


「何?」(ジュン)


「お前は今、大事な時期なんだ。今が正念場だと思うよ…」

「だから、今は恋愛感情とか持つのは封印しろ…」


「恋愛感情って、こーくんの事?(笑)」

「私、そんなこと全然、思ってないよ(笑)」


「まぁ、いいや…、それは置いといて…」

「とにかくだな、ジュン、お前は天才なんだけど、不器用なところもある」

「お前は、同時に2つの事を器用に扱うのは苦手だと俺は知っている」


カズの言葉に、黙って耳を傾けるジュン。


「だから、歌手としての地位を確立してから、恋愛をした方が良いと俺は思うよ」(カズ)


「私、恋愛感情なんて、今は誰にも持ってないだけど…」(ジュン)


「まぁ聞けよ…。お前が繊細なのは、高校時代から見てる俺が1番良く分かってる」

「あいつなんかに関わってたら、それこそ振り回されて、お前の歌手人生がダメになっちゃうよ」


「あいつって、それ、こーくんの事、言ってるの…?」


「ああ…、そうだ」


「だから私は、そんな気持ち全然ないんだって…!」

ジュンは、頑なにカズの言葉を否定する。


「俺だって、永遠に反対する訳じゃない…」(カズ)


「え?」(ジュン)


「今はヤメとけと言ってるんだよ」(カズ)


「今は…?」(ジュン)


「そうだ…、今は大事な時期だ。お前らが互いに大人になり、その頃にはジュンも歌手として地位を築いていれば俺は反対しないよ…」(カズ)


「何?、カズって、お父さんみたい…(笑)」(ジュン)


「それまでは、俺がアイツにオンナが出来ない様にしておくからよ…(笑)、バンド活動に支障をきたすからな…(笑)」(カズ)


「ふふ…、どうもありがとう…」

受話器を握るジュンは、カズのその言葉に微笑むのであった。


ププ…ッ


その時、カズの方へキャッチホンが入った。


「お!、キャッチが入った」(カズ)


「そう、じゃあ切るね」(ジュン)


「ちょっと待ってろ!、キャッチの方は折り返す様にするから…」

カズがそう言うと、ジュンの握る受話器から保留音のメロディーが流れるのであった。



「お~!、カズいたかぁ~(笑)」

カズがキャッチで受けたのは彼であった。


「何だ?、後ろが騒がしいな?、お前、今どこだ?」(カズ)


「池袋!…、今、タカたちとカウントダウンパーティーのイベント会場で飲んでんだ(笑)」(彼)


「池袋…?」(カズ)


「Hっていう店にいる。○○が1Fにあるビルの7F、お前分かるだろ?」(彼)


「ああ…分かる…、あそこかぁ…?」(カズ)


「お前も今から出て来いよ♪、近いだろ?池袋なら!」(彼)


「いや…、俺はいいよ…、外は寒み~し…」(彼)


「なんだよ!?、付き合い悪ィなぁ~…」(彼)


「また今度飲もう…、俺さ、今、キャッチホンなんだよ。悪いけど切るぞ」(カズ)


「そうか…、じゃあまたな…、良いお年を!」(彼)


「ああ…、良いお年を…」

カズはそう言うと、彼との電話を切るのであった。



「ジュン!、アイツからだ!、アイツから電話が掛かって来たッ!」

彼の電話から、ジュンの電話へ切り替えたカズが慌てて言う。


「え?、こーくんから?」(ジュン)


「池袋のHって店でカウントダウンパーティーをやってて、そこで今、飲んでるんだと!」(カズ)


「H…?」(ジュン)


「東口の○○が1Fに入っているビル分かるよな!?、そこの7Fだ!」(カズ)


「ああ…、あそこ…」(ジュン)


「お前、今からそこに行って、アイツに会って来い!」(カズ)


「ええ~ッ!」(ジュン)


「池袋なら、お前ん家からスグだろ!?」(カズ)


「無理だよ~、こう見えても、私だって、もう世間に顔が割れてんだよぉ~…」(ジュン)


「変装してけ…」(カズ)


「変装ぉ~ッ!?」(ジュン)


「そうだ変装だ…。ダッサイ毛糸のニット帽を深々とかぶって、黒ぶちメガネにマスクやマフラーして、モコモコの安そうなダウンでも着てけばバレねぇーってッ!」(カズ)


「やだぁ~、そんなカッコウ!(苦笑)」(ジュン)


「これが最後のチャンスだぞ!…、もう本当にアイツと会えなくなるぞ…、お前、あの送別会の日、アイツに何か言い残してたんじゃないのか!?」(カズ)

カズの言葉を黙って聞いているジュン。


「今夜だけは、俺も許す…、だから最後にもう1度、アイツに会って来いよジュン!」

カズの言葉に、揺らぐジュンなのであった。



「どうでした?」

店内の公衆電話から戻って来た彼に、タカが聞いた。


「いやぁダメだ。アイツは来ないってさ…」

カズを誘ったが駄目だった事を、彼はタカに伝えた。


「そうスかぁ…」(タカ)


「あれ!?、アイツらは?」

ヤスとイナバが、席に居ない事に気づいた彼が言った。

自分たちが陣取っていた席には、タカとディックしか居なかったのだ。


「ヤスたちなら、あそこッス…」

タカが顎をしゃくって、やつらの居場所を彼に教えた。


彼がタカの教えた場所を見ると、ヤスとイナバは、早速、女のコの2人組にアプローチを仕掛けているのであった。


「あいつら…、大丈夫かなぁ…?」

彼はそう言うと、ヤスたちが居る方へと歩いて行くのであった。


タカは無言で、そう言った彼の後姿を眺める。

そして視線を元に戻すと、隣のディックが壁に向かって、何かブツブツ言っているのに気が付いた。


「ええ…、そうなんですよ…。今日はバイト仲間と飲みに来てまして…」(ディック)


「ディック、お前、誰としゃべってんだよ?」(タカ)


「霊ですよ…。彼らに今、みんなの事を話してたんです…。今、タカさんの隣に座りましたよ…」

ディックが不気味な笑みを浮かべながら、タカにそう言う。


「ゲゲッ!」

タカはそう言って仰け反ると、慌ててソファから立ち上がるのであった。



 それから彼は、ヤスとイナバの近くまで行くと立ち止まり、彼らが行っている女性へのアプローチを遠巻きから観察するのであった。


ヤスとイナバは、女子大生らしき2人組に話し掛けていた。

しかし、そこには彼らとは別の、1人の男も同時に女性たちへアプローチしている光景が見えた。


ヤスたちと別にアプローチし続ける男は、坊主頭で肥満体の脂ぎった男であった。

その男は、ヤスたちが女性と喋らせない様に、一方的にまくしたてて、女性たちに話し掛けていた。


「そもそも論~♪、君たちみたいなカワイイみたいな…、ミタイナ…、女のコたちと、手前(自分)が話せて貰えるのが、嬉しッいんぐッ!」

脂ぎった男は、そう言うと、「わはははは…!」と、大きな声で照れ笑いをした。


「ねぇ…、君らはどこから来たの…?」

ヤスがそう言いかけると、またもや脂男がヤスの言葉をさえぎって喋り出す。


「ギロッポンッ!(六本木)、ブヤシッ!(渋谷)、ジュクシンッ!(新宿)…、いろいろチャンネー!(ネェチャン)見て来ましたけどぉ!」

「手前(自分)、こんなジンビー(美人)と出会っちゃったら、もお~!、今からマカ飲んでガンッ!、ガンッ…!」

「マカ飲んで…ッ、ガンッ、ガンッ!…、みたいな…、ミタイナ…?」


業界用語なんだか?、ワケの分からない言葉を、脂ぎった男が連発する。


ヤスも負けじと女性に話そうと試みるが、脂男に完全に押されていた。

というか…、彼らが必死になって話し掛け過ぎて、その女性たちは完全に引きまくっている様だった。


見かねた彼が、遠くからヤスとイナバへ、チョイチョイと手招きして呼び戻す。

それに気が付いたヤスとイナバは、その場から撤退し、彼の元へと歩いて行った。



「お前ら…、アレじゃ無理だ…」

戻って来た2人に、彼が苦笑いで言った。


「ウザイんスよッ、あのオヤジ…ッ!」

そう言う彼に、ヤスがイラだたしく言った。


「パーティーなんて、あんなやつばっかさ…(笑)、まともに行ったら双方自爆するだけさ…(笑)」(彼)


「じゃあどうすんスかぁ!?」(ヤス)


「まぁ、俺に任せろ…(笑)、ヤス…、次はどのコが良い?」(彼)


「ええっとぉ…、あのコたちなんか、良いッスねぇ…♪」

首を伸ばして会場を眺めるヤスが、次のターゲットを決めた。


「よし!、ついて来い…」

彼はそう言うと、ヤスとイナバを連れて、次のターゲットの方へと歩き出した。


新たなターゲットとなる、女性2人組の側に来た3人。

その女性たちには、既に先客の若いサラリーマン風の男たちが居て、楽しそうに談笑していたのだった。


「こんにちは…」

彼はソフトな口調でそう言うと、女性2人に微笑むのであった。


女性たちと目が合う彼。

すると彼は次にこう言った。


「あれ?…、ドリンクはあるけど、食べ物は無いんだね…?」

彼女たちは、フリードリンクは手にしていたが、おつまみは、何もテーブルの上に置いていなかった。


「何か、食べ物取ってくるね…」

彼は女性たちにそう言うと、ヤスとイナバを連れて、オードブルがある場所へと歩き出した。


オードブルがある場所に着くと、彼はおもむろに、トングでサラミや生ハムを次々と紙皿に乗せていく。

オードブルを乗せた紙皿は、全部で6枚になった。


「こーさん…、こんなに食いませんよ…」

ヤスが彼に、おつまみの量が多すぎると指摘した。


「いいから、任せろ…」

彼はニヤッとしてそう言うと、それぞれが皿を2枚づつ手にする様に指示し、先程の女性たちの方へと戻って行った。


「お待たせ~♪」

彼は笑顔で女性にそう言うと、イナバに顎でしゃくって合図をする。

そしてイナバが、女性たちの前に、紙皿をそれぞれに置いた。


「わぁ♪、ありがと~!」(女性たちが言った)


そしてヤスも、自分たちが座る場所へと紙皿を置いた。

だが、あと2つオードブルの紙皿が残っていた。


「どうぞ…」

彼は笑顔でそう言うと、自分が手にした紙皿を、なんと同席している男性たちの前へと置くのであった。


「ああッ…、ど…、どうも…」

彼の行動に意表を突かれた男性たちは、彼に会釈しながら恐縮する。



※解説をしよう

彼が何故、この様な行動を取ったのか?

彼が敢えて敵に塩を送る行為をした事で、今後、どの様な展開になるか想像して貰いたい。


女性たちから見た彼は、どう映るであろう?

彼女たちの印象は、彼は女にガツガツしない余裕のある紳士に映るはずである!(笑)


そしてオードブルを貰った男たちも、彼に対して好印象を抱き、この後、彼の足を引っ張らないどころか、彼に遠慮をして、自分たちは女性らと積極的に喋らなくなってしまうのである!(笑)



「それにしても君たちは、何で素敵なカレシをほったらかしてまで、こんなところに女同士で来たんだい?」

彼が笑顔で女性にそう言うと…。


「素敵なカレシなんかいたら、女2人でこんなとこ来るワケないじゃない~!(笑)」

彼の言葉に女性2人が、あっけらかんと笑いながらそう言った。



※解説をしよう

分かり切ってる事を、敢えてあり得ない様に聞くことで、人はホンネを語る!

大げさに!…、あり得なく聞けば、聞くほど、人は正直に話すのである!(笑)


こんな時、間違ってもこんな事を言っちゃあイケない!

「カレシ居ないの…?、じゃあ寂しいモン同士、楽しくやろうか…?」


「バカヤロォーッ!」(※大島渚 風)

そんな言い方をしたら、女性が今の自分をミジメに思うだろがぁッ!

女性の顔を潰すなぁッ!、ボケェッ!(笑)


いいかぁッ!?

オンナの顔を潰すやつはモテねぇぞッ!

オンナの顔を潰すやつは、別れるときは、グチャグチャにモメるぞぉ~ッ!


「お前がこうしたかったから、俺はこうしたんだ…」

「お前が付き合いたいって言うから、俺は付き合ったんだ…」


ブブーーッ!(※不正解のブザー音)


いいかぁッ?、基本は「君は悪くない…、僕がこうしたかったから、こうしたんだ」と、潔く!


そして!、自然に…、あくまで自然に…、女性の気分を良~くしてあげるのがポイントだぁ~!(笑)



 さて、再び、先程のシーンへ戻ります。


「驚いたなぁ~!?、君たちに恋人がいないなんて信じられないよ!」

「もしかして最近流行りの、恋人はイラナイ、結婚もしない、自分は仕事に生きるオンナっていうやつなのかな?」


彼が女性らにそう言うと…。


「ないない~!、結婚だっていつかはしたいよ~♪(笑)」と女性が言う。


「そうか…、ならさ、結婚相手を見極めるポイントって知りたい?」(彼)


「知りたい!、知りた~い!(笑)」

※この話になると、必ず喰いついて来る!(笑)


「あるとき、カレシと一緒に、カレの母親と会う日がやって来たとしよう…。そこで君たちは何を見るか?」(彼)


「何?、何~?」(※喰いつく女性)


「君たちは、カレが母親に対する態度をよ~く見るんだ」(彼)


「何でぇ~?」


「男はね…、母親に対する態度が、将来結婚した時、君への態度として現れると云われてるんだよ…」

「ババア!、うるせぇんだよぉ!、なんて言ってる男は、君に対しても、将来そういった態度を絶対取ってくるらしいよ」


「そうなんだぁ~!?」


「だから、親孝行なカレを選ぶ方が良い」


「マザコンって事…?」


「違う…、マザコンはダメだ。マザコン男は自立出来てないから結婚したら最悪だ」

「親孝行というのは、母親だけじゃなく、父親に対しても平等に孝行するやつの事だ」

「母親だけにしか孝行しないで、父親と仲が悪いやつは、大体マザコンと言えるだろう…」


「そうかぁ~!?、そうなんだぁ~!」


「勉強になったかな?(笑)」(彼)


「なった!、なった!(笑)」


「そうそう…、そう言えば、今日、一緒に来た仲間で霊感が強いやつがいるんだよ♪」(彼)


「え~!、マジ!?」


「そいつの体験談が、面白れ~んだよ!、聞いてみたい?」(彼)


「聞きたい♪、聞きたい♪」

※怪談話も大変喰いつきが良い話である(笑)


「ディック!」

彼はそう言うと、ディックを手招きして呼んだ。


ディックが彼らのテーブルへ、ぬぼ~っと現れた。


「さぁ、ディック!、渾身の怪談話を聞かせてくれ!(笑)」

彼がそう言うと、ディックは、女性たちへ怪談話を話し出すのだった。


本当は、彼も怪談話のネタをたくさん持っていたが、敢えてここはディックに任せる事にした。

怪談話をするのは、ビジュアルは関係ないし、何よりも彼にはまだ一仕事残っていたからだ。



「ところで、お二人は池袋にはよく来るの?」

彼が今度は、同席している男性2人に話し掛けた。


「ああ…、まぁね…」

男などと話したくない男性たちであろうが、先程、彼からオードブルを貰った事で邪険には出来ない。

競合の男性たちは、女性と話せず、彼と他愛のない話をする事となってしまった。



※解説をしよう

ここで、彼の分断作戦がほぼ完成したといえよう!


今や、怪談話に夢中になっているグループと、彼と話す男性2人は、完全に分断されてしまうのであった!(笑)



「お…、俺、トイレ行って来ようかな…?」

2人組の内の1人がそう言うと、もう1人の男性も。「俺も…」と言って、席を離れるのであった。


賢明な判断である。

このままこの席にいても女性と話せないと分かった彼らは、トイレに行くと言って、別のターゲットを探しに去って行ったのだ。(笑)


そして同じ頃、ディックの怪談話が終わった。


「なぁ君たち、池袋はよく来るのかい?」

彼が今度は、女性たちにそう聞いた。


「買い物とかでよく来てるけど…」

女性の1人が彼に答える。


「そうか…、なら、法明寺って知ってる?」(彼)


「法明寺…?」


「知らなぁ~い…」


女性たちが彼に言う。


「法明寺はね…、この近く…、東池袋にあるお寺なんだ」(彼)


「ふぅ~ん…」


「そのお寺はね。春になると参道の桜並木がアーチになって、知る人ぞ知る、ちょっとしたお花見スポットなんだよ」(彼)


「へぇ…、素敵な場所ねぇ…」


「その法明寺が、毎年大晦日になると、除夜の鐘を一般開放しているんだ」(彼)


「一般開放…?」


「うん…、夜の11時45分から開放してる。つまりもうすぐだ」

「そこは今や、口コミで広がって大晦日のデートスポットになってるんだよ」


彼がそう言うと、女性の1人が「デートスポット?」と聞いた。


「恋人同士が手を取り合って、一緒に除夜の鐘を鳴らすのが流行ってるんだよ」(彼)


「ええ!、楽しそ~う♪」


「行って見ないか?、今から…」(彼)


「え!?」


「どうしよっかなぁ…?」


「年に1度しか出来ないんだよ…?、それが今日なんだよ?、勿体なくないかい?」(彼)


「そうだね!、行って見よっか!?」

女性の1人が相方にそう聞くと、そのコも「うん♪」と快諾した。


「よっしゃ!、オーケー!、じゃあ出発しよう♪」

彼はそう言うと席から立ち上がった。



「あれ!?、もうお帰りで…?」

入口の男性スタッフが彼に聞く。


「ああ…、これからみんなで初詣に行くんだ」(彼)


「そうですか…、では、良いお年を!」(店員)


「良いお年を!」

彼も笑顔で店員にそう言うのであった。



※解説をしよう(※またぁ?笑)

彼がなぜ、店を早々と出たのか?


それは、こういうパーティーで目ぼしい相手が見つかった時には、ラストまで残っていてはダメなのだ。


なぜか?


それは、このままズルズルと残っていた場合、この女性たちの元へ、もっとカッコイイ男が席にやって来たらどうなる!?

女性は迷い、身動きが取れなくなってしまうのだ。


私の持論だが、女性とは多くの選択肢の中から1つを選ぶのが苦手な生き物の様に感じる。

女性は、〇か✕か?、YESかNOか?、白か黒か?と、選ばせる方が決めやすい気がする。


昨今、男女平等と云われつつも、女性はやっぱり男性に決めてもらいたい気持ちがある様な気がする。

優しい男は勿論良いが、優しすぎて煮え切らない男には、女性はイライラするものだ。


男は決断力と行動力である!


パパッと決めて、すぐ行動を起こす。

そういう男に、オンナは惹かれるのである…(笑)



(ここかぁ…?)

カウントダウンパーティーをやっている“H”が、7Fにあるビルを見上げているジュン。

だが周りにいた誰もが彼女の事を、あの歌手の櫻井ジュンだと気づいている者はいなかった。


ボンボンが付いているニット帽に、黒ぶちメガネとマスクをして、モコモコのダウンを着込んでいるジュン。

彼女はカズの指示通り、絶対に自分の正体がバレない様に、ダサいコーデに変装して池袋へ訪れていたのだった。


入口のエレベーターに向かうジュン。

すると上層階から降りて来たエレベーターが、ジュンの前でちょうど開いた。


チン!(エレベーターの止まる音)


ガーーーーッ


エレベーターが開く。

すると、あの彼が突然降りて来た!


(うわぁッ!、こーくんッ!?)

ジュンは、イキナリ目の前に現れた彼に驚き、息を呑んだ!


彼とその仲間たちが、エレベーターからゾロゾロと出て来る。

そしてジュンは、彼らが女性を2人連れているのに気が付いた。

ジュンの知らない女性たちであった。


(え!?、どおいう事…?)

その状況を、ポカーンと見つめているジュン。


ジュンの目の前を通過する彼ら。

だが誰もジュンだとは気がついていない様だ。

彼らは、楽しそうに談笑しながら、そのまま表通りの方へと歩いて行った。


(誰?…、あのコたち…?、もしかして…、ナンパ…!?)

彼の女性たちへの話し方から、ジュンはすぐにそう理解した!


それからジュンは、彼らから気づかれない様に、その後を尾行する事にした。



(あッ!、アイツ手ぇ繋ぎやがったぁッ!)

後ろからついて行くジュンが、調子に乗って女性と手を繋ぎだした彼を見て思う)


一行は、路地裏に入ると、その先にある南池袋公園の中を横切って進んで行った。


(あ~、私ばかみたい…。何やってんだろ…?)

ジュンは彼を尾行している自分が、段々と虚しく思えて来た。

そしてそれと同時に、怒りが沸々と沸いて来るのであった。


(なによ…ッ、何なのよもお…!、アイツ~…ッ!、人の気も知らないで…、冗談じゃないわよ!)

笑い声を上げながら歩いている彼らを見つめながら、ジュンは思った。


「ばかぁーッ!」


我慢の限界を越えたジュンは、思わず彼の方へ叫んでしまった!

そう言うとジュンは、慌てて後ろにプイッと振り向くのだった。


「ん!?」

その声が聞えた彼は降り返る。


「誰…?、知り合い…?」

遠くで、ポツンと後ろを向いて立っているジュンを見ながら、女性の1人が聞いた。


「誰だ…?」(彼)


「酔っ払いかしら…?」

そう言って別の女性が、クスクスと笑う。


(あのコは…!?)

タカが、遠くに立つジュンを見て、何か気が付く。


「こーさん!、あのコ、ジュンちゃんじゃないスか?」

タカが小声で、彼に素早く耳打ちする。


「え!?、まさかぁ~…」

タカにそう言われた彼も、小声で言う。


「確かめて来た方が良いスよ…」(小声のタカ)


「こんなとこに、あいつがいるワケねぇじゃん…」(小声の彼)


「ほら早く!」(※小声)

タカに背中を押された彼が、ジュンの方へと歩いて行った。

その光景をみんなが黙って見つめている。


「さ!、俺たちは先に行こう!」

タカは急に、そう切り出すと、一行を法明寺の方へと歩き出させるのであった。


「君、誰だ…?」

後ろを向いているジュンの背中に、彼が話し掛ける。

しかしジュンは無反応のままであった。


「ジュンなのか…?」

彼がそう聞くと、ジュンは、そ~と振り返り、恨めしそうな表情で彼を見つめた。


「えッ!?、お前、なんでここに…ッ!?」


ジュンだと気が付いた彼が驚く!

それと同時に、遠くから法明寺の鐘の音が聴こえて来た。


「カズに聞いたの、さっきのお店にいるって…、こーくん、カズにさっき電話したでしょ?、あの時の、キャッチの相手は私だったんだよ…」

黒ぶちメガネを外して、マスクを顎に下げながらジュンが彼に恨めしく言った。


「そうだったんだぁ…?」

引きつり笑顔で、彼がジュンに言う。


「そしたら、私の知らない女のコを連れて店から出て来たから、ずっと後をつけてた…」

「誰?、あのコたち?、どうせ店でナンパしたんでしょ?」


「いや…、ナンパはしたけど、あれは別にカンケーないよ…」


「えッッ!?」

ジュンがムッとして聞き返す。


「あのコたちは、ヤスたちの為に、俺が一肌脱いで、協力をしてナンパしたんだよ…。あいつら全然ダメだからさ…」

「だからあのコたちは、俺の為のナンパじゃない…」


「嘘おっしゃいッ!」

ジュンの言葉に、ヒッと背筋が伸びた彼。


「ホントだって…!」


「じゃあ何で手を繋ぐのよッ!?」


「お前!?、そんなときから見てたのかぁ~ッ!?」


「そうよッ!、イケないッ!?」


「あのさ~、何で俺、お前に弁解しなきゃいけねぇんだよぉ…?」


「そうよね!?、別に私にはカンケーの無いことだしねッ!」


「手を繋いだのは、場を盛り上げる為のノリッ!、ノリなんだよ♪」


「はぁーッ!?、ずいぶんとサービス精神が旺盛な事ッ!」


「お前に嘘つく理由がないだろぉ!?、ホントに自分の為のナンパだったら、正直に、そうなんだって言うしなッ!」


「あら、そう…」

冷めた表情のジュンが言う。


「俺は嘘はつかない…、絶対にな…」


「あのさ…、それが既に嘘じゃない?、そういう、『俺は嘘をつかない!』とか言ってる男が、1番怪しいんだってお母さんが言ってたわ!」


「あうう…ッ!」

何も言い返せない彼であった。


※この様に、往生際が悪いと女性とモメてしまいます。

先程も書きましたが、「俺が全部悪いんだ…」と、潔くする事が、トラブルを最小限に留める事が出来るのです(笑)



「は…、話変わるけど、お前シゴトは…?」

分が悪い彼は話題を変える。


「今日と明日はオフなの…。でも年明けの2日からは仕事がつまってる…」(ジュン)


「そうか…、お前、高校辞めたんだってな…?」(彼)


「転校…!、森越学園に転校したの」(ジュン)


「そ、そうだったな…?」(彼)


「森越じゃないと、出席日数で留年しちゃうから、私たちみたいなコは、みんな事務所が森越に転校させるのよ」(ジュン)


「へぇ…」(彼)


「私ね…、高校卒業したら社長宅で社長の家族と暮らすの。ウチの事務所の新人の女のコは、未成年だとみんなそうなの…」(ジュン)


「そうなんだ…?」(彼)


「だから、こんな風に夜中に抜け出せるのも今だけ…。社長宅で暮らし始めたら、早くても成人にならないと、その家から出て暮らす事は出来ないわね。あとはクビになるとか…?」(ジュン)


「なぁジュン!、森越って、やっぱ芸能人とかが、クラスメイトにいっぱいいるのか?」(彼)


「みんながみんな、芸能人ってワケじゃないわ。普通の一般人の生徒の方が多いよ」(ジュン)


「そうか…、ジャニーズとかいるのか?、クラスメイトには…?」(彼)


「いるよ…、売れてるコも、ジュニアのコとかも…」(ジュン)


「声とか掛けられたか?、ジャニーズとかに…」(彼)


「ないよそんなの…!、あなたじゃあるまいし…」

ジュンにそう言われた彼は、「ぐぅぅ…」と、うめく。


「でも、おしりとか触って来る人とかはいるよ…」(ジュン)


「ジャニーズがかぁッ!?」(彼)


「ばか!、違うわよ!、TVの収録中に、大人の大先輩方で、イキナリ触ってくる人がいるの!」(ジュン)


「誰だよ?」(彼)


「言えないよ…」(ジュン)


「おしえろよ!(笑)」


「ダメだって…!、バレたらヤバイって…!」(ジュン)


「良いじゃん!、良いじゃん!、おしえろよ!」(彼)


「ぜぇ~~ったい!、誰にも言わないって約束する!?」(ジュン)


「する!、する!、するよぉ~!」← どうだか…?(笑)


「俳優の××××さん…」(ジュン)


「ええッ!、あの大御所の××××がかぁッ!?」(彼)


「ちょっとぉ~ッ!、大声で言わないでッ!」

ジュンが怒る。


「大丈夫だ…。小説では、全部伏字にしとくから…」(彼がニヤリと笑う)


「何言ってんの?、こーくん?」

意味の分からないジュンが言う。


「あんなジーサンが、そういうコトすんだぁ…?」(彼)


「TV創世記からの大物は、そういう人が多いって、社長(事務所の)が言ってた…」(ジュン)


「キャ✕✕✕のCM観た感じでは、そんな風に見えないなぁ…」(彼)


「だから言わないでって、言ってるでしょッ!」(ジュン)


「だから、伏字だから…(笑)」(彼)


「“キャ”まで入っちゃってたじゃないのッ!?」(怒るジュン)


「そんだけじゃ、バレね~って…(笑)」(彼)


「どうだか…ッ!?」(ジュン)


「あとはッ!?」(彼)


「ねぇ?、あなた、私がおしり触られたの喜んでるの…?」(軽蔑の眼差しでジュンが言う)


「んなワケねぇだろッ!」(彼)


「じゃあ、もういいでしょ…」(ジュン)


「そんなこと言うなよジュン~…、おしえてくれよぉ~」(彼)


「うざいなぁ…、あとは、この前、バラエティに出たときに司会者が触ってきた…!、さあ!、もおこれで良いでしょッ!?」(ジュン)


「俺…、そのバラエティ観てた…。火曜日だよな…?、司会者って…」(ニヤリと彼)


「シーーーッ!」(人差し指を口に立てて、強く言うジュン)


「チョメチョメかぁ~ッ!?、あのオッサンならやりそうだぁ~ッ!(笑)」

彼はそう言うと、大声で「わははは…!」と笑った。


「もお無いよ!、これだけだから…」

ジュンがそう言うと、彼は隣で「そうか、そうか…」と言ってニヤニヤするのであった。


「何のハナシしてんのよ!、私たちは…!?」

ジュンは呆れて言った。


「ははは…、そうだな?、久々に会ったってのに、くだらないハナシばっかだ(笑)」(彼)


「ねぇ…、こーくんたち、さっきどこに行こうとしたの…?、ここって、ホテル街だよね…?」(ジュン)


「ばか!、違うよッ!、この先にある法明寺ってお寺で除夜の鐘をアイツらと打ちに行くとこだったんだ!」

そう言って後ろを振り返る彼。


「あれ…?、誰もいない…」

彼は、タカたちが先に寺へ向かったんだと想像した。


「除夜の鐘を打つ…?」

ジュンが彼に聞き返す。


「そうだ。ほら遠くから聴こえるだろ?さっきから…。あれは、大晦日だけ一般開放された鐘をみんなが代わる代わる鳴らしてるんだ」(彼)


「ふ~ん、そうなんだぁ…。あ…、こーくん!、あれ見て!」(ジュン)


「あれって…?」

彼が後ろを振り向いきながら言う。


「時計!」

そう言って、公園中央にある時計塔を指すジュン。

時刻は11時59分になっていた。




場面変わって、先程のイベント会場“H”


「では、みなさん!、グラスは全員に行き渡りましたかぁ~!?」

片手にグラスを持った司会者が、マイク越しに言う。

グラスには、日本酒が注がれていた。


「それでは、ご一緒にカウントダウン…、5…、4…」




南池袋公園の時計塔を見つめる彼とジュン。

「3…、2…、」



イベント会場“H”

「1…、ゼロォ~~~ッ!」(司会者)


パーンッ!、パパーンッ!、パンッ!、パンッ!


イベント会場では、みんなの歓声とクラッカーの音が鳴り響く。

そして来場者たちは、周りの人たちへ次々と乾杯する。



浅草浅草寺


ゴ~~~~~~~~ンンン……。


浅草寺の鐘が、大きく打ち鳴らされた。

浅草寺は初詣の参拝客で、ごった返していた。



その頃、自宅にいたカズは、NHKの「ゆく年くる年」を観ていた。


ソファに座るカズ。

目の前の画面から司会の男性アナウンサーが喋っている。


「みなさん、新年あけまして、おめでとうございます…」


「ふぁぁ…、ジュンのやつ、アイツとちゃんと会えたのかなぁ…?」

伸びをしながら、あくびするカズが言う。

TVからは、司会男性アナが、明治神宮にいる小宮山アナを呼び出していた。




南池袋公園


「新年になったね…?」

彼の隣に立つジュンが、時計塔を見つめながら言う。


「うん…」

彼もそれを見つめながら言った。


「あ…、そうだ…」

「ジュン…、Happy New Year…」

彼はジュンに振り向くと、笑顔でそう言った。


「何で英語で言うの?、気取っちゃって…、ドラマの見過ぎ?」(ジュン)

※当時は、トレンディドラマの全盛期であった(笑)


「い…、いやぁ~…、さっきまでそういう雰囲気の店にいたからさ…」

彼が照れ臭そうに頭をかいて、ジュンに言った。


「あけましておめでとう、こーくん…」

ジュンが彼に向いて丁寧にお辞儀して言った。


「あけましておめでとう…」

彼もジュンにそう言って、頭を下げた。


「今年もよろしくお願いします…」

ジュンが再度お辞儀して彼に言う。


「今年もよろしく…」

彼も慌てて頭を下げる。


「ふふ…」

ジュンはそう含み笑いをしながら顔を上げた。


「なぁジュン…、これから初詣に行かないか?」

彼が顔を上げたジュンに言う。


「さっき言ってたお寺?」

ジュンが聞く。


「違う…、浅草寺だ」(彼)


「浅草の…?」(ジュン)


「うん…、俺、毎年浅草寺へ初詣しに行ってるんだ」(彼)


「そうなんだ…?」(ジュン)


「お前と一緒に初詣に行った事、まだ無かったよな?」

「もう来年は、夜中の外出は出来ないんだろう?」


「2人だけで行くの…?」(ジュン)


「そうだ…。2人だけで行く」

彼がそう言うと、ジュンは「ふふ…」と、含み笑いをした。


「何がおかしい…?」

笑ったジュンに、そう彼が聞く。


「別に…、何でもないよ…」

ジュンが笑顔で彼に言う。


「行くのか?」(彼)


「うん…(笑)」(ジュン)


「よし!、じゃあ行こう。山手線は今夜は動いてるから…、上野に着いたらそこから歩く」(彼)


「遠そうね…?」(ジュン)


「そうでもないんだ。去年、隅田川の花火を観に行った帰り、地下鉄駅が混んでて入れなかったから、上野まで歩いたんだけど20分くらいで着けた」(彼)


「花火~…?、誰と行ったの?」(訝しむジュン)


「あうッ!…、カ…、カズとだ!」(彼)


「嘘おっしゃいッ!」(ジュン)


「ホントだ…、それよりもお前…、なんだよ今日のファッションは…?(苦笑)」(彼)


「ハナシを反らすなぁ~ッ!」(ジュン)


「フアンが見たら、フアンが減るぞ…(笑)」

そう言ってジュンのカッコウを指差す彼。


「うるさぁ~いッ!」(ジュン)


ジュンの怒鳴り声を残しつつ、2人は南池袋公園から浅草寺へと初詣に向かうのであった。


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