第十一話
渋谷駅から随分と離れた場所にひっそりとたたずむ喫茶店、Alice。
知らない人が見たらお店だとは気づかないような外装に身を包んで、そこにある。
本当にここに客が来ているのだろうか、儲かっているのだろうかと考えるのは野暮だろう。
最近はバイトも一人雇ったらしい。しかも女子大生。喫茶店の皮をかぶったそっち系のお店なわけではない。
「いけないわね。フォルテに影響されているわ……」
本来AIに影響を与えるのが人間のはずなのに、立場が逆転してしまっている。
それほどまでにフォルテはよくできたAIなのだ。
「彼――兎月鏡夜に彼女をつけたのは間違いではないわよね」
彼は明らかに普通じゃない。それが元からだったのか、それとも一度こちら側に踏み込んでしまったからなのかは重要ではない。
重要なのは、今の彼の脳。
「まあそこらへんはおいおい考えましょう。今考えたところでどうにかなることでもなし」
時間を確認してからMirageの電源を落とす。この中ではMirageはただの腕輪にすぎない。
入り口の前に立つと、店の中が明るくなるのを確認し、彼女はドアを潜り中へと入る。
「悪いわねマスター。ちょっと野暮用で遅くなりました」
「あ、“一”さんいらっしゃいませー。マスターならもう下で待ってますよ。先にやってます」
そう行って最近入ったバイトの奈々が出迎える。
「ありがと。飲み物はドクペをお願いね。あとは適当に持ってきてくださいな」
「分かってます。すぐ持っていくので下に降りててください」
カウンターへと戻っていく彼女に手を上げて感謝を伝え、一は螺旋階段を降り地下へと向かう。
「あぁ、可愛いなぁ。天使私もあんなメイドが欲しい」
彼女がここでお世話になるようになった経緯はマスターから聞いている。Mirageからの信号を受け付けにくい特異体質。現代社会と相性の悪い体質はさぞ不便だと思う。
鏡界と無関係として放っておくのもあまりにも酷だろう。
「でもまぁあんたが人の面倒を見るなんて、変わったこともあるんですね」
——ねえ? “天野さん”?
一の問いかけに、天野と呼ばれた男は小さく微笑んだ。




